第10話 気持ちのカラーバリエーション

 二人で肩を並べて街を歩くと、辺りから声や視線が飛び交ってくるのを強く感じる。


「…凄っ、なにあれ…」

「やっば何あのカップル」

「どっちも顔良すぎ、良いなぁ…。それに比べて…はぁ…」


(…となり見て落胆するのは可哀想だろ…)


 ちゃんと格好を整えた最上と街に出たこうなるだろう…というのは嫌でも予想できた。


「……居心地わる…」


 思わず呟いてから、最上に失礼な事を言った気がして訂正しようと彼女に視線を向けた。

 だが、最上は俺の顔を見て同意する様に頷いた。


「天霧は、他人の視線は苦手?」

「…苦手だよ。怖い」

「怖い?」


 昔の事を思い出すと、今でも周囲からの視線に足が竦みそうになる。


「怖いよ。だって目が合った次の瞬間には罵声を吐かれた経験の方が多いし…」


 六年間、そんな視線に晒され続けた。投げかけられる罵詈雑言の一つ一つが自分の精神を削っていく感覚は二度と味わいたく無い。

 そして三年間、他人の視線に怯えながらどうにか中学校の卒業を迎えた。


「それでよく、私には話しかけよう思ったね」

「あれは……なんだろ、後ろ姿が寂しそうに見えたから…。正直、しゃがんでる最上の後ろでひよってたよ」

「…寂しそう…?」


 あの時何を思って捨て猫を見ていたのかは分からないけど、俺にはそう見えた。


「あ、いや…そう見えたってだけの話、実際どうかは…」

「…実際、その通りかも」

「えっ…?」

「天霧が話しかけてくれなかったら、あの捨て猫と同じだった」


 少し顔を上げて俺に視線を向けてきた。

 最上の表情はとても柔らかく、歩を進める度に互いの距離が近くなる。


「…保護したつもりは無かったんだけど…」

「私は保護されたつもりで隣りに居るけど」

「部屋隣りなのは偶然だし…」

「その偶然も含めて、天霧が話しかけてくれたから、こうして一緒に歩いてるの」


 歩きながら、コートのポケットに入っていた俺の手を握ると肩を寄せてきた。


「だから…。ありがと」

「…どういたしまして」


 それこそ猫の様に気まぐれでじゃれついてくるかのような行動や仕草がに目を引かれる。


(行動は可愛いのに雰囲気はクールなんだよな…)


「私これでも、天霧に会ったお陰で救われてる気持ち、結構あるよ」

「…それはお互い様…。というより、もしかしからちょっとした運命なのかな」

「ふふっ、ならその運命は今後どうなるかな?」

「ん…。どうだろ、高校でも注目されるってことだけは分かるけど」

「それは私も知ってる」


 あえて言葉にはしなかったが、恐らく今後トラブルの火種になるだろう。

 少なくとも俺がこんな美少女と居る事をよく思わない人が出てくると、そんな気がしている。


 不意に、最上はお店の看板を指差した。


「天霧、あのお店入ろ…」

「ん、良いけど。何かあった?」

「天霧へのプレゼントもう決めてたから、それ」

「…えっ…。あっ……くふっ…なるほどね」


 店を外から見て、何をプレゼントしたいのか分かった。どうやら俺がずっと気になっていた事の答え合わせも一緒にやってくれるらしい。


「…服屋ってことは…パーカーね」


 俺の答えに、最上は笑顔で頷いた。


「正解」

「ずっと気になってたんだけど…」

「これは好きで着てる、自分に一番似合ってる服装だと思ってるし…。天霧と、一緒に選びたいなって」

「良いよ、なら俺も最上に合いそうなやつ探してみるかな」


(ファッションセンスに自信はないけど…。最上なら大抵似合いそうだし大丈夫だろ)


 肩を並べて服屋に入ると、丁度入り口近くに居た店員さんが「いらっしゃ……」と挨拶の途中でこちらを二度見してきた。

 心地悪さを感じながら一度スマホを点けて時間を確認する。


(…昼の予約は問題無さそうかな)


 一度最上に向き直ると、彼女はどこか明後日の方向を見ていた。


「…最上?どうかした?」

「なんでもない。テンションが高い店員さんを見つけただけ」

「…そう


 居心地わるく感じるのは最上も同じなのだろうか、彼女は俺の袖を引いて歩みを進めた。


「昨日調べたんだけど、ここファッション誌とかで使われる撮影のスタジオが併設されてるんだって。モデルさんを見かけることも少なくないらしいよ」

「モデル…って今どんな人が有名なの?」

「今は、望月もちずきミサって子が一番注目されてるかな。年齢的には私達と同級生」

「…へえ…。あの人?」


 その併設スタジオとやらで撮影が行われているのか、人集りとその中心に美少女を見つけた。


「うん……あの人がそう」

「えっ、合ってんの?」

「私も生で見たのは初めて。この街に住んでるのかな」


 遠目からしか見えていないから、取り敢えず美少女なのかな、程度にしか分からない。

 わざわざ眼鏡かけてまで見に行くほどの興味も湧かないので俺はパーカーがあるコーナーを探した。


「見ないの?」

「えっ、気になるなら…近くに行く?」

「その場合、撮影より注目されるけど」

「ごめん、それは普通に勘弁して欲しい」

「ま、天霧はそうだよね。なら、パーカー見に行こ」

「うん」


 最上は俺よりも視力が良いので、店の中にある立て札やパネルを見ればすぐに何処に何が並んでいるのかを確認できる様だ。

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