第9話 舞い落ちる白と黒のコントラスト

「いただきます」

「ん、どうぞ」


 夕飯の準備も終わって向かい合ってこたつに入った所で、不意に最上が俺の頭を指差した。


「天霧、髪切ったら?」

「ん、あー…これ切りたいんだけど…。てかそうだ、最上が行ってる美容院紹介してよ」

「私自分で切ってるけど」

「えっ…?」


 最上は自分の髪を少し触って、昔を思い出しているように遠い目をする。


「昔はお母さんに切ってもらってたけど、大きくなって美容院行きたいって言ったら「連れてくのが恥ずかしい」って言われて、仕方なく自分で切るようにしてた」


 少しだけ、なんと答えるべきか迷わされる。


「…そ…っか…。俺、染めてた時は普通に行ってたんけど…。どうしよ。俺もこれで美容院行くの正直恥ずかしい」


 唸りながら前髪をいじると、最上は突然提案をしてきた。


「私が切ろっか?それなら気使わなくて済むでしょ」

「えっ、良いの?てか人の髪切った経験ある?」

「ないけど、自分の失敗したこと無いし。明日、出かける前に切る?うちに散髪用の道具あるよ」

「……お願いして良い?」

「提案したの私だし」


 ありがたい提案に頷いて、夕食の時間は過ぎていった。

 特に言葉は無かったが、料理を口に運ぶ度に嬉しそうに表情を緩めるせいでしばらく見惚れていた、というのは気付かれてないと良いけど。


 その日の夜は、明日の朝食べるフレンチトーストを仕込んでから寝室に戻った。



 ◆◆◆



「おはよ」

「おはよう、最上」

「…そのうち合鍵作ろ」

「そうだな、一々出迎えるの大変か」


 早朝から最上を出迎えて、キッチンに戻り朝ご飯の準備を続ける。


「…朝ご飯オシャレ過ぎ、なにこれ?」

「あ、朝は米派だった?」

「気にしないけど…」


 フレンチトーストとサラダ、あとちょっとしたヨーグルト。

 俺が、というよりは妹が好きな物を朝に出すと自然にこうなる。

 俺のことはことごとく文句を言う妹だが、こと料理に関しては作ってもらっている身だからか一切口を出さない。

 もしくは口を利きたくないだけか。


「…甘。美味しい」

「あのさ、一つ気になったんだけど」

「なに?」

「髪切るときって具体的にどうすんの?」

「お風呂場にレジャーシートを引いて、椅子置いて、ケープを羽織る」

「あ、お風呂…。髪ってそのまま捨てて良いの?」

「可燃ごみ」

「へえ…」

「私の部屋来なよ、用意してあるから」

「お、準備が早い」


 話していると、何処となく嗅ぎ慣れた香りが漂ってきた気がした。

 隣の部屋だからほんの少し聞こえてきた音は、ドライヤーの音だったのだろうか。

 ふと、最上はサラダを食べていたフォークを置いた。


「…一応聞くけど、髪型どうしたいとかある?細かい要求聞けるような腕はないけど」

「んー…無い。煩わしくならなければ良いかな」

「なら、私勝手にやるけど」

「それで良いよ。食器片付けたら行くから」

「手伝う」

「洗うの俺じゃなくて食洗機だし」

「…ま、一応」

「一応ね」


 律儀だな、なんて思いながら俺もスプーンを置く。


「…ごちそうさま、美味しかった」

「それは良かった」


 食器を片付け、その後二人で隣の部屋に移動した。


 お風呂場に案内された…というか、部屋の構造はまるっきり同じなので何処に行けば良いかは知っている。


 不意に目に入ってきたシャンプーを見て、思わず呟いた。


「あ、これ俺と同じだ。通販だよね」

「そう。何気に、私達って共通点多いかも」

「だからこうして馴染めてる訳だし」

「それもそっか。はい、その椅子座って」

「うん」


 置かれた椅子に座ると、美容院なんかで見るケープをかけられて何となく緊張感を覚えた。



 ◆◆◆



「おー…器用なんだな」

「…どうだろう」

「えっ、良いと思うけど」


 正直自分の髪型に興味がないから、言える感想はとても少ない。

 取り敢えずの要望通り、前髪はかなり短くなったし煩わしさはなくなった。


「…てか、こう見ると結構バッサリ切ったな」

「元が長すぎただけじゃないかな。ま、九割九分私の好みだけど」

「まあそうか。おまかせにしたもんな」

「天霧の場合どうやっても似合いそうだけど」

「髪型関係なく色の方に目が行くか…」


 どうやら最上はしっかり顔が見える短髪系の方が好みらしい。


(ほんっとうに自分の髪とか色以外どうでも良いと思ってたから、女の子に弄られるの結構恥ずかしいな…)


 ふと、後ろで片付けをしている最上の邪魔になりそうだった。


「あ、悪い」

「いいよ、一応気になる所とかある?」

「いや、特には」

「じゃあ私が聞くんだけど」

「うん、何?」

「天霧って週に何回ヒゲ剃る?」

「…いや、まだ生えてない」

「…ふーん…」


 兄貴も体毛は薄いし、父親に限っては生え際が後退し始めたそうで兄貴がビクビクしているそうな。

 俺は正直、この髪色よりは剥げたほうがまだマシだと思っている。

 そう言えば、スキンヘッドは楽過ぎて一度やると戻れなくなるらしい。


「…シェーバーとか買っておいた方が良いのかな…」

「気になってからで良いんじゃない。個人差あるだろうし」

「……まあ、そうかな…。あ、そうだ、俺着替えてくるよ」


 これから出掛ける事を思い出して、俺は再度自分の部屋に戻った。

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