第8話 複雑な環境、故に単純な想い

 最上が手に持つスマホの画面を眺めて、偶に俺も「ここどうかな?」と指を添えて会話をする。


 不意に、最上がスマホに落としていた視線を上げて、俺の顔を見た。


 思わず見惚れそうになる程のキラキラとした彼女の瞳と視線が交差する。


「…ん?」


 照れ隠しに小さく首を傾げてから、今になってこんな美少女と至近距離でやり取りしてる事に気が付いた。


 ただ、それこそ今更なので言葉には出せず、彼女が何か言うのを待った。


「天霧って肌綺麗だね」


 あまりに突拍子も無くそんな事を言われて、思わず指先で自分の顔を触る。


「俺、異様に肌弱いからスキンケアはかなり気を使ってる」

「…遺伝子的な奴?」

「髪の方も多分そう。最上は?」


 そう聞き返すと、彼女は可愛らしい仕草で自分の頬をなでた。


「化粧もスキンケアもしない。お姉ちゃんは結構気にしてるけど」


 若干衝撃的な事実を聞いた気がする。


「髪色は生まれ付き?」

「白いのは家系的なのらしくて……父方の曽祖母も生まれ付き白髪だったみたい。先祖返りって言うの?アルビノとは違って肌は強い方だし、運動できる」


 アルビノ、というのは今での彼女の行動の中で少し可能性を考えていた。

 もしかすると、いつもパーカーのフードを身に付けているのは日光を遮る為なのではないかと。

 だが、どうやらそういう理由ではなかったらしい。


「…不思議な家なのか」

「実際、昔はちょっと霊とか呪い?とかに関わる職業の人だったらしいし、本当に不思議かも」

「呪いとか実在するのそれ?」

「私は霊感あるよ、実在はするんじゃないかな、知らない人が多いだけで」


 無意識になにそれ怖っ…と呟いていた。


「因みにそれ本当の話?」

「親に聞いただけだから、どうだろ」

「あ、いや、霊感の話」

「本物かどうかは検証のしようがないから分かんないけど、それらしい物を見たのは一回二回では無いかな」

「……俺そういうの苦手」

「ホラー映画とかも?」

「…無理」


 そんな言葉を返してから、かけてもいない眼鏡を直そうとして…そっと手を下ろす。


(…なんか恥ずかしい…)



 ◆◆◆



 夕方頃になってから、俺は昨夜の仕込みを思い出して最上に「夕飯作るけど、一旦俺の部屋来る?」と提案した。


 彼女は断る理由も無いと言った様子で頷いたので、俺達は一度隣の部屋に移動する事になった。


 部屋に入ってすぐ、少しぼーっとしだした彼女に声を掛ける。


「最上、どうした?」

「…なんでもない。何を作るの?」

「昨日の夜に仕込んでた奴、買う量間違えたんだけど、二人なら丁度良いなと思って」


 どうやら何か考えたいただけらしい。

 俺はその間にさっさと味噌汁の具を切り終えて、冷蔵庫からタッパーを取り出した。

 最上が近寄ってきたので中を見せる。


「…手羽先」

「骨抜いた奴を漬けてたんだよ。これに餃子の餡を詰めてグリルで焼く」

「居酒屋で出るやつだ、手羽餃子?」

「そうそう、父さんが好きでよく食べてたから、自分でやってみようと思って…。あ、アレルギーとかある?」

「そばと猫」


(……だからあの捨て猫触らずに見てるだけだったのか…)


「なら特に気にしなくて良いか」


 手羽先の水気を軽く拭き取り、同じく冷蔵庫で寝かせてあった餃子の餡を手際良く詰めていく。


「普段から料理してるの?」

「あっちでは必要な時だけ。週に二、三回くらい。今は献立ローテ作ってそれとは別に作りたい奴見つけたらって感じ」

「献立ローテ…?」

「ほら、毎日何作ろうか考えるのは面倒だし、買い物に時間かけるの嫌だから、もう曜日で作るの決めちゃおうと思って。これは思い至った奴だけど」


 真面目とずぼらが共存した結果だな、なんて笑うとその後でふと思い至り、提案をした。


「最上も俺のとこで食べる?」

「…毎日?」

「うん」

「……天霧の分も食費出すから、お願いして良い?私料理って下手だから」

「食費は割でいいけど」

「手間賃って事で」

「…まあ、納得しておくよ。提案したの俺だし」


 手羽先をグリルに入れてタイマーをセット、その間にもう一度冷蔵庫を開けて、アジの切り身を取り出した。


「それは?」

「なめろうにする」

「…実家で居酒屋でもやってるの?」

「いや、酒飲む人は居ないのにおつまみ系は好きなんだよ。割とあるあるじゃない?」

「どちらかと言うとお嬢様系の家で育ったから何とも…。まあでも…」

「お嬢様は最上のお姉さんの方なんだろ?何となくそう言う気がした」

「…そう言うつもりだったけど」


 自分と似てるから、こういう話をするとさり気なく自虐的な言葉を混ぜてくると思っていた。

 そこで、ふと気になった。


「最上って家ではどんな扱いされてたの?」


 少し考えると、彼女は最悪な例えを出して来た。


「ほぼ幽霊部員。家には居るけど、家族としては居ないのと変わらない…。まあ、お姉ちゃんには嫌われてるけど」

「家なのに幽霊“部員”…」

「例えに丁度良いし。冷静に考えて、裕福だけど純日本人家系の中で急にこんなの産まれてきたら怖いでしょ。病院行っても、問題無い健康体だって言われたら…」


 尚更だよ。と、そこまで言った所で眼の前に居る相手も似たような境遇だと思い出したのだろう、彼女は少し眉をひそめた。


「…俺も似たような感じだからな…」


 俺も最上と同じ様に、家族からそう思われてんだろうか。

 最上は俺と同じ事を聞き返した。


「天霧は、家だとどうなの?」

「兄貴と妹にはかなり嫌われてる。両親は…なんだろ、普通だけど、兄妹たちと比べると関わるのは敬遠されてる感じ」

「ま、そうなるか」

「仕方ないコトって割り切ってる。最上もそうだろ?」

「そうだね」


 笑い合うと、丁度グリルのタイマーと炊飯器が同時に音を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る