第19話 ワントーンの黄金比
夕方頃になると、天霧は「夕飯作るけど、一旦俺の部屋来る?」と何気なく提案してきた。
特に意識せずに了承して、すぐ隣の部屋に入ってからはたと気が付いた。
(……なにこの関係、半同棲のカップルみたいな…)
それどころか部屋の外に出て二歩進んだら彼氏の部屋…
(…いや、彼氏って…)
天霧とは付き合ってもいないのに、今日一日変な妄想ばかりしている。
「最上、どうした?」
「…なんでもない。何を作るの?」
「昨日の夜に仕込んでた奴、買う量間違えたんだけど、二人なら丁度良いなと思って」
味噌汁の具を切り終えた天霧は冷蔵庫からタッパーを取り出して、中を見せてくれた。
「…手羽先」
「骨抜いた奴を漬けてたんだよ。これに餃子の餡を詰めてグリルで焼く」
「居酒屋で出るやつだ、手羽餃子?」
「そうそう、父さんが好きでよく食べてたから、自分でやってみようと思って…。あ、アレルギーとかある?」
「そばと猫」
(だからあの時、捨て猫触れなかったし…)
「なら特に気にしなくて良いか」
手羽先の水気を軽く拭き取り、同じく冷蔵庫で寝かせてあった餃子の餡を手際良く詰めていく。
「普段から料理してるの?」
「あっちでは必要な時だけ。週に二、三回くらい。今は献立ローテ作ってそれとは別に作りたい奴見つけたらって感じ」
「献立ローテ…?」
「ほら、毎日何作ろうか考えるのは面倒だし、買い物に時間かけるの嫌だから、もう曜日で作るの決めちゃおうと思って。これは思い至った奴だけど」
真面目とずぼらが共存した結果だな、なんて笑うとその後に魅力的な提案をしてきた。
「最上も俺のとこで食べる?」
「…毎日?」
「うん」
「……天霧の分も食費出すから、お願いして良い?私料理って下手だから」
「食費は割でいいけど」
「手間賃って事で」
「…まあ、納得しておくよ。提案したの俺だし」
手羽先をグリルに入れてタイマーをセット、その間にもう一度冷蔵庫を開けて、アジの切り身を取り出した。
「それは?」
「なめろうにする」
「…実家で居酒屋でもやってるの?」
「いや、酒飲む人は居ないのにおつまみ系は好きなんだよ。割とあるあるじゃない?」
「どちらかと言うとお嬢様系の家で育ったから何とも…。まあでも…」
「お嬢様は最上のお姉さんの方なんだろ?何となくそう言う気がした」
「…そう言うつもりだったけど」
そこを先読みできるのなら、もう少し私の思ってることを察してくれても良いのではないかと思わずには居られない。
「最上って家ではどんな扱いされてたの?」
少し考えて、良い例えを思い付いた。
「ほぼ幽霊部員。家には居るけど、家族としては居ないのと変わらない…。まあ、お姉ちゃんには嫌われてるけど」
「家なのに幽霊“部員”…」
「例えに丁度良いし。冷静に考えて、裕福だけど純日本人家系の中で急にこんなの産まれてきたら怖いでしょ。病院行っても、問題無い健康体だって言われたら…」
尚更だよ。と、そこまで言った所で眼の前の彼も似たような境遇だと思い出した。
「…俺も似たような感じだからな…」
そう思われてたのかな、なんて口には出さないが思わせてしまっただろう。
私は同じ事を聞き返した。
「天霧は、家だとどうなの?」
「兄貴と妹にはかなり嫌われてる。両親は…なんだろ、普通だけど、兄妹たちと比べると関わるのは敬遠されてる感じ」
「ま、そうなるか」
「仕方ないコトって割り切ってる。最上もそうだろ?」
「そうだね」
笑い合うと、丁度グリルのタイマーと炊飯器が同時に音を立てた。
「最上、それ皿に盛って」
天霧はなめろうを二つの器に盛って、味噌汁の方を味見する。
私は言われた通り、手羽先餃子を皿に盛り付けてなめろうと一緒にテーブルに持って行く。
「こたつなんだ」
「というより、座椅子の方が好きなんだよ。カーペットの上で足伸ばしたい」
「ちょっと分かる」
夕飯の準備も終わって向かい合ってこたつに入った所で、不意に天霧の仕草が気になった。
彼は前髪が鼻にかかるとそれを払うように首を振るクセがあるらしい。
「天霧、髪切ったら?」
「ん、あー…これ切りたいんだけど…。てかそうだ、最上が行ってる美容院紹介してよ」
「私自分で切ってるけど」
「えっ…?」
「昔はお母さんに切ってもらってたけど、大きくなって美容院行きたいって言ったら「連れてくのが恥ずかしい」って言われて、仕方なく自分で切るようにしてた」
「…そっか…。俺染めてた時は普通に行ってたけど…。どうしよ。俺もこれで美容院行くの正直恥ずかしい」
唸りながら前髪をいじる彼に、何となく提案してみた。
「私が切ろっか?それなら気使わなくて済むでしょ」
「えっ、良いの?てか人の髪切った経験ある?」
「ないけど、自分の失敗したこと無いし。明日、出かける前に切る?散髪用の道具あるよ」
「……お願いして良い?」
「提案したの私だし」
そうして何気無く明日も一日中一緒に過ごすという約束が成された事に気付いたのは、私が自分の部屋に戻ってお風呂に入っていた時だった。
(……天霧の料理美味しかったな…)
初めて入るアパートのお風呂、反響する水音に混じって隣の部屋から物音が聞こえてくる様な気がした。
(明日は…天霧の作る朝ご飯食べて、天霧の髪切って、
一緒に居ない時間の方が短いのではないだろうか。
それこそ、今のようにお風呂に入ったり、後は就寝の時くらいだ。
それでも…
(……楽しみ)
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