第17話 第一印象と第二印象と第三印象

 天霧が帰って来る前に、汗を拭いて服を着換えた。


 カップ麺を頼んだ身なのでポットにお湯を沸かしておき、その間に頭を整理する。


 まず、私は二週間程前に出会った天霧柊という「地味だが優しい男の子」に惹かれている節があった。

 実際、私の髪や目の色に一切偏見を持つ事なくこうして今に至るまで接してくれている部分はとても好印象だ。

 ついでに言うと、彼はそんな私のコンプレックス外の容姿についても触れようとはしてこなかった。

 それもとても好印象で、言われたいかどうかは別として「美人だね」とか「可愛い」、「美少女」と言った褒め言葉は聞き飽きている。


 そう言った容姿については、多少気になってはいるだろうけれど、表には出さないのが私としては「外見にとらわれずに見てくれている」と感じられてとても印象が良かった。


 加えて普段の彼が、もの静かで常に落ち着いた雰囲気だったのも相性が良いと思った。

 不必要な相槌はなく話題が右往左往しないから話していてストレスを感じない。


 チャットの文面によるやり取りでも、一見すると事務的に見えても私が読み取りやすい文章や言葉選びをしてくれているのが分かるくらい、本当に気遣いが細部にまで及んでいる。


 そして今日、初めて知った事。


 天霧柊、彼は超がつく程に整った容姿をした美男子だったと言う事。

 直接顔を合わせたのが三回目である事に加えて、以前に見た2回はどちらも制服姿で、髪を下ろしていた。


 私は幼馴染の磯谷大和との付き合いでよく知っている。

 勉強ができても、運動ができても、顔が良くても、内面が悪ければ少なくとも私には合わないという事を。


 天霧には寧ろその内面の部分で惹かれていたので、本当なら外見なんて気にならなかった。


 それなのに、大和なんてどうでも良くなるくらいに整った容姿をしている物だから、どこか別の部分で二人は格が違うように感じた。


(……ていうか、本当にびっくりした…)


 私は周囲から散々言われてきたから嫌でも自分の容姿が優れている事は知っている。


 でもまさか、自分と同じかそれ以上に言われてそうな容姿をしていながら、あんなに無自覚なイケメンがこの世に居るのかと。


 どんな日常を送ってきたらあんな人になるんだろうと、そんな疑問を抱いたとき、丁度玄関に彼の姿が見えた。


(……やっぱり凄く格好良い…)


「おかえり。レシートは?」

「あ、はいこれ」


 自分の分のお金は払うと言った矢先、その話を無しにする訳には行かないので真っ先にレシートを受け取った。


 すると、それと一緒にかぼちゃプリンを手の上に置かれた。


「こっちのプリンは俺の奢りな」

「…いいの?」

「注文されてないし、勝手に二つ買ってきただけだから」


 後でデザートに食べよう…と楽しみそうに冷蔵庫に入れる彼の姿に愛らしさを覚えた。


 カップ麺にお湯を入れてテーブルに戻り、再度天霧に目を向ける。


 彼はコートを脱いで、一緒にキャップと眼鏡をバックに仕舞った。


 私はその後の彼の姿を見て、声を上げる事すら出来ずに息を漏らした。


 レンジに弁当を入れてからこっちを向いた彼の前髪は、半分近くが真っ白の髪。

 その他にも所々に白いメッシュがかかっていた。


 私の様子を見て、キョトンと可愛らしく首を傾げた天霧。


「…どうかした?」

「……その髪…」

「あっ…」


 指摘されてから気付いた様で、自分の前髪を弄りながら明らかに表情を曇らせた。

 私も、少しだけかけるべき言葉を悩んだが、自分が思うよりもすんなりと答えが出た。


「私とお揃い」


 そう言葉をかけると、天霧は少しだけ目を丸くした。そしてすぐに小さく笑った。


「…そう、かも。これ、中学では隠してたんだ」

「目の色も?」

「…うん」

「ウィッグ?」

「いや、ヘアカラー」

「私はウィッグとカラコンで隠してた」

「…えっ…?」


 そんなやり取りで、やっと気付いた。


(…私と、一緒なんだ…)


 きっと、正確には違う。

 私は確かにイジメられた期間がある。でも、その間も私を守ろうとする人は居た。


 部屋の中は少しの間、静寂にレンジの回る音だけが響いた。


「…あの公園で天霧と会った時、私ウィッグ着け忘れてて…フード取ってから気付いた。でも、天霧が何も言わなかったから…私が思うより同年代の人って大人なのかと思って、結構悩んだけど着けないで生活する事にしたの」


 きっと、彼もその時は隠していた。

 ソレを人に見られるのが怖いから。私と同じ様な過去が天霧にもあるんだろう。


「…俺も似たような感じ。最上が普通にその髪色を気にせず歩いてるのを見て…自分が気にし過ぎてるのかなって思ってたんだけど……そっか、隠し忘れてただけか」

「天霧は、自分の髪色ソレを気にしてるから、私に何も言わなかったんだ」

「まあ…そう。俺としては、気付かなかったから堂々としてたのかって驚いてるけど…。そっか最上も中学では隠してたんだ」

「その為に短くしてたし」

「なるほど、納得」


 互いに勘違いして認識していたことを少し笑い合った。

 レンジが鳴ったので弁当を持って天霧もテーブルにつく。


「天霧は、なんで中学で隠してたの?」

「小学校の六年間丸々イジメられっぱなしだったかは。この髪と目の色のせいで」


(思った通り、天霧も辛い経験をしてるんだ)


 天霧が一瞬遠い目をしたことで、私はそれを確信した。

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