第16話 無自覚イケメンは性格までイケてる

 電車に揺られている間、妙にソワソワしていた。


 駅前で待ち合わせとか、凄く恋人っぽいことしてる気がしたから。


 実際は引っ越しの手伝いをしてもらうだけだが、それならわざわざ駅前まで呼ぶ必要もない。

 けれど、せっかくだから出迎えて欲しいという欲求が抑えられずに連絡を入れたら、二つ返事で了承してくれた。


(……というか、連絡先交換してからは結局会えなかったし…)


 私が母親の実家から帰って来た日の翌朝には、天霧が引っ越し先に行っていたから、というのが原因だから仕方がないのだが。


 ふと、杖を付いたお婆さんが乗って来たので、私はさり気なく席を立って吊り革に手を伸ばした。


 親元を離れて一人暮らしになる事よりも、行き先で待っててくれる男の子の方にばかり意識が向かっている、今の自分の姿を卒業式直後の自分に教えてあげたいくらいだった。


(…あ、そうだ)


 不意に思い至り、スマホを着けた。

 待ち受け画面は彼と出会った、人の居ない公園。

 連絡先から一番上にある彼の名前を選んでキーボードを操作する。

『もうすぐ着く。天霧ってどんな格好?』

『グレーのキャップとネイビーのコート』


 キャップ、帽子を被ってるらしい。

 前髪を上げてる姿を見れるかも知れないと少し期待が膨らんだ。

 今日は眼鏡とコンタクトどっちだろう、とか考えたり。


『あとジーパン、白スニーカー』


 何となく想像すると、私に合わせてできるだけ目立ち難い格好を選んだのだろうと思った。


(…それでも結構お洒落じゃないかな)


 どちらかと言えばダウナーな雰囲気の彼だが、案外服装なんかは気にするタイプなのかも知れない。


(…っと、ここだ)


 目的の駅についたので電車を降りて、内見の時の記憶を頼りに足を進めていく。


 駅を出ると、少し詰まっていた息がスッと吐き出された。

 まずは彼のことを探そうと思い、駅前を歩く。


 不意にそれらしい人影を見つけたが、なにやら二人組の女性に絡まれてた居たので違うと判断。

 こうして辺りを見ると、あまりにも特徴を感じない一般的な格好な気がしてきた。


「最上、こっち」


 私の名前を呼ぶ声が聞こえた。どうやら彼の方から私を見つけてくれたらしい。

 何となく嬉しくなりながら振り返ると、確かに確認した通りの服装を着た男性が居た。


 いつもの長い前髪はキャップの中に仕舞い込まれ、誰もが思わず視線を向けてしまう程の端正な顔立ちを惜しみなくさらけ出していた。


「あ、天ぎ……り……?」


 整った容姿は中性的かつ幼さを感じる顔立ち。

 その反面、声や服装などの身に纏うダウナーな雰囲気から大人びた印象を受ける。

 絶妙なギャップが織り成す、超がつく程の美少年がそこには居た。


「…そうだけど。さっきこっち見てたよね、気付かなかった?」


 以前に受けた印象が「地味だけど優しい男の子」だった。

 だが今目の前にいる彼は「本当に同級生?モデルか何かやってる大学生じゃないの?」と疑いたくなる程にギャップが激しい。


 それでも私は、一旦平静を装って彼の質問に答える。


「…女の人に絡まれてたから、似た服装の別人かと…」

「あぁ、まあ…うん。俺も初めての体験だったけど」

「初めて…?」

「最上、それ持つよ」

「あ、ありがと…」


 何気なく私の荷物を持とうとして、彼が少し屈んだとき。コートの中は黒のTシャツ、そしてチラッと見えた鎖骨に視線が引っ張られた。


(私と大和と同級生、寧ろ…14歳で年下…)


 二、三日産まれるのが遅かったら同級生ですらない程に誕生日が離れてる。

 自分にそう言い聞かせて視線を彼の顔に戻すが、それはそれで見惚れそうな程に絵になる美形が居る。


(…これで14歳……!?)


 そんな私の様子を知ってか知らずか、天霧は色気全開のまま眼鏡の位置を直す仕草をした。


「少し前まで中学生なんだから当たり前でしょ…」


 私が今まで見たことあるのは、制服姿で学校に行く時の姿だけだから、そう言われても外出用の外見は知らない。


「高校入学前に体験する事でもない気がするけど…。今の天霧を見ると納得。格好いいと思う」

「…そう」


(……えっ、流すの?私緊張しながら精一杯褒めたんだけど…)


「……天霧ってそんな…」

「そんな……なに?」

「…ごめん。別に、なんでもない」


 なんでもない訳が無いのに思わずそう口走った。

 天霧は怪訝な様子すら見せること無く、歩き始めた私に歩幅を合わせてきた。


 褒められ慣れてないとか、褒められるのが嫌だという感じよりは「何言ってんだこいつ」という思いの無表情に感じた。


 道中、何度か彼の顔をチラ見した時に気が付いた。

 私の気の所為じゃなければ、片目だけ虹彩の色が違った。


 さっきまでは顔の造形が良過ぎて気付かなかったけれど、彼はいわゆる虹彩異色症オッドアイというやつなのだろうか。

 猫かアニメキャラでしかちゃんと認識して見たことは無かったが、まさかこんなところに、それも超絶美形男子の瞳にあるなんて思わなかった。


 今まで彼の目元は殆ど見えなかったから分からなかった。


 ある程度ドキドキも落ち着いて来た頃、丁度アパートに到着した。


 話を聞くと、どうやら私達は隣同士の部屋らしい。


「…は、入らないの?」

「あ、入るよ。お邪魔します」

「お邪魔じゃなくて、お手伝いだけど」


 気の利いたことも言えずに彼を部屋に上げる。


「よし、じゃあ…最上は先に寝室作ったら良いと思う。俺は取り敢えず大きめの家具かな。置く場所決めてるか?」

「あっ、決めてある。えっと……間取りは知ってるか。テーブルがこっちで…」


 彼に考えていた部屋の雰囲気を教えて、部屋作りを始めた。




 二人がかりでおおよそ四時間。


 想像よりも時間がかかった一方で、男手がある事でかなり時間を短く出来たのだと実感しながらソファに横になった。

 細身に見えてかなり力のある天霧は本当に頼りになった。


 ふと、その天霧は私よりも力仕事をしてくれていたのに疲れた様子すら見せず、玄関に置いてあった荷物に手をかけた。

 一瞬、もう部屋に帰るのかと思って止めようとしたら…


「最上、コンビニで昼飯買ってくるけど…何が良いとかあるか?」

「あ、なら私も…」

「休んでなよ、疲れたろ」

「…カップ麺。キツネうどん、あとお茶。お金は後で渡す」

「分かった」


 ニコリと柔らかい笑顔を見せてからコートを羽織って外に出ていった彼の背を見送り、私は思わず呟いた。


「……あれ素でやってる…?あまりにもイケメン過ぎるよ…」

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