第15話 君の知らないクリティカルヒット
「…おはよ、最上」
コンビニで不意に声をかけられた。
自分の事を呼ぶ声は、昨夜からずっと心待ちにしていた少年の声だとすぐに気が付いた。
「……天霧?」
「うん」
「…おはよう。天霧はご飯食べた?」
「いや、買いに来たところ」
「…ふふっ、同じだ」
これから公園で一緒に朝ご飯、そんな事を考えただけで嬉しくなった。
少しだけ顔を上げると少年と目が合った。
取り敢えず気になったので一つ質問をした。
「制服なんだ」
「あぁ、うん。卒業式の翌日なのに学校行く用事あるんだよ」
「…どんま」
ほぼ口元しか見えないし私よりも背が高いからか、表情は少し読み取りにくい。
ふと、私は彼を見ながら自分の目元を指差した。
「…それ」
私がそう言うと、彼は自分の目元に触れて「あぁ」と少し声を漏らした。
「
「目悪いの?」
「俺も歳だからさ」
「そう言うには三十年早い」
「数字があまりにもリアル」
「人生あと二周り分」
「長いようで短そう」
「過ぎれば「あっという間だった」って皆言う。その時は長く感じてたとしても」
誰が言ってたか忘れたけれど、私はそんな言葉を借りた。
最上は小さく笑って「なら、今は大切だな」なんて言いながらレジに向かった。
(…本当に大切な物になってるのは、私だけ…かな。最上にとっても、大切な時間になってる?)
なんて言葉にして聞きたいけれど、会って二日目の男の子に聞くような事じゃないと思って口を
でも、来月くらいには肩を並べて一緒に登下校する可能性が高い男の子なんだから、仲良くしておきたいと思うのは当たり前だと自分に言い訳する。
彼とは別のレジに並んで、お店を出るタイミングは同じくらいだった。
公園に向かう途中、どうにか声を掛けたいと思っても、自分からだと何の話題を出せば良いのかも分からなくなった。
結局、そのまま公園についた。
彼はベンチに直行したけれど、私はブランコで隣同士とかも良いな、なんて妄想をしてしまった。
取り敢えず、彼の隣りに座ってはみたけれど距離感が近過ぎたかも知れない。
なんて考えてるのは私だけで、彼は少しだけ私に視線を向けてきただけで、特に何かを口に出しては来なかった。
こうしてちゃんと彼の隣りに座ってからはたと気が付いた。
(……あれ、これ他人から見たらカップルっぽい…?)
何気なく並んでご飯を食べているけれど、少なくとも会って二日目の距離感だとは思えないくらいに近い距離に座っている。
彼が気にした様子はないけれど、一度意識すると後はずっと気になってしまう。
結局、食べてる間は話なんて出来ずに、取り敢えず連絡先だけ交換した。
「…おけ?」
「…ちゃんと来た」
何気に家族や学校の付き合いとは別の知り合いとこうして連絡先を交換するのが初めてだと気付いて、それはそれで強い特別感を覚えた。
「…あ、午後は用事あるんだっけ、何があるのか聞いても良い?」
「母親の実家に行く。本当は行きたくないけど、今日行かなかったらお盆に連行されるから」
「あぁ、夏休みはそういうの行きたくないよね」
「…それに、天霧と居たいし…」
(…あ…完全に言い方を間違えた、かも)
こんなに誤解を生みそうな言い方も無いだろう、でもそれは誤解とも言い難くて…。
「まあ、家族より浅い関係の人と居たほうが精神的にいい時期ってあるよな…。これって反抗期?」
「……かも」
どうやら私が思った物とは別の捉え方をしたようだけれど、普通に考えたら会って二日目の女の子からそんな事を言われるなんて思わない。
それでも、女の子に言われてるんだから少しくらいは勘違いしてくれたって良いけれど。
少しの静寂、気まずさはないが、どうも会話が続かない。
私から話しかけられないのが問題なのだが、今までは感じたことが無い種類の緊張を覚えてしまってダメだった。
結局、私から話題提供はできないままに、正午を過ぎた。
そろそろ帰らないと不味い時間になってしまったので、天霧に一声だけかけて公園を出る。
思わず一度振り返ると、彼はこっちを見て軽く手を振ってくれた。
「いってらっしゃい」
きっと、天霧は何気無く言ったんだろうけど、私は久しぶりに聞いた。
誰かにその言葉をかけられたのはいつぶりだろう。
ここ数年は、家族からも「いってらっしゃい」なんて言ってもらった事は無い。
どうしてこんなに、完璧に私の心を撃ち抜いてくるんだろう。
彼と話す度に、来月からの日々が楽しみになって行く。
自分の胸の中で、期待が大きく膨らんでいくのがよく分かる。
(昨日今日で運命を感じ過ぎてるかも…私ってこんなだっけ。高校生活に夢見過ぎなんじゃ…)
その日の夜、私はどうしても彼の声を聞きたくなった。
母親の実家、皆私の姉にしか興味がないんだから、私のことなんて連れて来なければ良いのに。
誰も居ないリビングで、本当は通話をかけたかったけれど…どうしても勇気が出なくて取った行動が、自撮りを送りつける、というものだった。
自分でもなんでこんな事をしてるのか分からなかった。
絶対に変な奴だと思われると思っていたのに、返って来た返答は思ったよりも好印象だった。
『これ待ち受けにしても良い?』
『構わないけど』
なんて返したは良いが、内心ドキドキして仕方が無かった。
自分の写真を知り合いの男の子がスマホの待ち受けにしてるって、冷静に考えてカップルじみた事してる。
(…なら、私も天霧の写真待ち受けに欲しいな…)
『天霧の写真も欲しい』
『自撮り下手だから、今度撮って良いよ』
『分かった、覚えてたら撮る』
そんな何気ないやり取りすらどうしようもなく嬉しくなって、寝る前までソファの上でドタバタしていた。
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