第14話 明日も一秒先も、それは未来と言える

「…懐かしい友の声♪ふとよみがえる♪意味もないいさかいに♪泣いたあの時♪」

「俺も、そういう友達欲しかったな」

「……それは、私も思う」


 彼の言葉に、私は思わずそう返した。

 特に意識した訳では無いが、愚痴を吐くように話を続ける。


「街を出る時に見送りが居ないのは楽だけど」

「…引っ越しとか?」

「高校、一人暮らしの予定だから」


 そう言うと少年は少し笑って返した。


「へえ奇遇だ、俺もそうなんだ。高校行ったらアパートで一人暮らし」

「…どこの高校?」

「志葉高」


 流石に違うと思ったのに、どうやら同じ所に行くらしい。

 初対面の同年代の人と話して同じ高校に行く人だった、なんて中々凄い偶然じゃ無いだろうか。

 それも、一人暮らしするくらいに遠い所に行く二人が…だ。


 少しだけ嬉しくなった私は、自分の話をしつつ、質問を続けた。


「…私と同じ。もしかしたらアパート、同じかも」

「なんてところ?」

雲母きらら荘」

「あぁ、同じだね…。偏差値の低さが垣間見える」


 そう言われて思わず「ふふっ」と笑ってしまった。

 何となく同じ事を言おうとしていたから。


「志葉も良い方なのに、この辺りは頭良いところばっかりだから」

「ほんとそれ、しかも倍率高いしさ。兄貴と比べられんのも嫌になるよ」

「兄弟居るとそうなるよね、その気持ちわかる。私も双子のお姉ちゃんが頭良いから…」


 意外な意気投合をして愚痴を言い合い、顔を見合わせて少し笑った。

 見合わせて…とは言っても、長い前髪に目元が隠れていたので、前髪の長い男の子…位の情報しか分からなかった。


「…そうだ、名前…」

「あ、俺?」

「うん」


 思わず私はそう聞いた。高校に行けば嫌でも分かるけれど、もう少しこの人と話していたいと思ったのだ。それに…話の流れ的に、スムーズに聞けるだろうと思ったから。


天霧あまぎりシュウ、今月の終わりに15歳になるよ。君は?」


 聞き返されて、私はフードを脱いでマスクも外した。


「…最上もがみセナ。来月の初めには16歳」


(…あれ、私この髪…)


 そうしてから、自分が完全に素の姿で外に出ていた事に気が付いた。

 一人暮らしの話で浮かれていたか、大和と会うのが嫌ですぐに家を出たから忘れていたからなのか。


 どちらにせよ失態だと思い、どんな事を言われるのかとビクビクしながら彼の言葉を待ったが…。

 彼の言葉は、私の思っていた様な罵声や嫌味、もしくはデリカシーの無い言葉とは違った。


「…セナ?…って、どんな字?」


 彼は私の容姿を見ても、ほんの少し驚いた程度で興味は容姿よりも名前に向かっていた。


 私の日本人とは思えない天然の銀髪も、この瞳の色も気にした様子がなかった。


 顔には出さない様にしていたけれど、そんな彼の態度が私はとても嬉しかった。

 自分にとっては疎ましくすら感じるこの外見を当然のように受け入れてくれたのだから。


 私はすぐ近くから小枝を拾ってきて、地面に漢字を書いた。


「星の雫…で星雫セナ

「……これって読むんだ…。綺麗な名前してるな」

「…ありがと、綺麗なのは名前だけだけど」


 そんな、少し意地悪な自虐を言ってみても、彼は小さく苦笑いをするだけで、すぐに話題を変えた。


「てか誕生日、四月なんだ。俺とほぼ一年近く離れてる」


 言われて見ればそうだ。


「…今月の終わり…って、いつ頃?」

「文字通り3月の最後の日」

「31日…。その頃、どっちに居る?」

「アッチかな」

「……私も」

「ははっ、じゃあお互い…今年の誕生日は寂しくないかもね」

「そうかも」


 彼は何気なくそう言ったけれど、どうしてか私は胸が熱くなるのを感じた。


(もう少し、話してたいな…)


 そんな欲求を感じて、私はスマホを取り出した。


「…あの、連絡先交換したい」

「えっ、あぁごめん。ウチの中学、携帯の持ち込みだめでさ、その帰りだから今持ってないんだ。時間あるんなら明日でも良いんだけど」


 彼は何気なくそう言ったけれど。それはつまり、明日も会って話せるという事。


「…あ、いや…今電話番号教えれば良いか」

「いい。明日もここに来るから」

「え?あ…そう、なら明日にしようか…。てか、そろそろ帰らないとだよな。俺はその捨て猫、交番に届けるけど…」

「…私が見つけたから、一緒に行く」

「分かった」


 表情の全容は見えなかったが、口角が上がってるのは分かった。


 公園を出る時にフードを被り直して、少し周りに人が居ないかを確認してから、さり気なく彼のすぐ横に立った。


(……あの中学にもこんな同級生が居たら、私も少しは自分を出して生活できたのかな…)


 初対面の人なのに、どうしても身近な人と比べてしまう。

 付き合いが長いからこそ成り立つ関係だってあるのに、私は今この時の出合いに今までの人生で一、二を争うほどの幸福を感じていたと思う。


「…じゃ、また明日」

「……朝の内に来れる?」

「ん、午後に予定でもあるのか?」

「ある、嫌だけど」

「分かった、8時過ぎくらいで良い?」

「うん」


 だからこそ、夕陽を背に帰路へと着いた彼の後ろ姿を眺めている時間はとても寂しさを覚えた。


(明日会えるんだから、気にしなければ良いのに…。私チョロっ…)


 もう、その明日を心待ちにしている自分が物凄く「チョロい女」に思えて仕方なかった。

 

(でも…それも、悪くないか…)


「…今別れの時♪飛び立とう、未来信じて♪」

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