第5話 天然の厨二病素材は人にやさしく
他人にやさしくできない奴は大抵、今その時に自分の心に余裕が無い奴だと思う。
例えば、悪人を気取ってる奴だって。そうやって、自分の悪業への免罪符を欲しがってるだけに過ぎない。
もしくは、それで愉悦感を得ようとしているか。
それだって結局、自分よりも下の人間を見て安心感を欲しているだけ。
俺は残念ながら、それを心から「悪い事だ」と言えるほど誠実でもなければ大人でもない。
そうなる人の気持ちまでは分からないが、誰かに下に見られてる時の気持ちはよく分かる。
それが錯覚なのか事実なのかはさておき、自分が本当に惨めでゴミのような存在なのだという感覚に陥る。
かなり人の多い、ほぼ満員と言える電車の中。席に座っている俺の前には吊り革を掴んで立っている女性が居た。
パッと見の判断では、同い年か歳上くらい。
誰がどう見ても具合が悪そうな顔色と表情で、少し息も荒い。
誰も席を譲ろうとしない…というよりは、多分気付いてないんだろう。
電車の中でわざわざ他の人達を観察して、異変に気付いたら気を使って……なんてやっていたらそれこそ自分の本来の目的を忘れそうになる。
そうじゃなくとも、わざわざ意識して周囲に気を配る奴は中々居ない。
俺は俺で、荷物が多かったりそもそも今から立ちあがろうにもスペースが無かったりするので譲ろうにも譲れる状況じゃない。
…という、誰に言うわけでもない言い訳を自分にして、行動に移さない。
そんな自分に嫌気が差すくらいには、人にやさしくしたいと思ってる人間なので、ため息をついてから眼の前の女性の手を取って、周囲に気を使いながら席と立ち位置を交換した。
「…どうぞ、座って下さい」
返事をする余裕もないようで、立ち位置を変えた時にその理由に気付いた。
片耳にイヤホンをしていたから気付かなかったが、どうやら女性は痴漢にあっていたらしい。
俺はそれを見て尚も、声を大にして言葉にできるほどメンタルの強い人間じゃない。なにせ、声を出せずに居た女性と場所を交換してるわけだから。
その状況に気付いて興奮するか侮蔑するかは人それぞれだろう。
因みに俺は「興味無いね」…とスカした顔をして胸の内に恐怖を秘めておく。
どうせする側にもされる側にもならないんだし、明日になったら忘れてるし。
大体は何事もなく、俺は目的の駅で電車を降りた。
その際に、気の所為じゃなければ具合が悪そうにしていた女性がお礼の会釈をしていたので返礼の挨拶だけして、駅を出た。
俺がソコソコ多い荷物を持って向かったのは、一人暮らしをする為のアパート。
引っ越しの為の荷物は殆ど送り届けてあったが、手で運べるだけの荷物は今日持ってきた。
そして、今日から一人暮らし。
緊張もワクワクもない。だって、これから中にある荷物を片付けなければいけないという長時間に渡るであろう作業が待ってるだけなので。
「……よし、やるか」
部屋に入ると早々に目に入った段ボールの山、それ見て妙にやる気が起こった。
◆◆◆
無事に一人暮らしが始まって一週間が経った。
高校の準備も滞りなく済んで後はその日が来るのを待つのみ。
そして、髪に使っていたカラーシャンプーは完全に色落ちした。
三年間、自分でもどんな状態か確認していなかった事もあって、自分のことを改めて見て思わず頬が引きつった。
風呂上がりに何となく鏡に映った自分を見た時、自分の髪の四割弱が白くなっていたり、部分部分で白髪のメッシュが入っていたりと、とても厨二病臭のする頭になっていた。
「……天然白メッシュのオッドアイとか…終わってるよ。…俺この姿で高校行こうとしてんの…?」
一応高校の教員方はこの状態を把握している。
とは言っても、幼少期の写真と口での説明だけなので実際にこれを目にしたら「流石に染めてこい」と言って来そうではある。
その時は大人しく染める。
外出時はキャップをするからほぼ目立たない、それはまあ良いだろう。
問題はやはり登下校と校内。
「……やっぱ染めよっかな…」
呟きながらキッチンへ行き、冷蔵庫から牛乳をとりだしてマグカップに注いで、温める。
それに実家でも常備していた青汁とはちみつを溶かしながら、こたつに入り座椅子ソファに座る。
(……これ実家に居た時と変わってない気が…)
アッチに居たときも家事の殆どを俺がこなしていていたから、寧ろやることが減ったまである。
不意にスマホに視線を落とした時、丁度最上から連絡が来た。
『明日からそっち行く』という文面と一緒に、かなり簡素な恐らくは元々自室だったのだろう一室の写真が送られてきた。
「……」
俺は部屋の隅に立って、自分の部屋の写真を撮って『こっちはもう快適』と返信する。
『着いたら部屋作るの手伝って』
『良いよ、一人でやるの大変だったし』
何気無く返信してから気付いた。
(…あれ、何気に俺この姿見せるの初めてだよな)
『あとそっち着いたら写真撮らせて』
『覚えてたのそれ』
その後も何気ないやり取りをしてから寝床に入った。
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