第2話 温めますか?って聞いて欲しい

 翌朝、車のエンジン音で目を覚ました。


 いつもより早い時間に寝たせいか、学校に行ってた時より少し起床時間も早い。

 車の音は兄貴のだろう。


 ぼんやりした頭のまま、部屋を出ると…丁度向かいの部屋からも人が出てきた。


 俺よりも少し小柄な女の子、短めのツインテールを揺らす少女は俺の顔を見るなり眉をひそめて舌打ちをした。


「チッ……最悪…」


 彼女は義妹の琴葉。

 義理の“妹”とはいっても、同い年だし付き合い事態は10年近い。

 そんな可愛い妹に嫌われてる理由は分かり切っている。九割くらいは昔の自分が悪い。

 今の自分はしばらくまともな会話すらしてないし。


「あっ、お兄ちゃん行ってらっしゃい!」


 下の階から聞こえたそんな声に、思わずため息を零す。

 この扱いの差が何とも悲しいが、まあ仕方のないこと。


 ふと、俺は一度自分の部屋に戻って忘れていた外出の準備をして、ついでに着替えを持って今度こそ一階に降りた。


 リビングでは自分一人だけのご飯を用意している琴葉が、こちらに一瞥をくれる事もなく不機嫌そうにテレビを見ている。


 俺はその横を通り過ぎて洗面所に入ろうとドアに手を伸ばしてから、足を止めた。


「…母さんは?」

「……」


 返事がないということなので、まだ帰ってきて無いらしい。

 言葉一つないのに分かってしまうのも、コミュニケーションする気がない様な物なのでそれはそれで困りものな気がする。


 再度ため息を吐いて洗面所に入り、服を脱いでいく。

 休日は朝にシャワーを浴びないと頭が起きてくれないから仕方なし。

 学校あるなら登校中に嫌でも目が冴えるんだけど。




 妹からの視線が、今日はいつもよりも痛かったので朝ご飯は食べずに家を出た。


 玄関に行った時、気の所為じゃなけれな後ろから琴葉に睨まれていた様な気がする。


「……コンビニ寄るか」


 昨日の公園から徒歩で数分程の所にあるコンビニに向かうと、丁度入って行った人影がパーカーのフードを被っていた様に見えた。


 後を追う様に店に入り、さっきの姿を探す。


 グレーで無地のパーカーと、黒いミニスカート、黒タイツに白いスニーカー、小さめのリュックサック。

 徹底して目立たない様な格好をしているが、フードを被っているせいで若干だが怪しい。


 飲み物を見ている少女の隣に何気なく立って、小さな声で話しかける。


「…おはよ、最上…」

「……天霧?」

「うん」

「…おはよう。天霧はご飯食べた?」

「いや、買いに来たところ」

「…ふふっ、同じだ」


 少しだけ顔を上げた少女と目が合う。


「制服なんだ」

「あぁ、うん。卒業式の翌日なのに学校行く用事あるんだよ」

「…どんま」


 昨日と同様にマスクをつけているので、表情は少し読み取りにくい。


 ふと、彼女自分の目元を指差した。


「…それ」


 言われて、俺は自分の目元に触れる。

 そして、昨日との違いに気付いた。


眼鏡こっちが普通。昨日は卒業式だったから、仕方なくコンタクト」

「目悪いの?」

「俺も歳だからさ」

「そう言うには三十年早い」

「数字があまりにもリアル」

「人生あと二周り分」

「長いようで短そう」

「過ぎれば「あっという間だった」って皆言う。その時は長く感じてたとしても」


 なんとなく彼女が深いことを言ってる様な気がした。


「…なら、今は大切だな」


 おにぎりとお茶を持って別々のレジに並び、会計を済ませたら店を出る。


 どちらからというわけでも無く横並びになり、昨日と同じ公園へと歩を進めていた。


 道中で開口はなかったが、流れる空気に気まずさは感じなかった。

 知り合って二日目とは思えないくらいに、俺と最上の波長は会うのかも知れない。


 公園へに到着すると、そもそも狭かったりほとんど遊具が置いてない事もあってか子供たち所か人影すら見当たらなかった。


 ベンチに直行する俺に対して、最上は少しブランコに視線を向かわせてから俺の背を追って、隣りに座った。


 最上はマスクを外してパーカーのポケットに仕舞った。


 昨日も見た何気ない仕草ではあるが、本当の美少女はそんな何気ない仕草すら絵になるから不思議なものだ。


(…というか、こんな超絶美少女と二人っきりで公園でコンビニ飯食べてるこの状況って冷静に考えて意味分かんないな…)


 もしも自分の学校の、しかも同級生に彼女が居たとしたらどんな事になっていたか、もはや想像もつかないが。

 少なくとも「一目惚れしてからの告白して玉砕する男子」と「こんな女と仲良い俺スゲーだろマウントを取りたがる男子」とか、「加護欲を掻き立てられて家族面する女子」と「嫉妬心に狂わされてイジメようとする女子」なんかが蔓延る事になるだろうなとは予想できる。


 きっと高校でもそんな事になるんじゃないだろうか、幸い近い内に答え合わせはできるのが面白い所だ。


 となると俺は「なんか知らないけどいつの間にか仲良くなってた主人公ポジション…を気取ってる痛い奴」の枠に入るのだろうか。


 本当にただ偶然懐かれただけだと自覚して、勘違いしないように接してやるのが彼女の為かな。


 もしくは高校行ったら俺からは話しかけないで、彼女から話しかけてきた時だけ受け答えするスタンスに収まるか。


 もしもこれがラブコメディーなら、その内主人公枠が湧いて出てくるだろうから。


(…なんて、流石に高校生活に夢見過ぎてるかな)


 小学校では6年間イジメられっ子として人生を送り、中学校ではそれを引きずってボッチ一直線だった自分の、そんな妄想を自嘲しながら食べる鮭のおにぎりは、その間ずっと「温めて貰えば良かった…」と後になって些細な後悔をする味だった。

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