第38話「混乱した」
「と、“鳥さん”は後でやってあげるから……席、戻ろうね」
≪≪はーい≫≫
サトゥーに“鳥さん”を約束してもらった部長と班長が、テーブルを迂回して自分の場所へと戻る。
しかし元の位置――謝罪の為にゲート長の後ろに立っていた――ではなく、ゲート長が座っているソファーへと近づき、その端へ二人して『ボイーン!』と着席。
隣同士で足をブラブラさせながら、テーブルの上にあったお菓子――サトゥー達の為に用意された――をムシャムシャと勝手に食べ始めた。
≪美味しいね!≫
≪うん!≫
(学校から帰って来てランドセルを放り投げた後の小学生か!)
重圧から解放されたからなのか、フリーダム状態の二人に心の中で突っ込みを入れるサトゥー。
本来『ちょっとそれ貴女たちのじゃないのよ!?』と叱責する筈のゲート長は、頭上に大量の『?』を浮かべたままフリーズしている最中だった。
「えー、おほん」
咳払いで仕切り直してからサトゥーが続ける。
「という訳で……今回は翻訳の不調など、言わば色々な不運が重なってしまっての結果。
まぁお互い次からは気を付けましょう、という事で……今回の騒動は無かった事にしましょう!
何も無かった訳ですから謝罪は勿論、賠償だって不要です。つまり……氏族への連絡も不要という訳です!
いいですか、不要ですよ? 不要なんです。不要だぁ!」
不要、とひたすら強調するサトゥー。
サトゥーにとっては騒動の謝罪や賠償よりも、『氏族に連絡がいかない』事の方が重要だった。
それに対し、ようやく再起動したゲート長……マサコがその
(マサコォォォ!! ス、キャァァァァン!!!)
(だぁぁぁぁまたその目ぇぇぇーー!?)
再び
そしてサトゥーの反応から、その心の内を再度洞察する。
(……おかしい!!)
感じるたのは違和感。
(このヤウーシュ……氏族へ事態が露呈する事への“恐怖”を感じていない!?)
マサコの推察では、目の前のヤウーシュは“氏族に隠れて”恐喝を行っている。
その事実が氏族に暴露されたならば、『氏族の名誉を汚した』として制裁は不可避であり、下手すれば粛清だってあり得るだろう。
『それが嫌ならいう事を聞け』というのがマサコの計画の要諦だったが、たった今行ったマサコ・スキャンの結果は全く異なるものだった。
(氏族に連絡されたくない、という反応自体は恐らく事実……でも動機が明らかに違う!!
このヤウーシュからは『面倒だなぁ』という感情しか読み取れない!!
私に“生殺与奪権”を握られているのだから、恐怖を感じて然るべきなのに……このヤウーシュ全然怯えてない!!)
己の推察と、スキャン結果が決定的に乖離している。
つまり前提条件に致命的な誤りがある事を意味していた。
(マサコォォォ!! シン、キィィィィン!)
マサコは考える。
一体、その『誤り』とは何なのか。
今、マサコの脳内、記憶の図書館では。
司書の格好をした沢山の“チビマサコ”がドタバタと走り回り、本棚という本棚をひっくり返して、ヒントになりそうな記憶が掛かれている本を必死に探していた。
しかし見つからない。
(ダメね……このヤウーシュがスターゲイト019を訪れた『本当の目的』が何なのか……?
推察するには情報が足りていな……ん?)
が、その時マサコに電流走る。
(ちょっと待って……本来、スターゲイトは『移動手段』であって『目的地』じゃない……。
このヤウーシュには……別の目的と、別の目的地がある……ってコトォ!?)
……確認しなければならない。
直接聞きだすべく、マサコは恐る恐るサトゥーに切り出した。
≪あの……時にサトゥー様……≫
「はい?」
≪そういえば二人旅だとお聞きしましたが……向かわれているのは……どちらに?≫
「目的地ですか?」
≪あ、勿論
マサコに聞かれ、サトゥーは考える。
地球、という目的地自体はカニ江にも把握されている。
答えても差支え無いだろう。
「……アルカル星系です」
≪――はぁ、なるほど。アルカル……アルカル星系!!??≫
応接間にマサコの悲鳴が響き渡った。
◇
宇宙を守護している銀河同盟。
構成している五大種族は基本的に同等な関係となっているが、『盟主』は誰かと聞かれれば、恐らく四種族はこう答えるだろう。
『アルタコ』だと。
(アルタコだけ『銀河同盟はみんなが盟主!』と答える)
同盟設立を最初に提唱した種族でもあり、同時に『圧倒的な軍事力』を有している事がその理由だった。
安全保障の観点から、シャルカーズとガショメズでは『アルタコと戦争をしたらどうなるのか?』について極秘での研究が行われている。
異なる種族が、異なる時期に行ったこの研究は、しかし同じ結果を導き出した終わった。
『アルタコには勝てない』と。
たとえ同盟内において『アルタコvsそれ以外』という図式になったとしても、勝利は不可能であるという結論に至っている。
この平和を愛するアルタコという脳みそは、争いを嫌う為に常備軍の規模が非常に小さい。
故に、恐らく緒戦は勝てるであろう。
しかし広大な星系に跨って行動しているアルタコを短期決戦で滅ぼすのは不可能であり、残ったアルタコが戦時体制へと移行してしまう。
そこでゲームセット。
アルタコが本気を出した時点で、あらゆる種族の軍隊は鎧袖一触に粉砕されてしまう事になる。
戦いのステージへ立つ事すら許されない。
それ程までにアルタコの軍事力、正確にはその先進的科学力が生み出す兵器の性能は隔絶していた。
ただし幸いにもこの親愛なる隣人は、非常に友好的かつ相手の立場を尊重してくれる。
たとえお互いの利害が相反していても、粘り強く話し合いに応じてくれるし、決して無理強いをしてこない。
こちらが友好的である限り、向こうも友好的でいてくれる。
『アルタコを決して怒らすな』。
それが各種族が定めた対アルタコ外交の基本方針であり、付き合い方だった。
相手が誰であろうと、隙あらば詐欺を働いて利益を掠め取ろうとするガショメズですら、それは変わらなかった。
しかし歴史上。
そんなアルタコに、正面から戦いを挑んだバカが居たらしい。
ヤウーシュって言うんですけど。
銀河同盟の方針を決める為に開催された、最初の『銀河同盟(仮)懇親会』の場で。
アルタコは他の種族に対し『途上惑星保護条約』の批准を求めている。
しかしシャルカーズ、ガショメズ、ローディエルが応じる中、ヤウーシュだけが『ヤーーーダーーーー!! ヤダヤダヤダーーーーー!!』と反対。
アルタコの説得にも決して応じる事は無かった。
他の種族はドン引きしていた。
アルタコを怒らせると、文字通り種族単位で消し飛ばされるかも知れないのに。
そんな危険を犯してまで、どうしてヤウーシュが『途上惑星保護条約』に反対するのか、彼らには理解出来なかった。
理解は出来ないが、どうやら。
アルカル星系、正確には『アルカルⅢ』という惑星は、ヤウーシュという種族にとって重要な文化的価値のある惑星なのだろう。
それこそ、種の存亡を賭けるに
最終的にアルタコが譲歩する形で両者は合意した。
アルタコはやばい。
しかし別のベクトルで、何かこのヤウーシュとか言うのもヤベェ。
そんなやべぇヤウーシュが固執する『アルカルⅢ』って、もう超ヤベェ。
銀河同盟の火薬庫かよ、怖いから触らんとこ。
それがヤウーシュ以外の、他の種族にとってのアルカルⅢという星だった。
◇
マサコが叫ぶ。
≪アルカル星系って……あのアルカル星系!!??≫
「アルカル星系って幾つもありましたっけ……? とにかくアルカル星系です」
≪もしかしてだけど……もしかしてだけど……それってアルカルⅢなんじゃないの……?≫
「あぁ、よくご存じで。そうです」
≪に゛ゃ!?≫
瞠目するマサコ。
呼吸が荒くなっていく。
どうやら目の前のヤウーシュは種族にとって重要な、“極めて”重要な意味を持つ『聖地』へ行く途中らしい。
マサコが続けて質問する。
≪ち……ちなみに……何をされに……?≫
「あぁ、いえ……氏族長からちょっと――」
――チケットを貰ったから、前世探しに。
答えるサトゥーは最後、言葉を濁した。
“プライベート”な事を説明する義理も無いし、前世の話もするつもりは無い。
まぁ何か、勝手に想像してくれたら良いだろう。
≪しししし氏族長から……ちょっと!!?≫
ちょっと……何だろうか。
まさか氏族長から直々に、何か重要な仕事でも任されているのではあるまいか。
マサコの想像が勝手に膨らんでいく。
確認しない訳にはいかない。
≪そそそそそう言えばサトゥー様!!
氏族……そう、氏族!! サトゥー様はどこの氏族ご出身でいらっしゃるのかしら……!?≫
「氏族ですか? シフードです」
≪シシシシフード!!?≫
脳内でマサコが叫んだ。
(いやああああ大氏族ゥゥゥゥ!!!??)
マサコの中では、目の前のヤウーシュは小氏族出身という事になっていた。
聞いた事も無いような木っ端氏族の出で、恐喝の際には適当な中氏族の名前を出すものとばかり。
それがまさか、ヤウーシュでも有数の大氏族出身だったなんて。
(聖地へ派遣されるって事は……まさかこの個体、シフードの上位戦士!!?
しかも氏族長直々で!? だとしたら……マズイわ!! いやああ大氏族が敵に回っちゃうぅぅぅぅぅ……う?)
が、その時マサコに電流走る。
(ちょっと待って……おかしい!
この個体、ヤウーシュとしては明らかにチビ!! ヤウーシュ社会でチビは上位に行けない筈……!!)
マサコ・スキャンの結果では、目の前のヤウーシュは『氏族から信頼を得られていない』個体の筈。
しかし“氏族長直々”の命で、聖地へ赴くと言う。
身長やスキャン結果という“観測された事実”と、当人の申告している“状況”とが噛み合っていない。
マサコは悩む。
(分からない……分からないわ!? コイツ何なの!?)
何か別のヒントは無いか。
そう思ったマサコが不意に視線を動かした時、目に入った存在。
(そう言えば……こいつも分からない!!)
正体不明のヤウーシュ、その隣に座っている青目のシャルカーズ。
当人の弁によれば、“整備の為”にヤウーシュの宇宙船に乗り込んで二人旅をしているという。
(それは流石に嘘……!
でも実際に整備士みたいな服装をしていて……余計に正体が分からない!!)
マサコの対面に座っているサメちゃん。
ヒッジャ宇宙港から誘拐も同然に連れ出されたので、その格好は今も仕事中に着用していたツナギのまま。
それが余計にマサコを混乱させていた。
≪……≫
≪……≫
刹那、サメちゃんが反応する。
サメちゃんがマサコを見て、マサコもサメちゃんを見た。
両者の視線が交錯する。
≪……≫
サメちゃんが動いた。
右手で、左腕の袖を静かに
僅かに露出したのは、左手首に巻かれているスマートウォッチ。
≪……≫
サメちゃんの目からチリリと、青い電弧が少しだけ漏れる。
≪……!≫
マサコが
目から赤い電弧を出し、一瞬だけ開放された情報に
なぜ青目がこんな行動に出たのか、マサコには分からない。
何かの罠かも知れないし、悪意ある欺瞞情報を見せられるのかも知れない。
しかし情報が不足している今、どちらでも良かった。
≪……罠なら罠で、見破って差し上げるだけ!!
さぁどんな情報で…………『モノリス情報保護士』ィィ!!??≫
見せられたのは、当人の保有している資格証明。
『モノリス情報保護士』。
アルタコの軍事機密を扱う際に必要な、一般市民がおいそれと取得できない難関国家資格だった。
何で自称・整備士がこんな資格を有しているのか。
≪いやぁぁぁぁぁ何なのこの青目ェェェェ!!?≫
マサコは余計に混乱した。
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