第37話「来た意味」
スターゲイト019での『誘拐犯』騒動。
実のところ、サトゥーはそこまで怒ってはいなかった。
確かに若干『イラッ』とこそしたものの、日頃の同族の振る舞いを鑑みるに誤解されても仕方ない面があり、その矛先が寄りにもよって自分に向いた点については、ブチ切れ状態のサメちゃんのお陰で溜飲が下がっている。
何よりサトゥーは実感する。
(……今なら分かる。強さとは……”優しさ”!
弱者は敵を滅ぼさないと安心出来ないけど、強者は敵を許せる!
何故なら……強いから!! そして今の自分は……強くて太いシーチキン!! こんぐらい許しちゃうよ!!)
実際、騒動の最中でもサトゥーには一定の余裕があった。
追手がシャルカーズの少女たちで、しかも大型兵器を運用出来ない宇宙施設内部ならば何とか切り抜けられるという自信があったし、サメちゃんという味方の存在が『最終的に誤解は解ける』という安心感に繋がっていた。
そして何より――
(会話が出来る……!!)
――サトゥーは喜んでいた。
スターゲイト側との翻訳による意思疎通の事ではない。
もっと根源的な喜び。
(交わすのは言葉のみ……何て素晴らしいんだ!!)
会話。トーク。ディベート。ディスカッション。
サトゥーは今、発生した問題の解決にスターゲイト側と”話し合い”が出来ている事
(話し合いの時にパンチが飛んでこない……!
何て知的で平和なんだろう! これだよコミュニケーションって言うのは!!)
仮に今。
テーブルの向こうに居る”ゲート長”の種族がヤウーシュだったならば。
たぶん『この度は誠にぃ~!』じゃなくて『ダ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!』ってパンチが飛んでくるだろうし、渡される”詫びの品”は電子マネーじゃなくて、『ダ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!』って拳が飛んでくる。
ヤウーシュにとっての”正しさ”とは、理屈ではなく『強さ』。
『えんざい』とか難しい事はよく分からない。
とりあえず問題が起きたら当事者同士が決闘をして、勝った方が『ただしい』。
チカラとはパワー。そういう文化。
――の中で生きてきたサトゥーにとって、理屈で動いているシャルカーズとの会話は、それだけで感動的な事だった。
加えて何と今回は、事態の経緯をゲート長自らが氏族へ解説までしてくれるという至れり尽くせり。
「ゲート長……あなたはとても誠実な人ですね!!」
≪≪えっ≫≫
感動したサトゥーは、思わず胸の内を吐露していた。
前世で例えるならば。
親戚の小学生と、東京ディズニーランドへ電車で行こうとしていた時に。
駅員に『三十路男が誘拐した小学生を連れ回している』と誤解されてしまった様な状況。
しかし誤解は解けて、駅員も反省(?)している様だし、一件落着かなぁと思っていると、謝罪の場に出てきた『駅長』がこう切り出してくる。
――あなたの勤務先に、あなたの無実を説明したい――と。
確かに『冤罪騒動』では、例えば電車内での痴漢冤罪等において。
無実であるにも関わらず、風評被害を嫌った勤務先が当事者を解雇してしまう事例が存在する。
これは当人は勿論、労働力を失う勤務先も、逆恨みや訴訟リスクを抱える鉄道側も、誰も得をしない。
そんな事態を回避する為、駅長の方から率先して勤務先に説明をしてくれるのだと言う。
しかも愚直に報告すると、『痴漢』という単語で要らぬ誤解を招く恐れがある為、その辺りも上手く伏せてくれるらしい。
たとえそれが、保身から来るものだったとしても――
(社会人として何て模範的なリスク管理なんだろう。
このゲート長……素敵過ぎる!!)
――前世日本人として、サトゥーは感動していた。
同時に、テーブルへと視線を落とす。
そこにあるのは『救助活動に対する謝礼』として、ゲート長から差し出された情報記憶端末。
サトゥーはまだ確認していないが、サメちゃんの反応からすると中身は恐らく電子マネーなのだろう。
(まぁ、くれるって言うなら貰うんだけど……)
路銀の足しにするなり、折角だからサメちゃんに何か買ってあげるなり、使い道はある。
しかしサトゥーには受け取りたくない理由があった。
(これ貰うと氏族に連絡入れなきゃいけないんだよなァ……)
サトゥーには何となく察しがついていた。
ゲート長の行動が道徳心からではなく、『事態を知った氏族が暴走』するのを恐れたからであり、また氏族に話を通すのも『円満に解決した』という確証を求めての事だろう。
云わばスターゲイト側の都合だが、サトゥーにはサトゥーで都合がある。
(氏族に連絡するとなぁ……情報漏洩のリスクがあるんだよなぁ……)
サトゥーは以前、氏族のデータバンクから”勤怠表”を引っこ抜かれ、カニ江に居場所を特定された苦い経験がある。
(Ep.12 閑話「またとない機会」参照。ちなみにデータ抜いたのは執事のトゥジー)
それ以来、氏族の情報管理体制を信用していない。
今回も自分の情報に関して氏族へ知らせると、それを元にカニ江が追跡してくるかも知れない。
――という懸念が、電子マネーの受け取りをサトゥーに躊躇わせている。
(よし……決めた! 貰わない!)
サトゥー、安全策を採用。
詫びの品は貰わないし、氏族にも連絡しない。というより、させない。
サトゥーは己の決定を、テーブルの対面で『?????』という顔をしているゲート長へと伝える事にした。
「ゲート長……貴女の誠意、十二分に伝わってきました!!」
ゲート長が嬉しそうに答える。
≪まぁ! でしたら”Yes”という――≫
「はい。No」
≪んの゜ォ゛!!??≫
「こちら……受け取れません」
サトゥーは指で、目の前の端末をツーーっとゲート長の方へと押し戻していく。
≪ん゛に゜!!!???≫
「――いえ、受け取る”理由が無い”と言った方が正しいでしょうか」
受け取ると氏族に報告がいき、カニ江が襲って来る。
受け取らない。受け取れない。
”尤もらしい”理由を、今からでっち上げなくてはならない。
サトゥーはあれこれ考えながら説明を始めた。
「そも……そもそも……そもそも今回の騒動……。
我らヤウーシュの至らなさにも一因がある……あります!
それをどうして、スターゲイトの皆さんだけ一方的に責められるでしょうか。
むしろ私としましては――」
サトゥーはチラリと、すっかり消沈してしまっている『鼻水を垂らしている警備部長』と『目を泣き腫らしている班長』の方を見てから続けた。
「――同胞を救おうと立ち上がった警備部の皆さん。
その行動には……そう、その勇気ある行動には、称賛を送りたいくらいなのです!」
≪≪……!≫≫
その言葉に、二人がピクリと反応する。
≪≪許してくれるの……?≫≫
「え? あぁ……うん」
≪≪わ~い!≫≫
徐に、警備部長が己の懐に向けて電弧を放つ。
すると体を覆っていた対環境バリアが、一瞬だけ発光してから消失した。
警備部長は鼻を鳴らして応接間の空気を嗅ぐと、瞠目してから叫ぶ。
≪あ、臭くない?!≫
班長もそれに続いた。
≪あ!? 本当だ、臭くない!!≫
≪……でしょう!?
そうでしょうそうでしょうサトゥーさんは臭くないんですよ!! 綺麗なヤウーシュなんですよ!!?≫
何故かドヤ顔で主張し始めるサメちゃん。
すると警備部長の方が突然、テーブルを迂回してサトゥーの方へと駆け寄って来る。
そして何故か『んっ』と両手を差し出してきて、言った。
≪鳥さんやって~≫
「…………何て?」
≪あー……≫
『鳥さん』とは何か。
呆れた様子のサメちゃんから説明を聞いて、サトゥーが答える。
「”高い高い”の事か……。え、あの、いや……後でね?」
≪うん≫
納得して引き下がる警備部長。
班長が叫ぶ。
≪ズルい! 私も!≫
「あ……うん。後でね」
≪うん!≫
≪……………………≫
赤目の少女と、サトゥーのやり取り。
それを見ていたサメちゃんの目付きは湿度の高いジト目だったが、背後からなのでサトゥーが気づく事は無かった。
◇
その一方で。
(?????????????????????)
――マサコは混乱していた。
詫びの品は返って来るし、脅迫材料は自分から消していく。
サトゥーの行動原理が理解出来ない。
こんな時は――
(お、落ち着くのよマサコ!! こんな時は……こんな時は!!
マ、マサコォォォ!! シン、キィィィィン!!!)
説明しよう、マサコ・シンキンとは。
考え事である。
マサコは考える。
(ど、どういう事なの!? このヤウーシュは何を考えているの!!??
どうして自分から成果を放棄していくの??!!
これじゃあスターゲイト019に恐喝しに来た意味が無いじゃない!!
スターゲイト019に恐喝しに来た意味……恐喝しに来た……)
マサコは思い至る。
(恐喝しに来たんじゃ……ない……?)
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