第36話「重なった」

世の中、『お金』で解決出来ない問題は多い。

それは感情の決着であったり、または決して取り戻せない何かであったり。

しかし同時に、お金を積めば解決してしまう問題もまた多かった。


スターゲイト019のトップ、ゲート長マサコ。

別名『ぺちぺちのマサコ』は今回の不祥事、『お金』で解決しようと考えていた。

それも安く、それでいて後々蒸し返されない様にキッチリと。


サトゥーの対面でソファーに座っているマサコが、『にちゃあ』と顔に笑みを貼りつけながら切り出す。


≪時にサトゥー様!

 何でも自動倉庫の火災では、当スターゲイト警備員の救助活動をしていただいたとか……≫

「あぁ……。

 いえ、居合わせたひとりとして当然の事をしたまでで……そういえば彼女たちの容体は?」

≪お陰様を持ちまして軽傷でございますぅ~。

 医務室からは明日にでも職務に復帰出来ると報告がありましてぇ~、当人たちに代わり、ゲート長として厚く御礼申し上げますぅ~!

 もぉ~本当に当方の不手際でご迷惑をお掛けしたにも関わらず、分け隔てなく救助までしていただけるなんてェ~。

 弱きを助け、強きをくじく! まさにヤウーシュ精神の神髄を見た思いでございますゥ~。

 その堂々たる戦士としての有り様……さぞや氏族の皆さまからのご信頼も厚いのではないでしょうか~?≫

「氏族の皆からの信頼……ですか……」


マサコにそう言われ、サトゥーは思わず腕組をして考え込んでしまった。

パっと脳裏に浮かんだのは、氏族長シャーコの顔。

何故か『黒字オッケーー!』と笑顔で親指を立てている。


(氏族長からは……信頼されている……信頼か? これ……。

 何でも言う事聞くからって、便利に使われてるだけの気が……)


サトゥーはかぶりを振って頭の中からシャーコを追い出す。

そして次に脳裏へ思い浮かんだのは――『あら嬉しい……私のこと考えてくれるなんて……♡』


(ダ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!゛!゛)


思わず心の中で絶叫し、思考を掻き消したサトゥー。

名前を呼んではいけないあのカニ。

サトゥーは別のメンバーを考える事にした。


他には……食べられないお弁当を差し入れてくるエビ。

または階級でマウントを取って来る嫌な先輩。

あるいは呪いの映像で精神汚染を試みてくる友人。


(……ろくなメンツがいねぇ!!)


氏族からの信頼とは一体……。

思わず渋い顔をしてしまうサトゥー。


そんな様子を対面で見つめていたマサコだったが、徐に『くわっ!』っと目を見開いた。

そして――


(マサコォォォ!! ス、キャァァァァン!!!)


――『ズビャ゛ーーーー!!』とでも形容すべき恐ろしい眼力でサトゥーの事を見つめ始める。

ゲート長マサコの必殺技……『マサコ・スキャン』だった。


説明しよう、マサコ・スキャンとは……!

数多の修羅場を潜り抜けてきた百戦錬磨の『謝り手ぺちりすと』たるマサコが、後天的に身に着けた”観察眼”の事である。

その観察力を前に、あらゆる種族は内に秘める隠し事を暴かれてしまうという。


(うおおおおお何だ急にィィィィ!!?)


突然、熱烈な視線を向けてきマサコに驚くサトゥー。


しかしそんなサトゥーを置き去りにしてマサコ・スキャンは進行していく。

マサコ・スキャンは見逃さなかった。

質問を受けた後のサトゥーが、憂愁めいた表情を浮かべていた事を。


(その反応……!! 氏族から信頼を得られていないわね……!?

 身長……そう、身長! このサトゥーという個体、一見大柄だけど、ヤウーシュとしては小柄!)


マサコの脳裏に、記憶の図書館から必要な情報が集まりだす。

ヤウーシュ社会が苛烈な実力主義である事。

そして”野蛮な種族”であるが故に評価軸が”腕力”であり、小柄な個体では圧倒的に不利な事。


(さらにこの個体、ヤウーシュにしては闘争心が圧倒的に欠如している……。

 腕力もなく、ガッツも無い……つまり氏族の中に居場所がない!!

 だから青目と組んで、こんな犯罪行為に手を染めて小金を稼いで生活している……!)


マサコ・スキャンが結論を出した。

予想される恐喝犯の手口は、『氏族への口止め料』の要求。

それに対し――


(だけどそもそも、この個体は氏族に通報しない……いいえ、”出来ない”!

 むしろ氏族に隠れて”不名誉”な活動をしている以上、通報したら困るのは向こう!

 つまり通報は”脅しブラフ”に過ぎない! 氏族の脅威は無いと見ていい!!)


マサコ・スキャンが終了する。

マサコの目付きが『すんっ』と元の状態へと戻った。


(うわぁぁぁいきなり落ち着くな!?)


内心ビビったサトゥーを前に、マサコが右手を己の懐――着用している制服の胸元――へと差し入れる。

間髪入れずに繰り出されるのは――


(マサコォォォ!! セ、レェェクショォォォン!!)


――マサコ第二の必殺技『マサコ・セレクション』だった。


説明しよう、マサコ・セレクションとは……!

予め用意しておいた複数の候補の中から、状況を見極めて『最適のひとつ』だけを渡して切り抜ける『詫びの品』作戦である。

マサコが今回用意した詫びの品は、電子マネーの注入されている情報記憶端末――水晶めいた外見の――だった。


懐に差し入れた右手の、その指先の感触。

用意した情報記憶端末は全部で4つあり、それぞれ1000コム、1万コム、5万コム、10万コムの電子マネーが入っている。

相手の”ブチ切れ”度合いを元に選別した金額を渡し、もし『少ない!』と激昂されるようであれば、『たまたま所持していた他の案件の端末と間違えた』と説明しながら堂々と交換していく作戦。

高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処してみせる、この選択肢こそがマサコ・セレクションの妙。


今日もまた、マサコの指先は冴えている。

どの端末がどの金額なのか、選び、引き抜く動作に淀みは無い。

マサコは懐から取り出したそれを、コトリとテーブルの上に置いた。

そしてサトゥーへと話しかける。


≪時にサトゥー様にご相談なのですが……今回の件、サトゥー様の氏族内でのお立場に影響が出ません様、氏族長か、またはそれに準ずる方へ『サトゥー様には一切の非が無かった』旨、わたくし共の方からご報告させていただきたいと考えているのですが、如何でございましょうか~?≫

「……氏族にも報告を入れる、という事でしょうか?」

≪はい~、市井しせいの噂とはどのように伝わるか分からぬもの……悪意ある改変が加わるとも限りません。

 先んじて『正しい情報』をお伝えする事で、サトゥー様の名誉をお守り出来ればと思いまして~!≫

「なる……ほど……」


ヤウーシュの戦士サトゥーが、青目のシャルカーズを誘拐して連れ回していた。

という認識は実際のところスターゲイト側の誤解に過ぎないが、騒動に関わった多数の赤目の少女たちを通じて周囲に漏れる噂話――SNS等の存在がある以上、たとえ緘口令を敷いても完全な秘匿は難しい――が、伝聞の果てにどのように変質していくかは全く予測出来ない。

ならば『誤った情報が拡散する』前に、氏族に対しては予め真実を周知しておく。


――というマサコの提案は一見すると、スターゲイト側の不手際を広めてまでサトゥーの評判を守ろうとする、誠意あるものの様に思える。

しかし実際は『こっちは別に氏族に知られたってエエんやぞ?』という、サトゥーへの牽制に過ぎなかった。

さらにマサコが続ける。


≪――とは言え『誘拐を疑われた』という説明の時点で、これはもう本当に申し訳ないのですが、氏族の皆様に要らぬ憶測を呼んでしまうのもまた事実……。

 そこでご提案なのですが……本日起こりました誘拐誤認についての騒動。 ”記録の上では”無かった事にする、というのは如何でございましょうか~?≫

≪はぁっ!?≫


最初に提案へ噛みついたのはサメちゃんだった。

不祥事を起こした上に、加害者側がそれを無かった事にしろと言う。


≪そんな話受け入れられる訳ないでしょう!?≫

≪サトゥー様~? 続きをご説明させていただいても~?≫

「え、あぁ、ハイ。ほら、サメちゃんも落ち着いて」

≪で……でも!≫

「まぁまぁ」


自分の事の様に激オコのサメちゃんと、逆に冷静なサトゥー。

承諾を取り付けたマサコが、ニチャアと笑顔で続ける。


≪ありがとうございます~!

 勿論、全てはサトゥー様の名誉を守る為でございますゥ~!≫


段々と調子が出てきたマサコ。

右肩に乗せた尾ヒレを叩くぺちぺち音が、応接間に再び響き始める。


≪氏族の皆様方には、本日『スターゲイト019で火災が起きた』という事実”だけ”をお伝えさせていただこうと思います~!

 そして!(ぺち!) そこに!(ぺち!) 偶然っ!(ぺちち!) 

 居合わせた『勇敢なヤウーシュの戦士』が救助活動にあたってくださり、スタッフを救助してくださったと!(ぺちちち!!)

 氏族の方にはわたくしからしっかり! 丁寧に! ご説明させていただきますので~!!

 そしてこちら――≫


マサコがテーブルの上に置いた情報記憶端末を、指でツーーっとサトゥーの方へと滑らせていく。


≪――今回の不祥事に対する『お詫び』として用意させていただいたのですが……!

 そのままお渡しすると、氏族の方への説明が出来ませんので……!

 救助活動に対する『謝礼』という形でサトゥー様にはお納めいただき……この度ご迷惑お掛けしてしまいました事、何卒ご寛恕の程お願いできませんでしょうか~~!≫


ツーーっっと滑って来た端末がサトゥーの前で停止し、マサコの手が引っ込む。

水晶めいたそれの中身を確認するには、サトゥーの場合はガントレットに読み込ませるか、マスク越しにアクセスするしかない。

それをするよりも先に、サメちゃんが切り出した。


≪サトゥーさん……拝見しても?≫

「ん? あぁ、どうぞ」


サトゥーの許可を得て、サメちゃんのが電弧を放つ。

生体電装制御BCCで読み取った端末の中身は、1000コムの電子マネー。

マサコが選んだ、マサコ・セレクションの最低金額だった。


サメちゃんがブチ切れる。


≪はぁぁぁぁぁ!!? 何ですかコレ!??

 桁をひとつ、いえ二つは間違えてませんかね!!?≫


”お詫び”がの1000コム。

恐らくは地球行きの途中に、サトゥーとサメちゃんで少し遊んだら消えてしまう程度の金額。

少なくとも濡れ衣を着せた上に、一方的な実力行使に及んだ揚げ句大勢で寄って集って追い回したやらかしと見合うものでは無かった。


≪バカにしてるんですか!? サトゥーさん、こんな話受ける必要ありませんよ!!≫

≪あらあら~~これはわたくしとサトゥー様とのお話なのに、どうして貴女がお口をお挟みになるのかしら~?

 そもそも貴方、サトゥー様の何なので~?≫

≪わわわわわ私!? わわ私ははサササトゥーさんの……あ、いや、整備で……整備の……整備!≫

≪はぁぁぁ? せいびぃぃぃぃ~?≫


赤面して混乱するサメちゃん。

それを見ながらほくそ笑むマサコ。


(コンビで相談なんかさせないわよ~?)


マサコの見立てでは、この青目が作戦を立案し、ヤウーシュは実行犯を担当している。

ならば青目から指示を出させなければ、”脳筋”のヤウーシュなど簡単に誘導出来るだろう。


≪さ~サトゥー様!

 この子は置いといて、先ほどの提案、ご検討いただけないでしょうか~~~!≫

≪サトゥーさん聞く必要ないです! こんなふざけた――≫


マサコがサトゥーに畳みかける。

肝心のサトゥーは何やら腕組をして、難しい顔をしながらテーブルの上の端末を見下ろしていた。


(このヤウーシュ!

 何を悩むことがあるの!! お前に選択肢なんか無いのよ!?)


氏族に隠れて犯罪を犯しているこの個体の運命は、今やマサコ・スキャンで真相を見抜いたマサコが握っている。

それを”黙っておいて”やるばかりか、『救助活動という美談』で氏族内での地位向上にゲート長自らが協力してやるし、その上お小遣い1000コムまで貰って無事にスターゲイト019から退去出来る。

何の不満があるだろう。

尤もこの後、”何故か”青目とヤウーシュコンビの情報がスターゲイト全体に出回って恐喝の余地は無くなるだろうが、それはマサコの知った事ではない。


そしてスターゲイト019は”便宜を図った”見返りとして、今日起こしてしまった『ちょっとした不祥事』をもみ消し、”何も無かった”事をヤウーシュ側氏族との共通見解とする。

後になって何か再燃しても『何も無かった』事を堂々と主張出来るし、何せ当人サトゥーと共犯のような関係なのだからきっと頑張ってスターゲイト側を擁護してくれるだろう。

恐喝犯の弱みを突く事での、安く、それでいてキッチリとした解決。

マサコ渾身の『容易くDirty遂行されdeedsた順法doneギリギリdirtの措置cheap』。


(はぁーチョロイですわね! 所詮はヤウーシュ!!

 さぁ、早く”Yes”と言いなさい……!)

(サトゥーさんこんなのダメです! 絶対に”NO”……!)


一方でその辺りの計算を知る由もないサメちゃんは、純粋にマサコに怒っていた。

サトゥーを誘拐犯扱いしておいて、屁理屈をこねて隠ぺいを試み、慰謝料は僅か1000コム。許せるわけがない。


ふたりが見つめる中、サトゥーが組んでいた腕を解く。

そして笑顔になると何故か嬉しそうに言った。


「ゲート長……あなたはとても誠実な人ですね!!」

≪≪えっ≫≫


まさかの反応。

マサコとサメちゃんの声が重なった。

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