第35話「余裕ある笑み」

ヤウーシュという戦闘種族は非常に勇敢であり、傭兵として雇ったならばこの上なく頼もしい味方となる。

一方で戦場以外においては、出来れば関りを持ちたくない存在でもあった。

野蛮で粗暴で、そして何より『臭い』。


一見するとドレッドヘアーに見える頭部の棘は放熱器官であり、そこから体液――ようはオシッコ――を排出する事で彼らは体を冷却する。

しかも場所を選ばず、終わって洗い流す事もしない。

強烈な体臭もむべなるかな。

そんな『おしっこ噴水マシン』を戦力として雇用する事はあっても、誰が二人きりで旅行しようだ等も思うだろうか?

いや、居る訳がない――


――というのが標準的なシャルカーズ社会の見識だった。

それと照らし合わせれば、即ちサメちゃんとは『変態』である。


≪誤解は止めてください! そもそも……ん?≫


その時、『警備部長』に食って掛かっていたサメちゃんは気づいた。

警備部長が、いや班長も、それどころかスターゲイト陣営全員が――


≪あ、バリア使ってる!?≫


――対環境バリアを展開させている。

生存が約束されているスターゲイト内部、しかも謝罪中の応接間においてバリアが使用されている理由など、ひとつしか思いつかない。


≪サトゥーさんが臭いって言いたいのかサトゥーさんは臭くないんだぞバリアすぐに解除しろ!!≫

≪ぜぇぇっだいヤダぁぁぁ! おばえのフェチなんでじるがぁぁぁ!!≫

≪誰が悪臭フェチだコラァァ解除しろぉぉ!!≫


サメちゃんのから放たれる電弧がその量を増やす。

部長が身に着けているバリア発生装置に対しての、生体電装制御BCCによるハッキングだった。

対環境バリアを無理やり解除し、部屋の空気を吸わせる事で『サトゥーさんは臭くない』と証明する為の。


≪あぁぁ、やべろぉぉ!!??≫


それに気づいた部長もから赤い電弧を出して生体電装制御BCCを開始する。

無理やり解除しようとするサメちゃんと、それを阻止しようとする部長との情報上書きバトル。


≪……!≫


そこに突如として班長が参戦してきた。無論、阻止側として。

部長がら次は自分だと思ったのか。

兎も角、状況は2:1となる。


≪ぐぬぬ……!≫


並みのシャルカーズ女が相手ならば、たとえ相手が数人であろうと電子的に押し勝てる技量をサメちゃんは持っていた。

しかし相手は警備部の長と警備班の長。

この2人を前に、如何なサメちゃんとて短時間でのバリア強制解除は困難だった。


≪解除しろー! シャアアア!!≫

≪ぜぇーーったいに、やに゛ゃーーー!!≫

≪ヤダァァ! に゛ぃぃぃぃぃ……!≫

「ちょ、ちょっとサメちゃん……」


テーブルを挟んで対峙したまま、電弧を飛ばして睨み合う3人。

思わぬサメちゃんの痴態にオロオロしてしまうサトゥー。

一方でその様子を見ているゲート長は――


≪あらあら元気いっぱいで、オホホホ≫


――妖しく微笑んでいた。





シャルカーズ語の変わった特徴として、名前や固有名詞を周波数で表す点が挙げられる。

そしてスターゲイト019のトップであるゲート長の名前は、『132.67』と言った。

サトゥーにも理解出来る単語として、込められている意味を無理やり翻訳するならば、ゲート長の名前は『マサコ』が相当する。


部長と班長と電子戦を展開している『青目のシャルカーズ』を眺めながら、ゲート長『マサコ』は内心でほくそ笑んでいた。


(あらあら、こんなに感情を露わにして。どうやら杞憂だった様ですわね)



その日。

いつも通りの職務に邁進していたマサコの元に飛び込んできたのは、凶報だった。

来訪したヤウーシュの戦士を誘拐犯扱いして攻撃を仕掛けたあげく、返り討ちにあい、自爆に近い形で自動倉庫を灰にしたと言う。


――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛何゛し゛ち゛ゃ゛っ゛て゛る゛の゛ぉ゛ぉ゛――


マサコ慟哭。

自動倉庫焼失はマズいが、それ以上に『ヤウーシュの戦士』を誘拐犯扱いしたのが何より”ヤバい”。

シャルカーズは理屈で、アルタコは理想で、ヤウーシュならば名誉で行動する。

そんなヤウーシュに”不名誉”を、しかも冤罪でおっ被せてしまったとしたら。


――奴らがどれだけブチ切れるか想像もつかない……!――


最悪、誘拐犯扱いしたヤウーシュの氏族が『我が氏族を侮辱するか』と殴り込んでくる危険すらあった。

何よりタチが悪いのが、今回の騒動に関してはスターゲイト019側が完全に加害者である事。

しかしマサコはスターゲイト019の総責任者として、被るリスクや支払うコストを最小限に留めなくてはならない。



(いいえ……やってみせる!)


マサコは決意を新たにする。


(この”ぺちぺちのマサコ”……伊達にぺちぺちしてきていないわっ!)


マサコはスターゲイト019で昇進してゲート長に昇り詰めるまで、幾度となく全力謝罪ぺちぺちで難局を潜り抜けてきた。

同族に、アルタコに、そしてヤウーシュに、何度とぺちぺちしてきたか、100回から先は覚えていない。

あまりにもぺちぺちし過ぎて、尾びれと左手の皮は分厚くなってしまっている。


そして今回。

マサコは『敵』を観察する。

小柄なヤウーシュの戦士と、青目の同族。

珍しい事に、このスターゲイトへは二人旅で訪れたと言う。


(二人旅……?

 バカらしい、嘘をつくならもっと考えなさい!

 目的は見えたわね……恐らくはコンビで活動している恐喝班。

 訪れたスターゲイトに誘拐事件だと誤認させ、騒動を起こさせる。

 そしてそれを『氏族に黙っていて欲しければ』と金をせびる手口……!)


マサコはさり気なく、ヤウーシュの方へと視線を向ける。


(ヤウーシュにしては小柄で……妙に大人しい。

 ヤウーシュがこんな計画を立案できる訳ないから、恐らくは小金で雇われてるだけ。

 だとしたら――)


次にマサコは青目の同族を観察する。

当人は今、部長のバリアを解除するのに夢中になっていた。


(――主犯格は、こっちの青目の方ね。

 この小娘、恐らくはどこかのスターゲイトで上手くいって味を占めたのでしょうけど……このスターゲイト019を狙ったのが運の尽きよ!)


マサコは徐に立ち上がると、テーブルを迂回して青目へと近づく。

同時にチラリと、天井の片隅を確認した。

そこには銀色の半球体が埋まっており、それは監視カメラだった。


≪オホホホホ、まぁまぁ、その辺になさって――≫


監視カメラの位置を確認しながら、マサコは己の手元が死角となるように青目へと手を伸ばす。

そして青目の左上腕、その裏側あたりに指を回し込み、つねった。


≪痛っ――≫


青目が思わず、反射的に左腕を振り払う。

その動作を受け、マサコは――





サトゥーさんは臭くなんか無い。

無理やりにでも対環境バリアを解除して、それを分からせる。

サメちゃんは部長の懐に入っているバリア発生装置へのハッキングに集中してしまっていた。


≪オホホホホ、まぁまぁ、その辺になさって――≫


だから近づいて来たゲート長に、注意を払わなかった訳ではない。

しかし不意に片腕を取られ、その指が左上腕の裏側に触れてきた、そう思った次の瞬間。


≪痛っ――≫


突然チクリとした痛みが走った。

そして反射的に左腕を振り払うと――


≪あぁぁぁぁぁぁん!!!≫

≪ッ!?≫


――サメちゃんが視たのは、大きく弾き飛ばされるゲート長の姿だった。


「うおっ!?」

≪あぁぁぁれぇぇぇぇ~!≫


横にいたサトゥーも思わず瞠目する。

サメちゃんに振り払われたゲート長は、そのまま独楽コマめいてくるくると回りながら移動。

その動きは前世的に言えばバレエのピルエット、または悪代官が女中の帯を引っ張った時のアレだった。


応接間に居る全員の視線が集中する中、ゲート長は失速すると応接間の床にへにゃりと倒れ込む。

そしてヨヨヨと泣き始めた。


≪……ううぅぅ酷い、野蛮な暴力的行為に訴えるだなんて≫

(ファールをアピールするサッカー選手かな?)


あの振り払う動作に、どう見てもそんなパワーは無かった。

が、暴力だと言えば暴力なのだろう。


同時にサメちゃんも焦っていた。


(や、やられた……!)


何か刺されたかと思って左上腕を確認するも、傷跡なし。

恐らくは抓られたのだろうが――


(監視カメラはあそこ……さっきの位置関係だと死角になってる! ハメられた……!)


基本的にシャルカーズでもアルタコでも、”先に暴力に訴えた”方が論理的正当性を失って『負け』となってしまう。

尚、ヤウーシュは除く。

だから先ほどまでサトゥー陣営が、スターゲイト陣営に対して完全に有利な立ち位置を取れていたにも関わらず。


(あわわわわ私が足を引っ張っちゃった……!)


謝罪の場で”こちらも手を出した”という免罪符は、状況を大分スターゲイト側に傾けてしまうだろう。

流石に『出した手』の規模が違うため、帳消しとはならない。

しかし――


≪でも……先にご迷惑をお掛けしたのはわたくし達……これ位、耐えて然るべきですわね……。

 あぁ、ちょっと部長……手を貸してくださるかしら?≫

≪え、でもゲート長、それやった後いつも元気で――≫

≪シャラップ!!≫


結局、よっこらせと自力で立ち上がるゲート長。

そしてソファーに座り直し、会話の続きを切り出してきた。


――その表情に、余裕ある笑みをたっぷりと浮かべながら。

 

≪それでは……原因究明も様ですし、具体的な賠償の方法を決めさせていただいても宜しいでしょうか≫

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