第33話「響き続けた」
人工重力に引かれ、床に向かって飛び降りるサトゥー。
床の上には様々なものが散乱し、足の踏み場もない程になってしまっている。
その上を歩きながら、サトゥーは赤目の少女が棚の下敷きになってしまっている事故現場へと向かった。
≪≪≪に゛ゃ!?≫≫≫
救助活動にあたっていた少女たちが、近づいて来る”凶悪犯”に気づいて慌てて逃げだす。
何人かが『下敷きになっている2人』を守ろうと思い立つも、騒動の最中で邪魔になる三叉槍は既に投げ出してきてしまっている。
武器がなくては立ち向かう事が出来ない。
結局、全員がサトゥーから距離を取る事を選んだ。
≪≪に゛ゃ…………≫≫
棚の下敷きになっている2人へとサトゥーが近づく。
その2人の顔には『もう終わりなんだァ……』という明確な諦観が浮かんでいた。
サトゥーが手を伸ばす。
2人はギュっと目を瞑り……そして何も起きない。
≪≪にゃ……?≫≫
恐る恐る目を開いた2人が見たのは――
「よっこいしょ」
――棚を持ち上げる”凶悪犯”の姿だった。
装備している対環境バリアで火災の熱を無効化しながら、サトゥーは2人の少女を棚の下から救い出す。
そうしてからワイヤーの網目を掴み、指先まで覆っている戦闘用バリアで防御――流石のヤウーシュもワイヤーを素手で触ると指を切る――しながら腕力を使って引き千切った。
と、そのタイミングで天井から一斉に白い煙が噴き出し始める。
火災を検知して作動した消火用のガスだった。
まるで吹雪めいて視界を遮る程に充満した白いガスが、自動倉庫を満たしていた炎と熱を一瞬にして消し去る。
一先ず事態は沈静化した。
2人へ手を貸しながら、サトゥーは声を掛ける。
「やっと消火したか……。んで2人とも大丈夫か? 立てる?」
≪≪にゃ……≫≫
ワイヤー網の拘束から解放された2人だが、心身ともに消耗しているらしくフラついてしまっている。
転ばない様に支えながら、サトゥーは周囲に声を掛けた。
「誰か2人を医務室へ……って」
≪≪≪…………≫≫≫
「超離れてるじゃん」
取り合えず『誤解』は解けたらしく、サトゥーを見つめる少女たちの視線に”敵意”は含まれていない。
が、引き続き”警戒”が含まれていた。
物理的にサトゥーと距離を取っている。
仲間は助けたいがヤウーシュは恐ろしい、そんな葛藤が少女たちの表情から見て取れた。
「まぁ……しゃーない。
もう俺が連れていくか……でも医務室の場所分かんねぇんだよな……ん?」
≪……に゛!≫
しかしその時、遠巻きにしている少女たちの中からひとりが歩み出てきた。
その面影にサトゥーは見覚えがあった。
「あ、俺が高い高いしてから洗濯物みたいに吊り下げちゃった子! 俺が高い高いしてから洗濯物みたいに吊り下げちゃった子じゃないか!」
≪にゃ!≫
サトゥーが高い高いしてから洗濯物みたいに吊り下げちゃった少女が、サトゥーに恐れる様子もなく、と思いきやちょっとだけビクビクしながら歩み寄って来る。
そしてサトゥーから”フラついている2人”を引き継ぐと、左右の肩を貸して両者の体を支えた。
医務室へと連れて行ってくれるのだろう。
倒れない様に2人を介助しながら、ゆっくりと歩き始める。
≪≪≪にゃー!≫≫≫
やがてサトゥーとの距離が離れたタイミングで、周囲の少女たちが一斉に駆け寄ると”フラついている2人”の体を支えた。
そしてそのまま丁重な足取りで離れていく。
サトゥーはその背中へと声を掛けた。
「……さっきは吊るしたりしてゴメンな」
≪……に゛≫
少女が一瞬だけ振り返り、赤いルビーの様な目でサトゥーを見ながらそれだけ答える。
相変わらず、何を言っているのかは分からない。
ただ何となく、サトゥーには『イイって事よ』と言ってくれていた気がした。
「んで……どうしたものか」
≪≪≪にゃー……≫≫≫
滅茶苦茶になってしまった自動倉庫。
その中で今だ多くが立ち尽くしている赤目の少女たち。
その中心で遠巻きに見つめられ続けているサトゥー。
そもそもからして根本的に問題は解決していない。
しかしその時。
≪…………さぁーーん!!≫
「ん?」
≪サトゥーさぁぁぁーーーん!!≫
連絡通路から、ひとりの少女が飛び出してくる。
その眼窩で輝いているのは赤ではなく、よく見知った青。
銀髪のショートヘアーを揺らしながら走って来るのは――
「サ……サメちゃん!」
≪サトゥーさん大丈夫ですかーーー!!?≫
――舞い戻ったサメちゃん。
通路出口からサトゥーの位置まで距離約50m。
そこを7秒台という健脚で走破してきたサメちゃんが、そのまま低空弾道ミサイルと化してサトゥーの腹部へと突入してくる。
≪サトゥーさぁぁぁぁん!!≫
「どぅぼぁーーー!!?」
足場が悪くて踏ん張りの聞かなかったサトゥー、後ろに吹き飛ばされて2人してゴロゴロと転倒。
そのまま仰向けに『ビターン!』となったサトゥーの上に、サメちゃんがマウントポジションの形で『ぽすんっ』と乗っかった。
怪我が無いかサトゥーの全身をペタペタ触りながら確認しつつ、サメちゃんが声を荒げる。
≪大丈夫ですか!? 変な事されてませんか!? 怪我とかしてませんか!?≫
「だ……だいじょうぶ……」
正直今のが一番効いた。
喉元まで出かけたその言葉を辛うじて飲み込むサトゥー。
言わぬがフラワー。
無事(?)を確認したサメちゃんはサトゥーの上から飛び降りると、今度は周囲に居た赤目の少女たちへと向き直る。
そして猛然と抗議――サトゥーでは翻訳出来ない赤目側の言語で――し始めた。
≪に゛! に゛~~!! にゃ! に゛ゃぁぁぁぁぁ!≫
抗議された少女たちは『え……?』みたいな表情となり、やがて『聞いてた話と違うやんけ』みたいな反応が広がっていく。
思わず起き上がったサトゥー、サメちゃんの後ろに立つと――
「いいぞ~! そうだそうだ、もっと言ってやれ~わっはは~!」
≪に゛ぃぃー! に゛!! に゛や゛あ゛あ゛あ゛!!≫
――鮫の威を借るカニと化して元気に抗議開始。
具体的に言いたい事を言い終えたのか、サメちゃんは両手両足を伸ばすと地球で言う『アリクイの威嚇』めいたポーズを取って『シャー!』と威嚇(?)をし始めた。
サトゥーもそれに倣い、両手を頭上に掲げて威嚇のポーズを取りながら――
「ガオー!」
――と叫ぶ。
気まずそうに言われるままの赤目の少女たち。
≪シャー!≫
「ガオオオオ!!」
≪シャアアア!!≫
≪≪≪………………≫≫≫
しばらく自動倉庫には青目の少女と、その陰に隠れながら調子ブッコいているヤウーシュの威嚇音(?)だけが響き続けた。
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