第32話「悲痛な叫び」

少し可哀そうだなと思いつつも、宙づりにした少女を囮にし、追跡者たちとの距離を稼いだサトゥー。

しかし――


≪に゛っ!≫

「こっちはダメだ」


≪に゛ー!≫

「こっちもダメだ」


――次々と進路上に現れる赤目の少女たち。

マスクからは絶えずスキャンを受けた際の通知音が鳴り響いており、リアルタイムで居場所を把握され、その情報を元に追跡側が先回りしてきている事は明白だった。


(これじゃあ完全に、狩り場に追い込まれてる獲物やんけ!)


連絡通路を駆け抜けるサトゥー。


果たして”獲物”が飛び込んだ『狩り場』は、広大な空間だった。

10m近い巨大な棚が規則的に並んでおり、それぞれの棚には無数の『樽のような装置』が収納されている。

そして棚の間を無人の搬送機がせわしなく動き回っていた。

ここと似た場所を、サトゥーは前世で見た事がある。


(……自動倉庫?)


そんな感想を抱いていると、周囲の連絡通路から一斉に追跡者――赤目の少女たちが追いついて来た。


≪≪≪に゛ーーー!!≫≫≫

「来たな……」


包囲されるサトゥー。

だがサトゥーにもう逃げる気は無い。

このままではらちが明かない。『誤解』を解く必要があった。


「話し合おう!

 ボクはわるいヤウーシュじゃないよ!

 ともだちのシャルカーズのサメちゃんと、ふねのしゅうりのためにきたんだよ!」

≪に゛ーーー!≫

「聞けやオルァ!!!」

≪に゛ゃ!?≫


実を言うと埒君はもう明かないです。

突然こんなこと言ってごめんね。

でも本当です。


「だからどぼじで翻訳効いてないのぉぉぉ!!」

≪≪≪に゛ーーー!≫≫≫


誤解を解く以前に会話が出来ない。

サトゥーは半泣きになりながら、ガントレットを操作して翻訳機能の調整を試みる。


≪≪≪に゛~!≫≫≫

「設定をあーして! こーして! ここをこ…………む」


その時サトゥーはある事に気が付いた。

包囲をしている赤目の少女たちから、『積極性』といったものが感じられない。

攻撃の為の包囲ではなく、ただ包囲する為に包囲をしている様な。


(時間稼ぎ……? 何の為に……。何かを待ってる……”決め手”を待ってる?)


直後、答えがやってきた。

連絡通路から、新たな少女の一団が現れる。


≪≪≪に゛~~~!!≫≫≫

(げぇ!? あれは!!)


新たにやってきた赤目の少女たちは、筒のようなものを肩に担いでいた。

合計4本。

その正体をサトゥーは知っていた。


「相手を包み込むように鋼鉄すら切断する鋭いワイヤー網を発射するネットランチャー!

 相手を包み込むように鋼鉄すら切断する鋭いワイヤー網を発射するネットランチャーじゃないか!」

≪≪≪に゛!!≫≫≫


包囲の一部が開かれ、ネットランチャー装備の4人に対して射線が解放される。

4人は『喰らえやオラァ!』といった面持おももちでサトゥーに対して狙いを定めた。

サトゥーは言いました。


「止めてくれ君たち、その網はオレに効く」


即発射≪に゛ゃ!≫


「すぐ撃つじゃん!? うおおヤウーシュ回避ィィィー!!」


放たれたワイヤー網が広がりながら飛来。

サトゥーは咄嗟に真上に跳躍する事で回避し、天井近くにあった点検用歩廊キャットウォークの上へと着地した。

そうしてから眼下を確認すると、そこに広がっていたのは惨状。


≪≪≪に゛ゃああああ!!?≫≫≫


放たれたワイヤー網は4発。

うち2発が流れ弾と化して包囲に加わっていた少女2名に命中し、残り2発も流れ弾と化して棚に命中していた。

逃亡した凶悪犯への決め手としてネットランチャーを持ち込んだはいいが、残念ながら4人とも射手としては習熟が浅かったらしく、ガバガバエイムで勝手に狙いが逸れてしまっていた。


ワイヤー網には巻き取り機構が組み込まれており、ワイヤーを締め付ける事で対象の動きを封じてしまう。

誤射を喰らった少女2人は動けなくなり、その場にこてんと倒れ込んでいた。


≪≪に゛ぃ~~!!?≫≫


本来は鋼鉄すら切り裂くワイヤーが獲物をズタズタにする仕様だが、少女たちは防御バリア装備を身に着けていた為、発生したバリアがワイヤーに干渉。

バチバチと火花が散るだけで、少女たちに危害が加わる事は無かった。


――のだが、思いがけず起きた誤射と、作動しているワイヤー網。

そして発生しているバリアと、そこから飛び散る火花。

立て続けに起きたこれらの異常事態が、赤目の少女たちをパニック状態に陥れていた。


≪≪≪に゛ゃ゛ぁぁーー!!≫≫≫

「えぇ……」


『に゛ー!』とか『に゛ゃー!』とか『に゛ゅー!』とか叫びながら、右往左往するシャルカーズ警備員?の皆さん。

そこへさらに混沌を加速させる事象が発生する。


「うん……?」


サトゥーの視線の先。

流れ弾として棚へと命中していたワイヤー網が2発。

片方は『樽のような装置』に、もう片方は『棚の脚』へと命中していた。


『樽のような装置』の方に命中していたワイヤー網が、その切断力を遺憾なく発揮して『樽のような装置』を破壊。

その内部に充填されていたのはバリア用エネルギーであり、アーク放電となって亀裂から漏洩し始めた。

うごめく紫電が隣に収納されている『樽のような装置』の表面を撫で、赤熱の果てに溶解させ始める。

このままでは連鎖的に漏出事故が起きてしまうだろう。

その光景を見たサトゥーは言いました。


「やはりヤバい」


でも安心です。

危険物を収納している巨大棚には、エネルギー漏洩に備えて遮断用バリア発生機能が搭載されています!

早速稼働したそれらが、あっと言う間にアーク放電を閉じ込めてしまいました。


「やったー。これでもう安心だっ。……うん?」


が、その時サトゥーは気が付く。

流れ弾として棚に命中していたワイヤー網の、もうひとつの方。

『棚の脚』へと絡みついていた方のワイヤーが、ちょうど棚の脚を切断してしまった事に。


倉庫内部にドォン! と轟音が響き渡る。


≪≪≪に゛ゃ゛!?≫≫≫

「あー……」


全員の視線が音源へと集まった。

巨大棚の脚が一本、短くなっている。


バランスが崩れますか?

勿論です。びっこですから。


巨大な棚がゆっくりと傾き始めた。

そして真横にあった棚に激突し、一緒に傾き、その横の棚へともろとも倒れ込み――


――後はドミノ倒しだった。

ドォーン、ドォーンと轟音を連続させながら次々と倒壊していく巨大棚。


≪≪≪に゛ゃぁぁぁぁぁ!?≫≫≫

「oh……」


完全にパニックになる赤目の少女たち。


それでも十数秒後――


≪≪≪に゛……?≫≫≫


――ようやく倒壊が収まった。

咄嗟に隠れた物陰からいそいそと姿を現した少女たちは、周囲を見回して一先ず危機は去ったと安堵の域を漏らす。


≪≪≪に゛ぃ~~……。……に゛?≫≫≫


そして気付く。

床の上のあちこちに、棚から飛び出してしまった『樽のような装置』が転がっている。

その中のひとつがアーク放電を漏らしているやつであり、近くにあった『樽のような装置』を紫電で撫で続けている事に。


実を言うと、この樽君はもうだめです。

突然こんなこと言ってごめんね。

でも本当です。


融解した『樽のような装置』からエネルギーが青白い光となって放出され、隣の『樽のような装置』を焼く。

融けた『樽のような装置』からまたエネルギーが放出され、隣の『樽のような装置』を焼いて――連鎖的な破壊が起きた。

自動倉庫内で爆風と爆炎が吹き荒れる。


≪≪≪に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!≫≫≫

「oh……」


倉庫内を逃げ惑うシャルカーズの皆さん。

不幸中の幸いと言うべきか、全員が防御バリアを身にまとっている為に犠牲者は出ていない。

倒壊した棚の下敷きになっても無傷で這い出れるし、爆発に巻き込まれても火傷のひとつも負わず、呼吸補助機能は有害なガスを遮断してくれる。

『に゛ゃー!』とか『に゛ぃー!』とか『に゛ぇー!』とか叫びながら、みな元気に連絡通路へと逃げだして行った。

だが――


≪≪に゛ぃ~~!!≫≫


――2人、取り残されているのが居た。

ネットランチャーの誤射を受け、ワイヤーが絡まって動けなくなった2人だった。

不運な事に、さらにその上へ巨大棚が倒れてきており、下敷きになってしまっている。


≪≪≪に゛ゃああ!!≫≫≫


何人かがそれに気づいて救助を試みているが、少女たちの力で巨大な棚を動かす事が出来ない。

既に周囲の可燃物に引火して火災が起きており、煙も充満しつつあった。

ワイヤーの締め付け、棚による圧迫、火災の熱、それらを防ぎ続けている防御バリア――下敷きになっている少女2人の――はフル稼働を続けている。

使用しているバリア装置はバッテリー駆動式であり、少しづつその出力を落としつつあった。

このままでは――


≪≪≪に゛ゃぁぁぁ!!≫≫≫


赤目の少女たちの、悲痛な叫び声が倉庫内に響き渡る。

そしてそれを、天井の点検用歩廊キャットウォークで聞いている存在がひとり。


「しょうがねぇな……」


サトゥーはそれだけ言うと、点検用歩廊キャットウォークからその身を躍らせた。

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