第31話「距離を稼ぐ」

宇宙空間に浮かんでいる金属製の巨大ドーナツ。

時おりその近隣宙域にはチカチカと光るものがあり、それはワープ航法で飛んでくる宇宙船がワープアウト時に放つ光だった。

またリングの内側からは『ワープ航法で旅立つ宇宙船』が残していく光の軌跡があちこちへと伸びており、『アルタコ線より安く、ガショメズ線より安全』なシャルカーズ線は今日もまた大盛況。


そんな光景をキャノピーの端に眺めながら、サトゥー船は『スターゲイト019』の外縁部にある開放型の格納庫に進入する。

3本の着陸脚を生やすと駐機場へと降下し、開放された後部ハッチから最初に降りてきたのはサメちゃん。

次いで降り立ったサトゥーに向けて、振り返ったサメちゃんが言った。


≪それじゃあサトゥーさん、私ちょっとここの事務所に手続きしに行ってきます!≫

「お願いしゃーす。ここで待ってるね」

≪はーい。すぐ戻ってきますね!≫


何やらご機嫌に鼻歌を歌いつつ、軽やかな足取りで宇宙船を離れていくサメちゃん。

その背中を見送りつつ、サトゥーは着陸脚にもたれ掛かると周囲に目をやった。


格納庫の各所ではスタッフだろう少女たち――作業着姿の――が各々の作業を担当している。

シャルカーズの例に漏れず彼女たちもから電弧を放っているが、その輝きは『赤』。

サメちゃんの瞳を『青いサファイア』に例えるならば、格納庫にいるシャルカーズ少女たちの瞳は『赤いルビー』だった。


(瞳の色が違う……同じシャルカーズでも『人種』が違うのかな?)


そんな事を考えながら周囲を眺めていたサトゥーだったが、ある違和感に気づいた。


(あれ、何か見られてる……いや気のせいか?)


赤いルビーがチラチラとサトゥーの様子を窺っている……ような、そうでない様な。

着陸脚に体重を預けたまま、サトゥーは腕組をしてサメちゃんが戻るのを待ち続けた。


(何か……気まずい。気まずいよ~サメちゃん早く戻って来てよ~)





(遅い……遅くない?)


何分待っただろうか。20分か、30分か。


(事務所ってそんな遠いのか? それとも手続きが長引いてる……って、あれ?)


サトゥーはある事に気づく。

格納庫で作業をしていたスタッフの少女たちが、全員居なくなっていた。

他の宇宙船も駐機していない為、広い格納庫の中にはサトゥーがただ一人。


――と、そこへ。


≪≪≪に゛っ!≫≫≫

「……お?」


連絡通路の方から、何やらゾロゾロと集団が現れた。

幾つもの紅い瞳。

警備員のような制服を着用しているシャルカーズの少女たちで、手には皆一様に三叉槍トライデントを持っている。

そして視線に明確な『敵意』を浮かべながら、サトゥーの方へと駆け寄って来た。


「え、ちょ……え、なん……」

≪≪≪に゛ーーーー!≫≫≫


少女たちはあっと言う間にサトゥーを包囲し、一斉に三叉槍を突きつける。

突然の事態で硬直するサトゥーの前に、代表者らしい少女が歩み出てきた。

少女は指を『びし! ずびしー!』とサトゥーに突きつけながら、何やら声高に叫び始める。


≪に゛! に゛、に゛~!≫

「ふむふむ……成程。何も分かんねぇ!!」

≪に゛!? に゛ー、に゛ーーー!!≫

「だから分かんないよ!? というか何で翻訳効いてないの!?」


意思疎通に電磁波を用いるシャルカーズの『声』は、そもそも通常の聴覚では聞くことが出来ない。

『に゛ー』と聞こえている時点で翻訳アプリが作動している証拠だが、何故か言語化されていなかった。


≪に゛~~~!!≫


サトゥーの反応に業を煮やしたのか、代表者らしき少女がついに武力行使に出る。

手にしていた三叉槍が突き出され、サトゥーの外殻に押し付けられた。

穂先そのものはヤウーシュの堅牢な外殻が弾く。

しかしこの三叉槍は、先端からの電気ショックによって対象を無力化する非致死性兵器だった。


「あばばーー!!」


サトゥーの体へ瞬間的に50万ボルト以上の電流が流れる。

電流そのものは数ミリアンペアと低く抑えられている為、殺傷能力は無い。

が、痛いものは痛い。

よろめいたサトゥー、流石に抗議。


「いっだーーー!? 急に何するんじゃーー!」

≪にに゛!?≫

≪≪≪に゛ーーー!!≫≫≫


どうして効いてないのか。もっとやってしまえ。

言葉は分からないが、恐らくはそんな反応なのだろうとサトゥーにも予測が付いた。

取り巻きの少女たちが三叉槍を構え、一斉に距離を詰めて来る。


初撃を何とかヤウーシュ耐久力で耐えたサトゥーだったが、こんなの何本もご馳走されたら『焼きガニ』になってしまう。


「ぼくはにげるよ! ヤウーシュ跳躍力、とうっ!!」


包囲されている為、水平方向には逃走出来ない。

サトゥーは垂直方向に大きくジャンプした。

格納庫内に掛かっている人工重力は、恐らく地球と同じ1G程度。

ヤウーシュ母星よりも軽いそのくびきは、唯でさえ高いヤウーシュの身体能力をさらに向上させる。


サトゥーは猫の様に空中で体を捻ると、頭上を覆っている『宇宙船の底部』に

三角飛びの要領で再度跳躍し、忍者めいた動きで少女たちの包囲網の外側へ着地した。

慌てて振り返る少女たちに――


「にげるよ……逃げる! ヤウーシュ加速力! うおおおー」


――捨て台詞を吐きながら、脱兎の如く走り出す。

『に゛ー!』と叫びながら追って来る少女らを振り切って、サトゥーはそのまま連絡通路へと駆け込んだ。


「ぐわー天井低い! チビで良かった」


シャルカーズ規格の連絡通路は天井が低く、サトゥーの身長で高さギリギリ。

標準的なヤウーシュ身長だったなら中腰になる必要があっただろう。


≪≪≪に゛ーー…………≫≫≫


後ろから聞こえてくる少女たちの声を置き去りにしながら、サトゥーは右に左にと曲がり角を走り続ける。

ある程度振り切ったところで、通路の傍らに屈まないと入れないサイズの点検用通路を発見した。


「……一先ずここに隠れよう」


反対側の通路へと繋がっているそこはトンネル状になっている。

サトゥーはその中に潜り込み、窪みのある場所で体育座りをした。

マスクを装着してからガントレットを操作し、サメちゃんへと通信を試みる。


「サメちゃんはどこにいるのですか。

 たったひとりのわたしに、サメちゃんは気づいてくれますか、と……はい繋がらない。妨害電波出てますねぇ!」


スターゲイト側からだろう妨害電波によって、サメちゃんと連絡取れず。

おまけに点検用通路の外では赤色灯が点滅しだし、周期的な警報が鳴りだしていた。

場内アナウンスからは『に゛~~!!』と何やら激おこプンプン声で指示を飛ばしているのが聞こえて来る。


「ははは、まるで凶悪犯が逃げ出したみたいだな! 俺かな! 俺かも……僕゛は゛無゛実゛で゛す゛」

≪≪≪に゛――!!≫≫≫

「ひっ!?」


すぐ近くの通路を、追いついて来た少女たちの影が慌ただしく通り過ぎていく。


「い……行ったかな……?」


物陰から顔だけ出し、当たりの様子を窺うサトゥー。


「うぅ……どうして……どうしてこんな事に……この後どうしよう」


再度物陰に隠れてから、サトゥーはこの後の予定を考える。

何故かシャルカーズ側と会話が出来ない上に、致命的な『誤解』が生じてしまっている。


「サメちゃんが戻って来なかったのと関係……あるよな、多分。

 何にせよサメちゃんと合流しないと……事務所? に行ったんだよな、事務所ってどこだ……?」


スターゲイトの様な公共性の高い施設には、必ず利用者向けに案内情報を提供している無線端末がある。

サトゥーはそれに接続してマップ情報を取得しようとしたが、失敗した。


「閉鎖……閉鎖……はい全接続ポート閉鎖、接続不能! ”非常事態”のせいか……。

 あとは周囲にスキャンをかけて強引にサメちゃんの位置を特定するくらいだけど……今使ってる『ザ・カブキ』はスキャン機能壊れて使えません本当にありがとうございました! 詰んどる!」


サトゥーがセルフ突っ込みをしていると、装着している2代目マスク『ザ・カブキ』が『ピコーン』という音を発した。

ザ・カブキは故障によって『周囲の地形をスキャン出来ない』が、『スキャンを受けた』事自体は探知できる。

たった今鳴ったのは、その通知音だった。

つまり。


「ぐわースキャンされた!!」


そもそもがヤウーシュの利用している技術の殆どはシャルカーズ由来。

サトゥーに出来るという事は、つまり向こうも出来るという事。


「おおおお落ち落ちオチチチ着けつつけけ俺、構造物の一部だと誤認されればバレない可能性もももも――」

ピコン!

「あばーバレとる!!」


最初に受けたのが『広く浅い』スキャン。

2度目に受けたのが『狭く深い』スキャン。

完全に位置を補足されていた。


「逃げろぉぉぉーー!」

ピコン! ピコン! ピコン!


断続的にスキャン波を浴びながら、サトゥーは点検用通路から飛び出す。

そのまま目的地も定まらぬまま逃走を再開した。


≪≪≪…………に゛――!≫≫≫

ピコン! ピコン! ピコン!


後方の通路から、遠ざかっていた筈の少女たちの声が戻って来る。

完全に居場所を把握された上で、組織的な追跡が始まりつつあった。


「ヤウーシュ逃げ足! うおおおおお……お?」


道も分からず走るサトゥーの前方に、T字路が現れる。

ちょうどその分岐する場所に居たのは、気だるげに歩いているひとりの少女――三叉槍の石突を引きずっている――だった。


≪に゛~~。……に?≫


そして少女はT字路へ――自分に向かって突進してくる『凶悪犯』サトゥーの存在に気が付く。


≪――に゛ゃ!?≫


慌てて周囲を確認する少女だったが、残念ながら助けとなる存在は近くに居ない。


≪に゛……に゛~!!≫


少女は意を決し、へっぴり腰で三叉槍を構え、迫り来るサトゥーに向かって刺突を繰り出した。


「えいっ」

≪に゛ゅ!?≫


だがサトゥー、左上腕を外側に向かって払うプレデター空手『下段払い』で呆気なく防御。

振り払われた三叉槍が少女の手からすっぽ抜け、甲高い音を立てながら床を転がっていく。

その音を聞きながら、流れる様に右の正拳突きを少女に向けて打ち込む――


――のは流石に躊躇われたので。


「えいっ」

≪に゛ゃ!?≫


無力化の為に、両手を少女の脇の下に差し入れると目の高さまで持ち上げた。


「……」

≪……≫


しばらく無言のまま見つめ合う二人。

その様は『親戚の子を高い高いしてあげているオジサン』の構図そのものだった。

刹那、サトゥーの脳裏に蘇る前世の記憶。


――おじさーん! 高い高いして!――

――お兄さんな。いいよ! 高いたかーい!――

――やっふー! おじさんもう一回!――

――お兄さんな。あと肩痛いからこれで終わりな――

――えー。おじさん四十肩?――

――違う!!――


(ふふ……レナちゃん元気かな……)


親戚の元気な小学生、レナちゃん。

記憶の中のレナちゃんは、会うたびに『おじさん彼女は?』と無邪気なボディーブローで『彼女いない系男子』の胃を苦しめて来る系女子。

サトゥーがシャルカーズに、ひいてはサメちゃんに親近感を持っているのも、無意識に記憶の中にいる彼女の姿と重ね合わせ、庇護欲を感じているからなのか。

そんな事をサトゥーがぼんやり考えていると――


≪に゛……に゛ー!≫

「……おっと」


――持ち上げたままの赤目の少女がジタバタと暴れだした。


「とりあえず持ち上げちゃったけど……どうしよう」


このまま解放し、槍を拾われてお尻を刺されるのも面白くない。

どうしたものかと思案していると。


≪≪≪に゛ー!≫≫≫

「げぇー増援!?」


通路の反対側から追っ手の少女たちが現れた。

サトゥー、取り合えず。


「えいっ」

≪に゛っ!?≫


通路の天井近くにあった突起へ、少女の着ている警備員めいた制服の腰のベルトを引っ掛けた。

そして手を放す。


≪に゛……≫


まるで干された洗濯物。

足の付かない状態で宙づりになった少女が、再度ジタバタと暴れだした。


≪に゛ーー!?≫

「じゃあの」

≪≪≪に゛ーー!?≫≫≫


その場を離れるサトゥー。

追いついて来た少女たちの一団も、追うのか、宙づりを救助するのかの判断が割れて足が止まった。

救助しようにも誰も手が届かず、追うにしても人数が必要。

『に゛っ!』とか『に゛~!』とか『に゛ぃー!』と言い合いになっている隙に、サトゥーはしめしめと距離を稼ぐ事にした。

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