第30話「スターゲイト」


「うぅ……」


配線や配管が剥き出しになっている点検用通路。

暗くて狭いその只中に、体を丸めたサトゥーが隠れ潜んでいた。


≪≪≪――!!≫≫≫

「ひっ!?」


すぐ近くの通路を、”追跡者”たちの影が慌ただしく通り過ぎていく。

その何れもが凶悪な武装を手にしており、勿論それらはサトゥーをしばく為に用意されたもの。


「い……行ったかな……?」


物陰から顔だけ出し、当たりの様子を窺うサトゥー。

その顔に装着しているマスクは二代目の、銘を『ザ・カブキ』。

残念ながらスキャン機能が故障中であり、暗がりでの視界確保以外には周囲の状況把握に役立っていなかった。


「うぅ……どうして……」


サトゥーは今、追われる身となっていた。

近くにサメちゃんは居ない。

はぐれてしまった。


「どうしてこんな事に……」


どうしてこんな事になったのか。


話は時を1時間ほど前に遡る――





宇宙空間。

マイナス270度という超低温の領域に、突如として恒星が爆発したかの様な白い輝きが出現する。

現れたのは無数の『白く輝く光の泡』の塊であり、指向性を持つそれは暫く直線的に移動し続けた。

次々と光の泡は剥がれ落ちてゆき、やがてそれに包まれていたものがその姿を現す。


シャルカーズ製の円盤型。

サトゥーの宇宙船だった。


その操縦席に座っているのはサトゥーと、オペレーターとして地球へ同伴する事になったシャルカーズの整備主任ことサメちゃん。

サメちゃんが船体の状況を読み上げる。


≪オレコレスキー場の崩壊を確認。

 スーパーキャビテーション状態解除……空間ドリフト、正常に終了しました。

 ワープ航法完了ですサトゥーさん。船体も……特に異常ないみたいですね≫

「了解、ありがとう!」


カニ江とエビ美の追跡から逃れる為、サトゥーはひとまず宇宙船を進行方向にワープさせた。

距離にして約10光年ほど。

約95兆kmの道のりを終え、たった今ワープアウトしたところだった。


「ふぅー。

 さて、ちきゅ……アルカルⅢへ行く為には、と」


サトゥーはコンソールを操作し、キャノピーから見える視界へ拡張現実として『宇宙地図』を表示させる。

ヤウーシュの母星からアルカルⅢ――地球へ行く為には、銀河を幾つか跨ぐ必要があった。


距離にして約数百万光年にも及ぶ、遥かなる旅路。

乗っている宇宙船は数百光年という距離をワープ可能な、前世基準で言えばオーバーテクノロジーの塊ではあるものの、単独で走破しようとすれば数万回ものワープ航法が必要になってしまう。

その為、恒星間移動には『スターゲイト』と『ハイパーレーン』を利用するのが一般的だった。


「やっぱり……アルタコ線かな」


そう言いながらサトゥーが、宇宙地図に表示されている複数の移動経路のうち、1本を強調表示させる。


宇宙船単独ではとても恒星間移動は出来ない為、ワープ航法を補佐する為の専用施設『スターゲイト』を用意。

スターゲイトの補助によって通常の数万倍の出力で空間ドリフトを行い、予め設定しておいた”安全な航路”『ハイパーレーン』上をより早く、そして安全に移動する。

こうした交通網が銀河同盟、主にアルタコ、シャルカーズ、そしてガショメズによって整備されていた。


ちなみに有料。

サトゥーの前世的に例えれば、高速道路のような立ち位置と言える。

そしてサトゥーが選択したのは、アルタコによって敷かれたハイパーレーン、通称『アルタコ線』だった。

3種族の路線の中では最も”お高い”が、その分早く、そして安全。


≪えーと、サトゥーさん。それなんですけど……≫

「うん?」

≪こっちのシャルカーズ線にしませんか?≫


そう言いながら、サメちゃんが別ルートを選択する。


シャルカーズの敷いた『シャルカーズ線』だった。

スターゲイトの性能差により到着がアルタコ線よりも遅くなるものの、その分出費を抑えられるルート。

ちなみに最も安価なのが『ガショメズ線』だが、こちらは事故が多く、最悪の場合”あさって”の方向へ飛ばされて『ワープ航法Missing in 行方不明Warp』となる。恐ろしいぞ。でも安い。


「別に良いけど……何かあるの?」

≪シャルカーズのスターゲイトなら、二次バリア発生装置の在庫があるので、駐機場を借りてこのに取り付け出来ると思うんです≫

「あー……なるほど?」

≪宇宙船の整備担当としては、やっぱり安全の為に船は万全の状態にしておきたいんですけど……ダメでしょうか?≫

「あー……そうかぁー……」


操縦席のサトゥーへ、隣に座るサメちゃんがそう切り出してくる。

星空を閉じ込めた様にキラキラと輝いている、美しくて、そして真摯な瞳。

それに見つめられながら、サトゥーは考えた。


(まぁ確かに……今の状態はあれか、前世で言うと『エアバッグ故障中』とか『ブレーキ調子悪い』とかそんな状態か……。

 もしかしたらカニ江が追いついて来るかも知れないから、出来れば先を急ぎたいんだけど……サメちゃんも乗ってるし、安全には替えられないか)


実のところ、カニ江はサトゥー追跡を打ち切って実家へと帰還しているが、その事をサトゥーは知らない。

ひとりだけならばサトゥーは移動を優先しただろうが、宇宙怪獣や宇宙海賊など、宇宙に脅威が無い訳ではない。

サトゥーはサメちゃんの提案に乗る事にした。


「そうだね、そうしよう。じゃあ次の移動先はシャルカーズのスターゲイトかな」

≪はーい任せてください!≫


バリバリとサメちゃんのが電弧を放つ。

生体電装制御BCCによりサトゥーの操作とは比較にならない早さでワープ航法の手順が消化され、宇宙船はシャルカーズ線のスターゲイトへ向けて空間ドリフトを開始した。





スターゲイトを利用したハイパーレーン移動が安全な理由として、スターゲイト側の救助体制が挙げられる。


スターゲイトはまるで駅のようにハイパーレーン上に複数存在しており、ワープ航法を補佐して送り出した宇宙船が『向こう側の』スターゲイトへ到達したかの確認を行っている。

もし何らかの理由でワープ航法が解除された場合、宇宙船は『最寄りのスターゲイトまで9500京kmあります』といった訳の分からない位置へ放り出される事になってしまう。

そういった遭難を防ぐ為、スターゲイトには救助隊が常駐しており、ハイパーレーン上での事故に目を光らせていた。


また宇宙船の故障に対応する修理工場としての役割もある為、同じシャルカーズ製であればサトゥーの宇宙船に取り付けられる二次バリア発生装置も調達出来る。

というのが、サメちゃんがシャルカーズ線をサトゥーに提案した理由だった。



≪空間スキール音を確認……まもなくスターゲイト前に到着です≫

「あいあい」


光の爆発を起こし、サトゥーの宇宙船が通常空間へと復帰する。

操縦席の視界が光の泡から解放され、遥か前方に存在している超巨大構造物の姿を映し出した。


「相変わらずデッカイな~」

≪おっきいですね~≫


シャルカーズが建造し、宇宙空間に設置しているワープ航法『空間ドリフト距離大幅延伸』の為のシステム。

惑星の質量にも匹敵する超大型リング状施設『スターゲイト019』の威容だった。

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