閑話「氏族長の悩み」2


≪あ、繋がりぃ≫


執務室の中央に、通信を入れてきた相手の姿が立体映像として出力された。

半透明の胸像として映し出されたのは、大柄なヤウーシュの男。

しかし長く伸びた髪――実際は放熱管としての棘だが――が”すだれ”の様に垂れ下がり、その顔を隠してしまっている。


≪あ、どうもぉ、氏族長ぉ≫

「……何か用かね、ナルスィー君」

≪あ、はぁい。シフード氏族のぉ、輝ける期待の星ぃ――≫


映像のヤウーシュが体を傾けて”タメ”を作り、ぐいんと首を振った。

『ばさぁ!』と”ロン毛”を払いのけ、その顔を露わにする。


≪――次期氏族長候補筆頭のぉ、ナルスィーでぇす≫

「そんな話無いからあんま言わん様にな」


ロン毛が特徴。

自称”シフードの輝ける期待の星”、特級戦士のナルスィーだった。


「……で、何か用かね」

≪あ、はぁい。氏族長ぉ、新しいマスクくださぁい≫

「……」


シャーコはティーカップをソーサーごと机の上に置き、目を瞑って目頭を揉み解す。

3秒モミモミしてから答えた。


「ナルスィー君……君には3日前に支給したばかりだと思ったが」

≪あ、はぁい。アレどっか行きましたぁ≫

「どっかて……失くしたのかね」

≪あぁ、違う違ぁう。失くしたんじゃなくてぇ、出奔を望んだマスクの自主性を重んじただけでぇ≫

「それ失くしたって言うのな。きちんと探すように。通信終了アウト


通信を切ったシャーコ――


「ふぅーーー…………」


――思わずため息。

高価な精密機器を借りておきながら、『どっかいった。次くれ』は流石に許されない。

氏族の財布を預かる身として、そう易々と応じる訳もなかった。


「まっっっったく……!

 こんな調子だから我らはスペース蛮族だとか、脳みそまで静電アクチュエータだとかバカにされるのだ!

 特にガショメズやローディエルあたり! 懇親会ではいつも見下してきおってからに!! サトゥー君ぶつけたろか「やめて」!」


シャーコ、暫くぷんすこしてから。


「ふぅ……さて、お茶を――」

プルルルルルッ!

「……」


またしてもコール音。

ギギギギエピー茶というのはね、誰にも邪魔されず自由で。

何というか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで。

先に用件を済ませてしまおう。

シャーコは回線を開いた。


「…………私だ」

≪氏族長、総務課です。

 あの……先ほど、聖クーテン総合病院から連絡が来まして……≫

「クーテン病院から? 何かね」

≪同病院に救急搬送されたシフードの患者が、担当医の治療方針に異を唱えて暴れたとの事で……病院から抗議と、再発防止の要請が……≫

「スゥーー……」


シャーコ、目元をモミモミ。

4秒マッサージしてから答えた。


「……暴れたのは?」

≪クァマーセ上級戦士との事です≫

「あ……の……ガキャぁ……!!」

≪幸い、病院に詰めていたイツキ戦士団長が鎮圧して事なきを得たとの事ですが……≫

「……分かった、先方には私から詫びておく。報告ご苦労」

≪はい、失礼いたします≫


シャーコ、通信を切ってから――


「ふぅぅぅーーー…………」


――思わずクソデカ溜息。


シャーコは当初、『ヤウーシュ開化に向けた取り組み』の旗頭としてクァマーセに期待を掛けていた時期があった。

”型破り”なクァマーセならば、古い因習に風穴を開けてくれるのではないか。

そんな思いは程なくして、クァマーセが”型破り”ではなく、ただの”無法者”だと分かって霧散する事となる。


「ふぅ……さて、気を取り直して――」

プルルルルルッ!

「……」


コール音。

ギギギギエピー茶というのは、邪魔されず自由で。

何というか救われてなきゃあダメ。静かで豊かで。

先に用件を済ませよう。

シャーコは回線を開いた。


「…………私だ」

≪あ、氏族長ぉ≫


通話相手は再びのナルスィー。

シフード期待の星の顔は、たっぷりのロン毛で隠れている。


「ナルスィー君……マスクはあったのかね」


シャーコの問いに、ナルスィーは『ばさぁ!』とロン毛を払いのけながら答えた。


≪あ、はぁい。シフード期待のぉ、輝けるぅ――≫

「マスクは! マスク!! あったのかね!!?」

≪あ、はぁい。何かどうもぉ、マスクの出奔の決意は固いようでぇ、発見には至らずぅ。それで新しいぃ――≫

「自分の落ち度と向き合おう!! 見つかるまで探す!! 通信終了アウト!」


シャーコ、端末を叩く様にして通信を切断。


「フゥーーー……。今度こそ、お茶を――」

プルルルルルッ!

「…………」


コール音。

ギギギギエピー茶というのは邪魔なし自由。

何つーか救われてなきゃダメ。静か豊か。

先に用件を終わらす。

シャーコは回線を開いた。


「…………私だ」

≪総務課です……氏族長。つい今しがた、ヒッジャ記念宇宙港から連絡が来まして……≫

「……今度は?」

≪シフード所属の宇宙船が数隻、航空管制を無視して緊急発進したとの事で……宇宙港から抗議が……≫

「スゥゥゥゥゥーー……」


シャーコ、目元をモミモミ。

5秒マッサージしてから答えた。


「……分かった。先方には後で詫びておく。報告ご苦労」

≪はい……失礼いたします≫


シャーコ、通信を切ってから――


「落ち着け……落ち着けワシ……ワシは冷静沈着な氏族長……こんなのいつもの事……へっちゃらだで……」


――プルプルと震える拳をモモに抑えつけ、目の前の執務机を粉砕したくなる破壊衝動を必死で堪える。

暫くそうしてから、徐に息を吐いた。


「ふぅ……! 何はともあれ、今は全てを忘れてお茶を――」

プルルルルルッ!

「…………」


コール音。

ギギギギエピー茶というのは自由。

救われてなきゃ静か。豊か。

先に用件。

シャーコは回線を開いた。


「…………私だ」


部屋の中央に、通信相手の姿が立体映像として出力された。

ロン毛が垂れて顔の見えない、ロン毛の星ナルスィーだった。

シャーコ、反射的に――


「マス!!!! ク……」


――”マスクを見つけるまで連絡してくるな屑が!! 殺すぞ!!”


そう叫びそうになり、寸前で思いとどまる。

そして考え直した。


(……いや、決めつけは良くない。

 ナルスィー君も真面目にマスクを探して、今もあの棘の下に装着しているやも知れぬ。

 だとしたら、そう……成長! ナルスィー君なり成長した証!

 その芽を摘んでしまっては何が氏族長か!

 ヤウーシュの開化……若者に負けてはおれん! ワシ自身もまた成長していかねば……!)


シャーコは咳ばらいをしてから仕切り直した。


「オホン! いや失礼。それでナルスィー君、マスクはあったのかな?」


映像の中のナルスィーが頭を振り、ロン毛を『ばさぁ!』と振り払う。

露わになったその下にマスクは――


――無い。

刹那、ナルスィーが画角の外側から何かを取り出した。

取っ手の付いた、筒の様なもの。

それは機械式の『メガホン』で、ナルスィーが通話相手――シャーコに向けてそれを構える。


そして言葉を発した。


AAAHH!! SHIII ZOOKUU CHOOHH長ぉ!!!

「ぐあああああああああ!!???」


爆音。

音の壁。

執務室の中で、超音波の嵐が吹き荒れた。


MAAHH SUUUU KUUHH MIIII TOOTH CARHH RAAHH――≫

「耳がああああああああ!!」


パリン! ガシャン!

執務室の中の調度品が、共振によって次々と爆発し始めた。

執務室の外からも『うわー!』だとか『ぎゃー!?』だとか悲鳴が聞こえて来るも、シャーコの耳まで届かない。


NAAHH IIIII NOOOO DEEENでぇ!! AAAHH TAAHH RAAHH SIIIIIすぃー――≫

「ふぉおおおおおおお!!!」


シャーコは鼓膜から脳内を蹂躙されながらも、指先だけは動かしていた。

そしてコンソールを操作し、氏族長権限で通信システムへ干渉。

音の出力を中断し、増幅した上で、ナルスィー側へと反転させる。


≪――――――プツ≫


途端に訪れる静寂。

耳鳴りだけが響き渡る執務室の中央で、立体映像には砂嵐が表示されていた。

ナルスィー側の端末が破壊されたらしく、信号が届いていない。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「し、氏族長!? 一体何が……」

「な、何でもない……もう解決した!! ハァ……ハァ……」


廊下からの声に怒鳴って答え、シャーコは椅子へと体重を預ける。

耳を虐待され、放心状態でしばらく呆ける事、約20秒。

窓の外から『ア、シゾクチョー!』という爆音が反響しながら聞こえてきた。


音源の正体は勿論『シャーコが反射させた音声データ』を受け取り、出力してしまったナルスィー側の端末。

到達までのタイムラグから逆算して、ナルスィーが居た場所はシフード本拠地から約10km離れた地点。

それだけ離れて聞こえる音とは、もはや火山噴火レベルの音圧であり、それを至近距離で浴びたナルスィーの安否は……。


窓の外から引き続き『マスクミツカラナイノデェ』という大音響が聞こえる中――


「お、お茶……お茶を……」


――ようやく再起動したシャーコ。

ギギギギエピー茶というのはね、誰にも邪魔されず自由で。

何というか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで。


自分を癒す至高の一杯にありつくべく、シャーコはティーカップへと手を伸ばし、その動きが止まった。


「……割れ……とる」


ナルスィー大音響の中。

共振を起こしたティーカップは割れていた。

勿論中身は執務机の上に広がり、その蠢きは最早止まってしまっている。


「…………」


プルルルルルッ!


「…………」


コール音。


プルルルルルッ!


端末が鳴っている。


プルルルルルッ!


出なくてはならない。


プルルルルルッ!


シャーコが、氏族長であるが故に。


「…………私だ」

≪氏族長……総務課です……≫

「……今度は誰が何をやらかした?」

≪ヒッジャ宇宙港より……先ほど無断離陸したシフード氏族所属の宇宙船が……ガショメズ所属の宇宙船を墜落させたと……≫

「…………」


シャーコ、目元をモミモミ。

たっぷり10秒マッサージしてから答えた。


「つらい」

≪はい……?≫

「ふぅぅぅぅーーーーー……。あ、いや、何でもない。報告ご苦労。後で先方には――」

≪それとこのガショメズ船墜落の件に関して、何故か銀河刑事警察機構ICPOからも連絡が来ておりまして……氏族長と面会がしたいと≫

「ICPOが、ワシに? ……何故」


思わず聞き返したシャーコに、総務課が答えた。


≪今回墜落した船が、ガショメズの一部勢力による『ヤウーシュに対するテロ計画』と関りがあるとの事です≫





銀河の某所。

暗がりの部屋の中で、複数人のガショメズがひとつの長テーブルを囲っていた。

上座に座っていたガショメズが発言する。


「それで……墜落した”イップーツー”の乗員は何て言ってるんや?」


傍らに座っていた秘書的立場のガショメズが応じた。


「はい。シフード氏族とカイセーン氏族の宇宙船から同時に攻撃を受けたと……」

「はぁ? ヤウーシュっつーのは氏族同士、仲が悪いんちゃうか?

 それが何で協力してるんや……まさか『DIY計画』の事が漏れてんちゃうやろな。……イップーツーの船体は?」

「シフード氏族の勢力圏に墜落し、船体そのものは完全に破壊された事を確認いたしました。

 乗員は脱出に成功したものの、手段が無い為にヤウーシュ母星に取り残されているとの事です。回収をして欲しいと要請が」


報告を聞いていた上座のガショメズが、おどける様に答えた。


「……何言うてんねや?

 うちの商会……『ルンブルクスルベルス商会』に、イップーツーなんて船は所属で? 変な事言う乗組員も居るもんやなぁ!」

「そ、その事なのですが、会長……」


秘書のガショメズが、上座のガショメズ――ルンブルクスルベルス商会のトップ『会長』へと進言する。


「ICPOの『銀河捜査官』が、ヤウーシュ母星へ現地入りしているとの情報が……捨て置くのは危険かと……」

「はぁーメンドくさ! しゃーない、回収の船出したりや。

 それと念の為や、プランBに変更するで。……プランBは何や?」

「こちらになります」


部屋の中央に、プランBの計画概要が立体映像として投影された。

それを確認しながら『会長』が続ける


「おぉ、そやった。

 ヤウーシュ共の『親睦を深める会』とやらを利用するんやったな。……例の『協力者たち』に連絡は?」

「詳細は未だ」

「ならええわ。プランBの方を『本来の計画プランA』として説明しといてや」

「承知いたしました」

「あぁ、楽しみやなぁ……」


『会長』はテーブルに肘をつくと、両手を顔の前で組みながら呟いた。


「DIY……『ヤウーシDominionュへのinto支配Yawush』計画……親睦会とやらが待ち遠しいで!」

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