閑話「氏族長の悩み」1

シフード氏族の本拠地。

貝殻めいた建物の最上階にある、氏族長シャーコの執務室。


「それでは失礼いたします」

「うむ、良き狩りを!」


そこから退出していくのは、惑星チッチチチッチッチチッチでのアルタコ救出任務の報告に来ていた中級戦士のサトゥー。

情報記憶端末を受け取り、ご褒美代わりに『アルカル星系への進入許可証』を与えた氏族長のシャーコがそれを見送る。


「さて……」


サトゥーが完全に退出してから、シャーコは徐に立ち上がる。


向かったのは部屋の隅にあるテーブル。

その上に用意してあるのは、シャーコお気に入りの『ギエピー茶』を淹れる為の一式。

ティーポッドの中へ『ピギー!』と叫んでいる紫色の小さいウニを1匹入れ、沸かしてあるお湯を注ぐ。

『ギエピー』という断末魔を確認してからシャーコ、ここでまさかの追いギエピー。


『ギエピー』

『ギエピー』

『ギエピー』


投入された計4匹。

地獄の坩堝るつぼと化したティーポッドから、ティーカップへと中身が注がれる。

もはやゲル状と化したそれはティーカップの中で不気味にうごめいていた。

同じ『ギエピー茶』愛好家の戦士団長イツキがこの淹れ方を見たならば、『それでは風味が損なわれる!』と諫言するだろう濃度。

だがシャーコ、その時はこう答えるだろう。


『素人は黙っとれ――』


シャーコはティーカップを持ち、執務机へ。


椅子にどっかりと腰を下ろし、窓の外の風景を眺めながら特製の『ギギギギエピー茶』の香りを楽しむ。

ティーカップから溢れ出すその香りは、部屋の空気が紫色に染まるのではと思える程の猛烈な刺激臭。

もしこの場に地球人が居れば、粘膜という粘膜が爛れて昏倒していただろう。


「しかし……サトゥー君か」


粘膜の焼ける感覚を楽しみながら、シャーコは考える。


惑星チッチチチッチッチチッチでの救出任務の成功により、アルタコからは多額の謝礼金が支払われた。

そのお陰でシフード氏族の財政状況を大分改善されている。

それを果たしたのはシフードの若者、中級戦士のサトゥー。


「若い世代の台頭という事か」


シャーコは執務机の端末を操作し、今後の予定を確認した。

近く『氏族の親睦を深める会』と、『銀河同盟懇親会』という大きなイベントが連続で予定されている。

特に重要なのは『銀河同盟懇親会』。


シャーコはヤウーシュ種族代表者のひとりとして出席する事になるが、特に思い起こされるのは氏族長として『初めて出席』した時の事。

始めて参加した懇親会の場で、シャーコが感じたのは”衝撃”だった。

種族としての『成熟度』。

文明としての『発展度合い』。

ヤウーシュと他の種族とでは、積み上げた歴史の厚みとでも言うべきものがまるで異なっていた。


ヤウーシュ以外の種族は全て、”自力で”文明を発展させて宇宙へと進出している。

対しヤウーシュは『シャルカーズとの種族間戦争』を経て、技術供与を受ける事で宇宙進出を果たした。

つまり恐らくは数千年、下手すれば数万年という”下積み”の期間をヤウーシュは省略スキップしてしまっている。

シャーコが『銀河同盟懇親会』の場で感じたのは、そうした省略に由来するだろう種族文化の『洗練度合いの差』だった。


決してヤウーシュ文化が劣っているとは思わない。

劣ってはいないが……『洗練されていない』『蛮族みたい』と言われれば、それを否定出来ないのもまた事実だった。


「これからの時代……腕力だけではなく、文化の面でも成長していかなくてはならん!」


追いつき、追い越せ。

銀河同盟の一員として、ヤウーシュが真に『宇宙種族』となる為に。

今一度、自分たちの立ち振る舞いというものを見直していかなければならない。


ヤウーシュ種族長のタスマから『ヤウーシュ開化に向けた取り組みへの協力要請』を持ち掛けられたのは、シャーコがそんな事を考えていた時の事だった。

シャーコは二つ返事で承諾。

そして同じ目的を共有した2人が、最初に打ち出した施策。

それが”放熱おしっこをシャワールームで行い、終わったら頭を洗う”という『外殻を清潔に保ち、体臭を予防しようキャンペーン』だった。


だが残念ながら当初は、全くと言って良いほど効果が見られなかった。


「まっっっ……たく、誰も守らんでな……」


しかしここに来て最近、キャンペーンの”成果”が出てきたと言える。

外殻を清潔に保つとは、即ち己を律する事。

嘘をつかず、約束を守り、仕事をきちんとする。

『外殻を清潔に保ち、体臭を予防しようキャンペーン』の啓蒙が導き、生み出したひとつの完成系。


「それが……サトゥー君!」


戦士サトゥーはヤウーシュ程に綺麗好きで、嘘をつかず、約束を守り、真面目で勤勉。


「やはりキャンペーンの効果はあった事が、サトゥー君の存在によって証明された……!

 やがてもうひらかれた者が次々で出てこよう!

 む、そうだ……次の”氏族の親睦を深める会”には、サトゥー君も連れて行かねば。

 ”ヤウーシュ開化に向けた取り組み”の成果として、タスマに紹介しなくてはならん! わっはっは! アイツ喜ぶぞ!!」


と、そこでシャーコの脳裏に懸念が浮かんだ。


「しかし……サトゥー君は体が小さい。

 ”氏族の親睦を深める会”には各氏族の強者ばかりが集まるが、悪い意味で旧態依然な連中が多いからな。

 小さいからとサトゥー君の事を侮る者も多く出るだろうが……サトゥー君なら安心だな!!

 何なら片っ端から”カラーテ”で叩きのめしてもらおう!!

 凝り固まったヤウーシュ社会に新しい風を入れる良い機会で……っと、いかん」


シャーコは手に持っていたギギギギエピー茶の事を思い出す。

ティーカップの中で蠢いている不定形の生命体めいたそれが、大分大人しくなってしまっている。

動かなくなってからではギギギギエピー茶は美味しくない。


「さて、では頂くとするか」


色々な事が上手く回り始めている。

気分よくお気に入りの一杯を頂こうとして、シャーコはティーカップを受け皿ソーサーから持ち上げると口元へ運ぼうとして――


プルルルルルッ!


――個人端末へと掛かって来たコール音に邪魔された。


「……間の悪い」


カチャリ、とシャーコはティーカップをソーサーへと戻す。


ギギギギエピー茶というのはね、誰にも邪魔されず自由で……。

何というか……救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……。

先に用件を済ませてから、心置きなく楽しもう。


「……私だ」


シャーコは端末を操作し、呼び出しに応じた。

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