閑話「酒と肉」2

宇宙港敷地内にある5階建ての建物。

その1階のひと区画がパーティションで区切られており、そこが整備班の事務所となっている。

事務所から出たミドリは、廊下を挟んで反対側にある給湯室へと赴いた。


「ねぇ~何してんの~」

「……」


給湯室を覗くと、そこにアカは居た。

アカが居て――


――むっしゃむっしゃむっしゃむっしゃ――


――『デスワームの肝』をひとりで食べていた。


「あ……!? ちょ、おま、何してん!?」

「……レバ刺しを……食ってる……もしゃあ……」

「もしゃあ、じゃない!!」


サトゥーが整備班への”ゴマすり”として、惑星チッチチチッチッチチッチからお土産に持ってきたデスワームの肝。

受け取ったサメちゃんはそれを『後で分ける』為に給湯室の冷蔵庫へと安置し、定時前に”誘拐”されてしまった。

3班のメンバーは既に帰宅し、2班は未だ残業中。


分配される事なく残っていたそれを狙い、泥棒猫、いや泥棒鮫――アカが定時後にひとり給湯室へ。

冷蔵庫からデスワームの肝をしめしめと引っ張り出すと、封を解き、備え付けの包丁で適度なサイズに切り出す。

『デスワームのレバ刺し』となったそれを、給湯室にあった調味料――有り合わせではあるが――で作った即席タレにたっぷりと絡め……。


「……もしゃあ」

「だからもしゃあ、じゃない! 皆で分けるって言ってたのに勝手に食べたらダメでしょ!!?」

「まぁ固い事言うなって。

 ほら……こうやってな、食感も楽しめる様に薄すぎず、厚すぎずカットして。

 丸めて、こう……たっぷりとタレを絡めて……ほら、あんちゃんもやりねぇ」


アカがそう言いながら、タレの小皿ごとレバ刺しのひと切れをミドリへと差し出してくる。

思わずガブりといきそうになったミドリ。

が、寸前で思いとどまる。


「あ、危ない! 私を共犯にしようったって、そうはいかないよ! 精々ひとりで怒られてね!」

「あ~あ、こんなに美味しいのに……もしゃあ」


ミドリへ見せつける様に、差し出していたひと切れをアカが自分の口へと運ぶ。

そして味わうようにゆっくりと咀嚼した。


「……う~ん美味い! このコリコリした食感がまた……。さ、遠慮せずにやっちゃいねぇ」


共犯への誘い。

ミドリにふた切れ目が差し出された。

しかしミドリは澄んだ瞳で、アカを見つめながら宣言する。


「私は食べないよ! 食欲になんか……私は負けない!!」





「二人とも戻ってこないなぁ……」


整備班の事務所。

ひとり残されているピンクが、デスクの上で頬杖をついている。

日誌は既に書き終えてしまった。

手持無沙汰になり、ピンクは何となしにテレビへと視線を向ける。


映像は既にナイスバトルシップから復帰し、スタジオの様子を放送していた。


『――』


スタジオの中央で、白目を剥いたヤウーシュ男性プロデューサーが仰向けに倒れている。

その近くでは『美人お天気キャスター』ヤサァーマが、巨大な放送機材を軽々と振り回して暴れ続けていた。


『Grrrruuuaaahhhhh!!』

『だ、誰か奴を止めろー!!』

『デーンデンデンデーンデンデンデーン♪』


無責任な煽りBGMが鳴り響く中、撮影スタッフだろうヤウーシュの男達が次々とヤサァーマに飛び掛かっていく。

そして片っ端から打ち返され、蹴散らされていた。

誰も彼女を止められないのか。

諦観がスタジオを支配しようとした時、ひとりの戦士が現れる。


『やれやれ、だらしねぇじゃん』

『あ、貴方は!? デヴァーン氏族最強の戦士と言われるコレダァケーさん!!』

『俺が来たからには、もう安心じゃん。おい女ァ! 大人しく降参しないとペチャァ』

『うああああコレダァケーさんの厚みが半分にィィーー!!』

『終わり終わり終わり。というか騒ぎが収まるまで流さなくていいから』


再び画角の中をシャルカーズの少女――ウンザリした表情の――が占有し、またしても映像が切り替わる。

溶岩の河を潜水艦が航行する空撮映像だった。Oh, Nice Submarine!


「……私も給湯室行こ」


ピンクはテレビ視聴――映像に変化の無くなった――を切り上げると席を立ち、事務所の外へと出る。

そして廊下の対面にある給湯室を覗き込んだ。


「二人とも何してるの~?」


給湯室には果たして、アカとミドリが居た。

アカとミドリが居て――


――むっしゃむっしゃむっしゃむっしゃ――

――むっしゃむっしゃむっしゃむっ……あっ!?――


――2人して、レバ刺しを食べていた。

それを見たピンクは、困惑しながらも2人をたしなめる。


「な、何してるの2人とも?! それサトゥーさんのお土産で……皆で分けなきゃダメだよ!!」

「あ、いや、これは……その!!」


欲望に屈していたミドリが、我に返って狼狽する。

その横で邪悪な笑みを浮かべるアカが、またしてもレバ刺しをひと切れ用意し、『共犯への誘い』としてピンクへと差し出した。


「さ、ガブっといきねぇ」

「だ……だからダメだって!」


だがピンクの良心が、それを拒絶してみせる。

果たしてピンクはこの邪悪なる誘いを断れるのだろうか。



1分後、給湯室には。



――むっしゃむっしゃむっしゃむっしゃ――

――むっしゃむっしゃむっしゃむっしゃ――

――むっしゃむっしゃむっしゃむっしゃ――


仲良くレバ刺しを喰らう3バカの姿が!


「美味しいね~」

「う~んプリプリしてる!」

「さっぱりとした味わいで病み付きだわコレ」


ひとつ削いではアカが食い。

ふたつ削いでは他が食う。

既にデスワームの肝は1/3が3バカの胃袋に収まっていた。


「……もう我慢できない」


徐にミドリが給湯室から出ると、事務所の方へと走っていく。


「「……?」」


残された2人が顔を見合わせていると、すぐにミドリが事務所から戻って来た。

そしてその手には――


「何で会社に酒!?」


――蒸留酒をソフトドリンクで割った低アルコールの缶飲料、通称『缶チューハイ』が握られていた。

戻ったミドリは缶の飲み口を開けてから、レバ刺しを素早く口に含む。

咀嚼し、味わい、そして嚥下。

すかさずチューハイを口に含み、口内の脂ごと喉へと流し込んだ。


「……プァアーー!! 効く~~!!」


ともすればしつこくなる肝の脂を、シャルカーズたちに大人気な”甘くない”、無糖のラフィド味――海藻由来で酸味が強く、香りはアルカルⅢの柑橘系に似る――チューハイがさっぱりと洗い流してくれる。

高い炭酸ガス圧による喉への刺激と、缶チューハイ商品としては高い『12%』というアルコール度数による酩酊感。

その相乗効果が、素早くミドリの脳に多幸感をお届けする。


『おほぉ~』と恍惚状態のミドリに、眉を顰めたアカが若干の羨望も滲ませつつ苦言を呈した。


「流石に残業時間……残業時間? にお酒はマズいんじゃないか?」

「知らなーい」


だがミドリ、もはや意に介さず。

その顔は早くも赤らみつつあった。

さらに肝を喰らい、堂々と呑み、そして――


「――プァァァ~~! あぁぁ~~しあわせ~~」

「ぐぬぬ……!!」


――追加の恍惚ヘヴン状態!


触発されたアカ。

突然しゃがみ込むと、シンク下収納を開いてその中をまさぐった。

取りだしたるは、何と『発泡酒』。

気付いたミドリが叫ぶ。


「何でそこに酒があんの!?」

「さぁ何でだろう」

「自前か! 勝手に仕込むな!!」

「知らなーい」


アカも発泡酒をぐびり。


「ぷぅあ~~~! これだよこれ!!」


そして始まった酒盛り。

肉、肉、肉ゥ!

酒、酒、酒ェ!

酒! 飲まずにはいられないッ!!


「……」


盛り上がるアカとミドリを他所に、放置されたのはピンク。

しかしピンクは、静かに事務所へ向かう。

そして戻って来た時、その手にはガラス瓶。


「……蒸留酒カルニャック!?」

「お前何でそんなの会社に持ってきてんだよ!?」


ガラス瓶の中では琥珀色の液体が揺れている。

果実由来の蒸留酒だった。


「……」


ピンクはレバ刺しを口に含む。

そして親指の爪でガラス瓶の栓を『ピン!』と弾き飛ばし、そのまま中身を直接呷った。


「「直飲みストレート!!?」」

「……ぷぁあ! ふぅぅぅぅーーー…………」


ピンクの呼気が甘く香り、そして漂うアルコール臭。


余談だが蒸留酒は度数が高いので、無理な一気飲みはしないようにしようね!

みんなはアルコール中毒に気を付けて、楽しくお酒を飲もうね!!


「やりますねぇ!! ……お?」

「「「お疲れさま~~」」」

「……あ!?」


その時不意に、廊下に物音。

作業を終えて18番ポートから戻って来た2班だった。


「あれ、事務所の明かりが付いてる」

「給湯室も? 3班誰か残ってるのかな。お~い」


2班の数人が給湯室へとやって来る。

そして中を覗き込み――


「あれ、誰もいない」

「……何かお酒臭くない?」


――給湯室には誰も居なかった。





日没後。


「ひゃっひゃっひゃ!!」


宇宙港敷地内の建物。

そこの裏手、非常階段が屋根になっている空間で酒盛りをしている3バカの姿があった。

2班に見つかる直前に、酒と肉と共にここまで避難してきた3バカは、何かノリでそのまま酒宴を続行。

既に3人とも酔いが回り、すっかり出来上がっている。


笑い上戸になっているアカは、何が可笑しいのか笑い続けていた。


「ひゃっひゃっひゃ!

 もう、れすわーむのお肉、ほとんろ無いれぇ! ひゃっひゃっひゃ!」


3バカが囲っているデスワームの肝は、既に体積の2/3が失われている。


「これじゃあ、れすわーむじゃなくて、『れすっ』だねぇ! ひゃっひゃっひゃ! ん……何しれんの」

「配信ん……しゅにんがぁ……配信してるぅ……」

「んぁ?」


笑っているアカの横でミドリが見ていたのは情報端末。

生体電装制御BCCで直接接続した先は、超EX-エキC-I-サイT-INGティンネット上にある”宇宙港整備班で働いているシャルカーズ向け”のチャンネル。

そのチャンネル内機能によるストリーミング配信で、サトゥーの宇宙船に乗ったままの整備主任ことサメちゃんが、整備班メンバーに向けた業務連絡を行っている最中だった。


『えーと突然ですが』


配信映像の中でサメちゃんが説明を続ける。

自分がこのまま戦士サトゥーに同行して、『宇宙船の保守点検作業』を続行する事。

このは恐らく数日掛かるだろう事。

そしてこれが『整備の為の致し方ない判断』であった事。

特に最後の点が繰り返し強調された。


『私が戻るまでは各班、所定の作業をお願いします。何か質問はありますか?』


説明を終えたサメちゃんがメンバーへと問いかける。

それを聞いたミドリが、酒と肉を喰らいながらから電弧を放って文章チャットを送信した。


――サトゥーさんとお泊まりするんですか?――


サメちゃんがピクリと眉を顰めた。


『……仕事の! 仕事に関しての質問です。何かありますか』


アカも自分の端末を取り出すと質問を送信する。


――せっくすするんれすか?――

『しないよ!? あ、イヤしなくはない、って違う! そうじゃなくて! し! ご! と! 仕事の! 質問!』


ミドリが質問する。


――サトゥーさんとセックスするんですか?――

『……ミドリ、チャット禁止ね』

「えー!」


アカが連投した。


――せっくす!――

――せっくす!――

――せっくす!――

――せっくす!――

『……アカ、アクセス禁止ね』

「あ゛ー!!」


発言を禁止されたミドリと、追い出されたアカ。

顔を見合わせてから、とりあえず酒を呷る。


「ぷふぅ~。えぇ~、主任ん、サトゥーさんとぉ、旅行かぁ……」

「ひゃっひゃっひゃ!! 主任ついに、サトゥーさんのちゃまちゃまを……ん? あぁ、そいやぁ」


アカがピンク――黙々と肉を喰らい、酒を呷っている――へと質問を投げかけた。


「やうーしゅって結局、きゃん玉有るろ? 無いろ? どっちなろ?」

「……ん」


ピンクが無言で手元の情報端末から目的の情報を表示させた。

ミンメーン出版『恐怖! ヤウーシュの性と生と死!』の電子版だった。


「あぁ~、これか~」

「んとぉ、ヤウーシュのぉ、性器の項はぁ……」


受け取ったアカとミドリが情報に目を通していく。

目的のページに辿り着き、目を見開いた。


「な、長いら~~!! あ、ほれは違う……」

「えぇ……そこぉ……開くのぉ……? ほぁ~~」

「ぐび……ぐび……ぷぁー!! ふぅ~~~…………」


酒と肉と性。

3バカの夜は更けていく。


尚、この酒盛りについて後日、帰還したサメちゃんを含む関係各所から大目玉を喰らう事となるが、それはまだ先の物語である。

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