閑話「酒と肉」1

ヤウーシュ母星、ヒッジャ記念宇宙港。

その敷地の一角にある整備班事務所で、3班の『ミドリ』と『ピンク』はまったりとしていた。

ソファーで横になり、だらけきっているミドリが呟く。


「主任、戻ってこないね」

「うん……どこまで行っちゃったんだろう?」


デスクで日報を書いていたピンクが手を止め、日が落ちつつある窓の外を見ながら答えた。





その日、整備班3班は19番ポートに着陸した『サトゥーの宇宙船』に定期メンテナンスを実施。

……する筈だったのだが、その最中に”大慌て”のサトゥーがやって来て『急いで離陸したい』と駄々をこねた。

そしてそれに居合わせた、主任ことサメちゃんがまさかの承諾。


無理やり降ろされたアカ、ミドリ、ピンクの目の前で、主任を乗せたままサトゥーの宇宙船――後部ハッチすら開けっ放しの――が急発進してしまう。


「「「えぇ……」」」


困惑する3人を他所に、みるみる上昇していく宇宙船。

しかも直後に2隻の宇宙船が離陸して、サトゥー船を追いかける様に急上昇していく。

かと思えば突如宇宙港にサイレンが鳴り響き、邀撃機が複数離陸するとそれらを追いかけていった。

しかも上空で何故か、閃光と爆発まで発生する始末。


ぽかんと空を見上げていたアカが呟いた。


「……戦争かな?」


【恋は戦争】

作詞:カニ江  作曲:カニ江


 I got you 届けるこの想い

 きっといつかは叶うから

 こんな関係 切なすぎぎぎぎぎぎぎぎぎ......A streaming error has occurred. Please restart your device:



「事務所戻ろうか」

「うん……」


宙ぶらりんになってしまった3班は事務所へ戻る。

そのまま待機し、主任が戻るのを待った。

……が、戻らず。

悲報。

整備主任、サトゥーに『誘拐』されて定時までに戻らず。


しかし3班、慌てない。

これが他のヤウーシュの戦士、例えば『汚損のクァマーセ』や『強欲のガメツィー』なら問題視しただろう。

しかし相手は、あの『お土産のサトゥー』。

顔を見合わせながら、3班は唱和する。

”サトゥーさんだから良し!”。


「「「お疲れ~」」」


3班のメンバー、定時なのでみんな帰宅。


「「お疲れ様~」」


それを事務所で見送るミドリとピンク。

アカ、ミドリ、ピンクの3バカは一応、主任から『3人で2班の手伝いお願い』と残業を命じられているので、残る事にした。

窓の外を見ると、18番ポートで2班の皆が悲鳴を上げながら『擦った揉んだ』している。

汚損のクァマーセ、その二つ名に偽りなし!

クァマーセ船の清掃は未だ時間が掛かりそうな様子であった。


本来、3バカはその手伝いをしなければならない筈なのだが。


「残業ってさ……下命でするんだよね」


ミドリが屁理屈をこねる。


「私たちは”状況が変化する前”に、主任から口頭で指示を受けただけ……まだ正式な業務命令として受諾をしていない!

 だから今一度、”私たちは2班の手伝いで残業していいんですね?”と主任に確認して下命を受け直す必要がある!

 だけど主任が居ないな~! 下命がないと勝手に残業出来ないな~!」


理論武装をしながら、ミドリは事務所の隅にある来客用ソファーへとダイブした。

そんなミドリを見ながらピンクがアタフタする。


「だ、ダメだよ……2班の仕事手伝わないと……」

「したいならすれば良いと思うよ! 私は止めないよ! 私はテレビ見てるけどね!!」

「え……、あ、日誌、そうだ私、まだ日誌書いてなかった……」


そして定時過ぎ。

ミドリはソファーでテレビ視聴を、ピンクはデスクで日誌の記入をする事となった。





『それじゃあそろそろYヤウーシュWウェザーNニュース、天気予報の時間よ』


ソファーの上に寝ころびながら、テレビ――シャルカーズ向けの周波数で表示している――を視聴しているミドリ。

テレビに映っているのは、『美人お天気キャスター』。

当然それは、カニ江めいた『屈強な』ヤウーシュ女性。

勿論です。ヤウーシュですから。


それを見ながら、ミドリがピンク――ソファーの背後にあるデスクに座っている――へと問いかける。


「……この女性キャスター、外殻に鱗が生えてるけど、どこの氏族の特徴だっけ?」

「ウミノサーチ氏族……かな? 確か今のヤウーシュ種族長がここの氏族だよ」

「へぇ~」


映像の中で、その美人お天気キャスターが徐に野菜――白い根菜の様なもの――を取り出した。

そしてそれを自分の胸板に擦り付け始める。


「ん……?」

『……』


目線をカメラに固定したまま、無言でシュリ、シュリ、シュリ、と野菜がすり下ろされていく。

すり下ろされた野菜は白く粘度の高いペーストとなり、胸板の上をトロトロと流れ落ちていった。


『……』


時おり体の角度を変え、しかし目線は外さず。

情熱的な目つきで、シュリ、シュリ、シュリ……とろとろとろ。


「…………???」


ミドリ、一度目を瞑ってグシグシと擦ってから、再度見直す。


『……』


シュリ、シュリ、シュリ……トロトロトロ。

おぉう。

お天気キャスターの胸も、座っているデスクの上も、白濁でトロトロだぜぇ。


「……いや天気は!!?? 天気予報でしょ!!?? 何で調理始めてるの!!? いや調理じゃないけど!!」


ミドリ、思わず突っ込み。

『あー……』と言いながらピンクが解説を始めた。


「何か……あの、ほら、あの野菜って硬いらしくて。それをすり下ろして、鱗の鋭さを実演してるんだって」

「何で!!??」

「何か……ヤウーシュの男性にはすっごい『セクシー』なんだって……」

「天気予報でやる意味ある!!??」

『それじゃあ、明日のラァスーカ地方、天気予報よ……んふぅ……』

「変な声出すな!!!」


お天気キャスターは片手で野菜のすり下ろしを続けながら、逆の手で手元のタブレットを操作。

その画面を読み上げ始めた。


『明日の天気は……”ぎゃあああ何するんやー”よ』

「????」


ミドリ、困惑。

思わずピンクに尋ねた。


「ぎゃあああ何する天気って何? この星ってそんな天気あるの?」

「え……私も知らない」

『ちょっとヤサァーマちゃん!! それ気象情報じゃないよ!!』


映像の中、画角の外からヤウーシュ男の声が入る。

美人お天気キャスター――ヤサァーマがそれに答えた。


『知らないわよ、表示されてるんだもの。次よ。グリィーラ地方、明日の天気は”何で引っ張るんやー”よ』

『だからヤサァーマちゃん、それ気象データじゃないって! 何か混入してる別データだって!!』

「「????」」


理解出来ないミドリとピンク。

しかしテレビの中で状況は進む。


『うるさいわね……次よ、ベリィーン地方、明日は”こっちはただの気象観測船やぞー”よ』

『だからそれ気象データじゃねぇって言ってんだろ!!』

『うっさいわねッ!!』


映像の中、激昂したヤサァーマが両手のものをデスクへと叩きつける。

一瞬で砕け散る野菜とタブレット。

飛び散った破片が降り注ぐ中、ヤサァーマが怒鳴り声をあげた。


『ここに座って野菜すりながらこれ読んでれば良いって言ったのはアンタでしょう!!』

『俺は気象データを読めって言ったんだそんな事も分からねェのかクソドブスが!!』

『んだとコラァァァァ!! Grrrruuuaaahhhhh!!』


ヤサァーマが蹴りを放って目の前のデスクを一撃で粉砕すると、両手を引き気味に開いて腰を落として咆哮した。

ヤウーシュ伝統の、決闘開始を告げる咆哮。


『上等だこのアマが掛かってこいやGooooaaaaahhhhhh!!!』


声の主が返吼をすると、直後にフレームインしてくる。

首から『ねじったシャツ』の様なものを提げている、プロデューサーらしきヤウーシュ男性。


『Grrrruuuaaahhhhh!!』

『Gooooaaaaahhhhhh!!!』


そのまま画面の中で激しい『ど突き合い』が開始された。

カニ江並にデカい『ウミノサーチ美女』ヤサァーマと、同格に屈強なヤウーシュ男性プロデューサーによる怪獣決戦。

いつの間にか『デーンデンデンデーンデンデンデーン♪』とアップテンポなBGMまで掛かり、決闘を盛り上げていく。


「え、天気予報は…………?」


映像を見ながらドン引きするミドリ。

後ろのデスクからピンクが説明する。


「何かこの……すぐ始まる乱闘って、ヤウーシュのテレビだと人気コンテンツなんだって」

「えぇ……」

『はい終わり終わり……早く映像切り替えて』


怪獣決戦の手前に、ひとりのシャルカーズ少女――うんざりとした表情の――がフレームインしてくる。

そして交差させた両手で『ばってん』しながらカメラに近づき、画角を自分の体を使って占有した。

程なくして映像が切り替わる。

1隻の戦艦が溶岩の河を航行している様の空撮映像だった。Oh, Nice Battleship!


「……何か、シャルカーズってこの星で苦労しかしてないような……ぶぶぶ」


思わず漏らしそうになった本音を首を振って中断すると、空気を変えるようにミドリはピンクへと話しかける。


「そういえば、アカの姿が見えないけど」

「あ、給湯室に居ると思う」

「給湯室……? 何してんだ」


ミドリはソファーから起き上がると、廊下に出てからすぐ近くにある給湯室へと向かった。

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