閑話「竜虎相搏」4
宇宙船の中に警報が鳴り響く。
カニ江の『ドゥ・ラーク』からのロックオン警報だった。
「舐めんじゃねぇし!!」
操縦席に座っている宇宙船の持ち主――エビ美は気炎を揚げながら、船を加速させる。
エビ美の愛機、カスタム宇宙船『
徹底した軽量化による良好な運動性に加え、船体上部にマウントされている大型の
しかし今エビ美は、その『リッツボルダー』でカニ江と戦端を開こうとしていた。
高機動・高防御・高火力を誇る『ドゥ・ラーク』を相手に、極端な軽量化により運動性のみを追求している『リッツボルダー』では勝ち目が薄い。
そもそもからして、
――等という事は、戦わない理由とはならない。
何故ならば。
「あーしの弁当は……不味くないしィィィィィ!!」
サトゥーへと差し入れているエビ美謹製のお弁当。
それが『不味い』だ等と、あの”ドブス”はのたまった。
……確かにちょっと失☆敗しちゃった時だってある。
『いや~んちょっと鎮静剤(をグ ㇷ゚ジヮの血管に)入れ過ぎちゃったし~!』だとか。
『もぉ~狂乱剤打ち過ぎて(化学反応を起こしたグ ㇷ゚ジヮが内側から)焦げちゃったし~!』だとか。
だけど。
――あの、無理しないでね? 無理やめてね? 無理やめろ――
愛しのサトゥー君はいつだって”嬉しそう”に受け取ってくれるし、何ならエビ美の苦労に気を配ってさえくれる。
意中ではない異性からの差し入れなんて、踏み潰して答えるのがヤウーシュ流。
それなのに、こんなにも誠実にお弁当を受け取ってくれる
いや、居ない(断定)
もはや愛。
お弁当とは贈る者、贈られる者、ふたりの絆が織りなす愛の表象。
そんな聖域を土足で踏み荒らす不届き者は――
「――お前……潰すし!!!」
エビ美見せつけるか、乙女の矜持。
≪うるさいわねぇ、星になりなさぁ~~~い!!≫
ドゥ・ラークがミサイルを発射する。
レーダー上に7発のミサイルが出現し、高速で接近。
対サトゥー用に放たれた多弾頭ではない、単純ながら強力な通常弾頭のミサイル。
被弾すれば、リッツボルダーのバリア出力では防ぎきれないだろう。
エビ美は機動力で全弾を回避しなくてはならない。
時として乗り物がスピードを出そうとする場合、乗り物自体の性能よりも搭乗者の安全が問題となる場合がある。
急激な加速によって強い
さらに酷ければ血管の損傷や、重篤になれば死に至る事例もある。
例として地球人を考える場合、通常は6Gも受ければ失神してしまう。
血流障害を抑制する『対Gスーツ』を着用していても、10Gが限度。
こういった”中身”の影響を考えなければならない『有人機』に比べ、無人の、つまりミサイル等の場合はその必要がない。
性能が許す限り、好きなだけ加速する事が出来る。
前提から異なる強烈なハンデキャップ。
有人機を置き去りにする加速と速度で、ミサイルが突入してくる。
着弾まで残り五秒。
「機関……最大戦速だし!」
エビ美はスラストレバーを押し込み、リッツボルダーを急加速させた。
キャノピー越しの視界に予定進路が拡張現実として表示され、折れ線となって伸びていく。
飛来するミサイルの弾道予測線に絡め取られぬ様、右へ、左へと鋭く船を転舵させる。
「……ッッッ!」
リッツボルダーは1秒毎に時速1980kmずつ増速。
5秒後には時速2万kmに到達していた。
そこへさらに急激な方向転換を加える事で、エビ美は飛来するミサイルを次々と回避していく。
「うぅぅぅ……!!」
思わずエビ美の口から呻き声が漏れる。
猛烈な回避機動の為に、リッツボルダーには実に100G以上という殺人的な慣性が掛かっていた。
反重力装置によりその約半分が相殺されていたが、それでも50G近い慣性がエビ美の体を襲う。
「うぅぅ……うぅぅ……ぶ――」
余談ながら地球においては、1954年に米国はホローマン空軍基地において実施された有人実験の『約46G』という記録が、『実験において人間の耐えられた加速度の最大』とされている。
実際に46Gを体験したジョン・ポール・スタップ空軍大佐は致命傷こそ免れたものの、毛細血管の破裂により重傷を負っている。
ならば果たして、エビ美は無事なのか。
「――っえくしょぉぉーーい!! うー、くしゃみ出るし!」
無事☆お鼻ムズムズ!
エビ美つよいでしょう……心配は不要ラ!
◇
「あら、やるじゃない」
ドゥ・ラークの操縦室。
キャノピー越しにエビ美の奮闘を見ていたカニ江が、素直に称賛の言葉を口にする。
機動力によってミサイルを回避してのけた手腕は、見事という他ない。
だが、それはそれ――
カニ江は再度、ディスプレイに拡張表示されているリッツボルダーへロックオンカーソルを重ねた。
――これはこれ!
カニ江は決断を下したぞ。何も変わらない!!
「見敵必殺」!! 「
そこへ、不意にエビ美から通信。
≪ふぅー! それじゃあ、今度はこっちの番だし!≫
「……あら、何を言っているのかしら?」
まさに引こうとしていたトリガーの動きを止め、カニ江は嘲笑を以ってエビ美に答えた。
「既に再装填は終わっているのよ? 私が撃って、貴女が避ける。これを繰り返すわ。貴方が星になるまでね」
エビ美が必死にミサイルを避ける時間で、ドゥ・ラークは再装填を済ませる。
そして撃ち、またエビ美が避けている間に、また再装填。
相手に回避を強いる間、撃った側は自由であるという”ミサイラー”の長所。
だからこの戦いでカニ江とドゥ・ラークに、戦術的不利による敗北は決してない! と思っていただこうッ!
カニ江がトリガーを引く。
この輝きは恋の希望、愛を照らす想いの証。
見るがいい、約束された勝利の
≪何言ってるし。もう避ける必要はないし≫
何故か、リッツボルダーが今度は動かない。
代わりに船体上部の砲台を旋回させ、
しかし――
「……どこを狙っているのかしら?」
――狙いは明後日の方向。
≪狙いは合ってるし。
「はぁ? 何を訳の分からない事を――」
≪ここに……丁度良い
≪ぎゃあああ何するんやーーー!!≫
「カイセーン女は照準もまとめに定められ――え?」
通信に異物(?)混入。
カニ江はセンサーを確認した。
リッツボルダーの
引き寄せられてセンサーの感知範囲に入って来たのは――
≪何で引っ張るんや!? こ、こっちはただの気象観測船やぞーーー!!≫
――生物の臓器を繋ぎ合わせたようなデザインの、ガショメズの宇宙船だった。
そのままリッツボルダーが砲台を回旋させ、衛星を周回させる惑星めいてガショメズ船を振り回し始める。
≪ぐえーーーー!!≫
そして自船に向かって飛来するミサイル、その横っ面へガショメズ船を『叩きつけ』た。
≪だしー☆≫
≪ぐわーーーー!!≫
1発目のミサイルが爆散。
その爆風をバリアで切り裂いて、ガショメズ船が次の周回へと入った。
≪だしー☆≫
≪ぐわーーーー!!≫
2発目が爆散。尚も振り回されるガショメズ船。
≪だしー☆≫
≪ぐわーーーー!!≫
3発目も爆散。ガショメズ船も次周へ。
≪だしー☆≫
≪ぐわーーーー!!≫
4発目。尚も周回。
≪だしー☆≫
≪ぐわーーーー!!≫
≪だしー☆≫
≪ぐわーーーー!!≫
≪だしーー☆☆≫
≪ぐーーーわーーー!!≫
エビ美、ミサイルを全弾撃墜。
≪このボール良い感じだしー☆≫
≪あ……あたま……――≫
ガショメズ船が叫ぶ。
≪頭おかしいんかお前ェーーー!? こっちはガショメズ籍、『ルンブルクスルベルス商会』所属の気象観測船や言うてるやろがいーー!! お前うちらに喧嘩売ってんのかーー!?≫
「ちょっとあんた何してんのよぉぉぉ!!?」
カニ江、流石に狼狽。
エビ美との戦いは、あくまで個人間闘争。
異種族を巻き込むと『闘争の純度』が落ちてしまうし、何より後が面倒。
「他人巻き込むとか非常識よ!! 周りの迷惑とか考えられないの!!?」
≪お前が言うなや!! こんなとこでミサイルばら撒いたのお前やろがいッッ!!!!≫
それはそう。
エビ美がカニ江に答える。
≪そーゆーのは、お前を船ごとペシャンコ☆にしてから考えるし!≫
「先゛に゛ア゛ン゛タ゛が゛ペ゛シ゛ャ゛ン゛コ゛星゛よ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛」
ガショメズが叫びました。
≪こいつら狂ってるでーー! 誰か助けてやぁーーー!!≫
◇
銀河同盟の種族によって、行動単位には差がある。
例えばヤウーシュは氏族単位で行動しているが、シャルカーズは国家単位。
そしてアルタコともなれば最早、国家という枠組み自体が形骸化しており、かつて存在した国際的な機関がそのまま『世界政府』の様な立ち位置へとシフトしていた。
では交易種族ガショメズの行動単位は何か。
それが『商会』だった。
生まれた場所も血統も無関係に、所属する『商会』を自身が帰属すべき共同体として捉え、その利益を追求する。
「よっしゃ! ええ感じやで!」
その日、ガショメズ所属の『ルンブルクスルベルス商会』が所有している宇宙船『イップーツー』は、ヤウーシュ母星の衛星軌道から地表の気象観測を行っていた。
ルンブルクスルベルス商会は観測した気象データを、ヤウーシュ側の報道機関『YWN』へ有償にて提供している。
……というのが、表向きの活動内容。
その実態は異なるものだった。
「しっかり調査しとかなあかんからな!!」
イップーツーに乗り込んでいるガショメズが1名、船内ディスプレイに表示された観測データを見つめながら、ひとりごちる。
表示されているのは勿論、気象データ。
……に加えて。
「ヤウーシュどもはザコだから良いとして……。
いざ『その時』が来たら、障害になるのは魚どもの防衛兵器やからな……!」
シャルカーズの動向についての情報が多分に含まれており、むしろメインはそちらだった。
シャルカーズが配備しているであろう防衛兵器の、位置や数、そして予想し得る戦闘能力など……。
”もし”ガショメズとシャルカーズの間で『戦闘』が起たならば、”先手”を打つための事前情報群。
「ま、うちらも戦争までは起こさんで」
現在、宇宙は平和だと言える。
恒星間移動能力を持つ五大種族は銀河同盟によって纏まり、戦争も起きてはいない。
何より――
「アルタコには逆立ちしても勝てへんからな!」
――突出した科学力を誇るアルタコが相手では、戦いを挑んでもガショメズが勝つ事は不可能。
勝てないと、儲からない。
儲からないなら、やらない。
その点において、ガショメズは合理主義と言える。
「戦争はやらんで。戦争はアカン」
だが逆に言うならば、儲かるなら『やる』。
「じゃけんヤウーシュはん……『紛争』やりましょうや」
アルタコが腰を上げない程度に。
配備されているシャルカーズの戦力を排除して。
ヤウーシュ相手に、『ちょっとばかし』稼がせてもらう。
「うちの商会が進める『DIY計画』……これはデカい
成功すれば『十人委員会』の掌握も夢や無い……! ルンブルクスルベルス商会で、ワイは成り上がるんや……! 稼いで稼いで、稼ぎまくって――何や?」
イップーツーの船内で甘い夢を見ていたガショメズの元に、警報が届く。
しかも何やらミサイルでドンパチやっている。
「はぁ!? ちょ、何や!!
イップーツーに振動。
リッツボルダーからの
周回軌道から無理やり引きはがされ始めた。
理不尽な暴力がイップーツーを襲う!
ガショメズは叫びました。
「ぎゃあああああ何するんやぁぁぁーーーー!?」
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