閑話「竜虎相搏」3

カニ江から見たサトゥーとの婚闘とは。


始めから終わりまで、流れをサトゥーに支配されていた。

罠を作らされ、そこに誘導され、カラーテで投げ飛ばされ、カラーテで首を粉砕される。

まさに闘争芸術アート・オブ・ストラグル

だがそれらのカラーテとは、あくまで”戦術級”に過ぎない。


(私には分かる……! カラーテにはさらに”上”が存在する……!)


言うなれば、”戦略級”カラーテ。

婚闘の場を選んだ段階で、カニ江はサトゥーの罠にハマっていた。

……と、カニ江は考察している。


(私は”衆目のある広場”を自分で選んだつもりだった! だけど違った。

 サトゥー君にて、私はサトゥー君の用意した『鬱曜石のある場所』を選ばされていた……!)


盤上を支配して一流。

盤外を支配してこそ超一流。


(それこそが『戦いへと至る流れを支配』する、戦略級カラーテ! 今回だってそう……!)


どうしてサトゥーは宇宙船に乗り、カニ江から逃げたのか?


(私に追わせる事で、次の決戦の場へと誘引している! それが今回はアルカルⅢ……!)


だがアルカル星系へとサトゥーを追跡するには、チケットが必要。


(そこでサトゥー君は逃げながら、”ギエピースキー”というサブアカウントで別人に成りすまし、オークションサイトに『用意していた2枚目のチケット』を出品する!

 チケットを欲している私の目の前にさりげなく、食いつかせる為に!

 それを落札した私は、”自分の意思”で追跡してると思いながらアルカルⅢに乗り込んで、サトゥー君の用意した十重二十重とえはたえの罠と戦術級カラーテによって迎撃される……)


考えながら、カニ江がほくそ笑む。

それはサトゥーに読み勝った愉悦であり――


(でも今回、その手には乗らないわサトゥー君!

 きっと今頃、落札されないチケットを見てヤキモキしてる頃でしょうね!)


――そんな手間を掛けてまで、対策するに値するという。

それはもはや実質的に、愛の告白ではないだろうか。

……と、カニ江の乙女回路はピンク色。


(それにしても私の為に、二枚目のチケットまで用意してるなんて♡ もうサトゥー君たら♡ 逆に罠に飛び込まないのは勿体無いかも♡

 ……いいえ、ダメよ私! 今度は私がサトゥー君を振り回す番なの!!

 そして振り回せば振り回しただけ、サトゥー君の中で私という存在が大きくなっていく……ンフフフフ♡)



愛機ドゥ・ラークの操縦席で、自分自身を掻きいだきながらクネクネするカニ江。

と、そこへ引き続きトゥジーから通信が入って来る。


≪――ではお嬢様、サトゥー様の追跡は一旦中止されるという事でよろしいでしょうか?≫


カニ江――現実に引き戻された――が答えた。


「え、あぁ、そうね……続きはサトゥー君がアルカルⅢから戻ってからにしましょう」

≪承知いたしました。サトゥー様の動向については引き続き情報収集に努めます≫

「頼むわね!」


カニ江のお太い実家の、頼れる情報収集のプロ。

”お嬢様”の恋の旅路をサポートしてくれているトゥジーが、申し訳なさそうに続ける。


≪……それとお嬢様。大変申し上げにくいのですが……ダディーエ様から言伝を預かっております≫

「……パパから?」


カニ江の父親、シフード族の特級戦士『ダディーエ』。

実家がお金持ちで、カニ江がお嬢様なのは特級戦士であるダディーエの存在あってこそ。

言われそうな事に、”心当たりがある”。

カニ江は緊張しながら続きを聞いた。


≪”クーテン病院からの請求について話がある。一度戻ってきなさい”との事です≫

「ウ゛ッ……!」


予感的中。

カニ江、思わず呻き声。


カニ江はサトゥーとの婚闘で受けた重傷を『金』の力で解決している。

しかし持ち合わせが無かった為、請求先を実家にしていた。

具体的には、家が建つほどの値段を。


これには流石にダディーエもおかんむりだろう。


「……パパは?」

≪現在、ご在宅でいらっしゃいます。どうぞご帰宅なさってください≫

「そう……トゥジー。私ちょっと外回りの最中だって――」

≪お嬢様……このトゥジー――≫


トゥジーは雇われの身。

雇用主であるダディーエの娘、カニ江にも良く尽くしてくれる。

だが父と娘の指令が相反する場合は、優先されるのはダディーエのそれ。


≪――お嬢様の追跡取りやめ……”ご予定無くなった”旨を、既に旦那様へ報告させていただきました≫

「トゥジィィーーー!!」

≪それでは早めのご帰宅を……旦那様と使用人一同、首を長くしてお待ちしております。それでは失礼いたします≫


ブツリ、と切れる通信。

数舜呆けてから、カニ江は叫んだ。


「もぉぉーーー!!!」


年頃の娘と父。

家で鉢合わせると、どうしてもギクシャクしてしまう。

しかし今回は浪費が過ぎた。

苦言を聞きに戻らねばならない。


「…………はぁ、まぁ仕方ないわね。帰りましょう」

≪あーぁ⤴あーーー!!≫


ヤウーシュの母星、衛星軌道にいるドゥ・ラーク。

回頭して、さぁ戻ろうという時。

通信機から聞こえてきたのは、毒づいた声だった。

一般回線でワザと聞こえるように吐かれた、エビ美の不機嫌そうな声。


≪邪魔がー⤴? 入ったせいでー⤴? サトっちにお弁当渡せなかったしーー⤵!!≫

「……」


カニ江は特にエビ美の事を敵視していない。

”畑違い”故に今まで直接的な被害がなく、何なら今回の航宙戦ではサトゥー船の足止めをして役立ちすらした。


≪はぁぁぁぁーーーー!! 邪⤴魔⤵ァが無かったらなぁーーーーーー⤴!?≫

「……」


積極的に敵対はしない。

積極的に敵対はしないが……――


「その邪魔って……私の事言ってるのかしらぁ?」


――敵対しない理由もまた無い。

そもそもが潜在的な”敵”である。


≪は? 他に誰がいるし? シフード女は頭悪くてウケるし!!≫

「なんだァ? てめェ......」


カニ江、キレた!!


「……えーと確かエビチリーさんでしたっけ、貴方?」

≪エビミィーだし!!≫

「サトゥー君からよく聞いてるわぁ、貴方の事。お弁当が”クソ不味い”んですって、エビチリーさん?」

≪はぁぁぁぁーー!!?≫

「クソ不味弁当差し入れされて大迷惑だって、サトゥー君よく私に言ってたわよぉ?」

≪嘘言ってんじゃねぇしぃーーーーー!!≫


サトゥーがこの場に居たら言ったであろう。事実だと。


≪あーしだってサトっちから悩み相談されてるし!! カニィーエとかいう”ドブス”にストーキングされて、大迷惑してるって言ってるしぃーーー!!≫

「そ゛ん゛な゛訳゛な゛い゛で゛し゛ょ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛?゛」


事実……!

圧倒的真実……!!

カニ江、エビ美、ただ真実のみの会話……!


婚闘の向こうの君に……! 語り掛けているのに……!

君は話ひとつ……! 聞いてはくれない……!

こんなに必死に話しているのに……!

届かない……! 届かない……! 

この気持ちを……! 本当に必要なこと、何かな……!


「スゥーーー…………ふぅ、まぁいいわ」


カニ江、落ち着いてまずは深呼吸。

そしてコンソールを操作しながら続けた。


「先方の、カイセーンの方には私から後で説明しておいてあげる」

≪は? 説明? 何の事だし≫


火器管制マスターアーム作動オン

目標エビチリー船、標的固定ロック・オン


「あ゛ん゛た゛が゛流゛れ゛星゛に゛な゛っ゛た゛事゛を゛よ゛ぉ゛ぉ゛ー゛ー゛!゛!゛」

≪はぁぁぁぁぁやってみろしぃぃぃーーーー!!≫

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