第26話「触れる事なく」
(やばぁぁぁぁーーーい!!)
心の中で絶叫するサトゥー。
そのマスク越しの視界には現在、荒野にあるふたつの”脅威”が赤く縁取られ、拡大表示されていた。
荒野にある手前、脅威その1。
細くて四肢がスラリと長い、異大陸生まれのカイセーン美女。
≪サトっち~!! お弁当の『ジヮキヶのグ ㇷ゚ジヮ』今持って行くし~~!!≫
(グプジワぁぁぁぁぁーー!!!?)
両手に
そして荒野の奥、脅威その2。
”力こそパワー”だと言わんばかりの、太ましい四肢を全力稼働させて迫り来る新蟹線、ヒッジャ宇宙港行き。
危ないので黄色い線までお下がりください。特急カニ江号、19番ポートに参ります。
≪婚闘の続きをしましょぉぉぉぉサトゥーくぅぅぅーーーん!!≫
どうやらカニ江は再戦が待ちきれないらしく、『来ないで~来ないで~』と泣き叫んでいるサトゥーの為に、カニ江が大枚をはたいて普段ならまだ着かない時間できゅうきょ復帰すると『もう来たのか!』『やばい!』『来た! 終焉きた!』『メイン死きた!』『これで終わる!』とお葬式状態だったサトゥーはアワレにも宇宙船を使えず啼いていた近くですばやくサメちゃんが修理する。
カニ江から目力で『待っててね♡』ときたがサトゥーの心の内がどっちだかは今までもわからないみたいだった。
「も、もう勝負ついてるでしょぉぉー!?」
本来は不文律である婚闘に、明確は禁止事項は無い。
しかし忌み嫌われる行為というものはあった。
それは例えば、怪我あるいは病気で弱っている相手への申し込みなどが挙げられる。
尤も弱っていなければ勝てない格上にこの戦法を用いたところで、相手が復調したら離婚パンチをくらって絶縁フィニッシュブローになるのが関の山。
戦士としての評判も地に落ちるし、余りにも目に余る様であれば氏族長が鉄拳制裁(物理)で介入してくることもある。
そして何より、カニ江は優しい女の子。
今回で言えばサトゥーが2度目の婚闘を申し込まれても『ちょっとさっきのダメージ残ってて……』と説明すれば、きっと待ってくれるであろう。
そして24時間つきっきりで献身的にサトゥーの事を介抱してくれるに違いない。
そして治った瞬間に
そして死ぬ。
サトゥーの視界の中で、拡大映像の中のカニ江はその場でマッハ踏み踏みをしているように見える。
だがそれは錯覚に過ぎず、実際は猛烈な速度で接近していた。
カニ江がタクシーから飛び降りたのが、宇宙港から数キロの地点。
移動速度から考えると、恐らくは後1分程でサトゥーの宇宙船まで辿り着いてしまう。
(……いや、もっと短い!!)
1分”も”掛からない。
あと30秒あれば、先に
そしてお弁当を貰うとか貰わないとかやってる間に、カニ江が飛来する。
そして死ぬ。
つまり……死ぬ。
30秒後に始動技のエビ美が刺さり、フィニッシュブローのカニ江までコンボが決まってしまう。
サトゥーは叫んでいた。
それは悲鳴だった。
「サメちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
≪メインパスOK! サトゥーさん行けます!!≫
「!?」
ロビーからサメちゃんの声。
「……エンジン始動! 機関最大出力!!」
福音来たれり。
コンソールを乱暴に打鍵。
「緊急発進ェェェェ!!」
唸るようなエンジン音と共に、サトゥーは乱暴に操縦桿を引き起こした。
抑えつけられる様な慣性をうけながら、宇宙船はほぼ垂直に19番ポートから飛び立つ。
「飛べよォォォォォォォォ!!」
≪きゅ、急発進!? どこだ、19番ポート!? 操縦してるのは誰だ、離陸許可は出してないぞ!!?≫
「うるせェェェェーーー!!」
通信機から宇宙港管制官の声――慌てて制止しようとする――が聞こえてくる。
サトゥーはこれに怒鳴り返しながら、通信を切断した。
加速。
空に向かって加速。
同時に横目でチラリと、サトゥーは船外カメラの映像を確認する。
≪――≫
地上では丁度、エビ美が19番ポートに駆け込んできたところだった。
何やら旗めいて弁当箱を振り回している。
≪――!≫
やや遅れてカニ江も到着した。
こちらはその場でステップを踏みながら、何故か宇宙船に向かってシャドーボクシングをしている。
高度が上がり、そんな地上の光景も遠ざかっていった。
間一髪。
だがそれでも何とか間に合った。
「た……助かったぁ……」
宇宙港の管制空域を脱出したあたりで、サトゥーは宇宙船を水平飛行にした。
脅威から解放され、全身から緊張の抜けたサトゥーはシートへと体を沈める。
「ふぅーー…………ん?」
そして深く息を吐いていると、ふと船内の風に気が付いた。
操縦室の後ろ、ロビーの方から突風が吹きこんでくる。
「あぁ、そうか。後部ハッチ開放したままだったか」
サトゥーはシートから体を起こすと、操縦室のコンソールを操作して後部ハッチを閉じた。
風が止んだのを確認してから、考える。
(やばい……流れで思いっきり管制官の人に『うるせぇ』とか言っちゃった。これ怒られるよなぁ……。
それに今戻ると、カニ江とエビ美が発着場で待ち伏せしてるかも知れないし……)
暫く考えてから――
(よし。このまま地球行っちゃおう)
――怒られるのは未来のサトゥーに任せて安心。ヨシ!
(そうと決まれば……!)
サトゥーは操縦桿を引き起こし、再び上昇を開始した。
母星の大気圏を駆け上がり、キャノピーから見える光景が宇宙のそれへと変わる。
衛星軌道。
ここまで来れば一安心。
「いや~、一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったな~!」
余裕をぶっこくサトゥー。ふと横を見た。
操縦室には席が二つある。
今サトゥーが座っている左席と、副操縦士が座る為の右席。
ヤウーシュ向けの大きなその右席の座面に、頬杖をついているサメちゃん――プクーっと頬を膨らませて怒った表情をしている――が
「アイェェェーサメちゃん!? サメちゃんナンデ!?」
≪ナンデ、じゃないですよね……≫
余談だが、会話の際に口を動かさなくてよいシャルカーズは『怒った時に頬を膨らませたまま会話』が出来る。
かわいい。
ぷくー状態のサメちゃんが、ジト目でサトゥーの事を見ながら続けた。
≪私が降りる間もなく離陸したの、サトゥーさんですよね?≫
「ぐう正論」
≪私まだ仕事中なんですけど……≫
「あ、ご、ごめんね? い、今宇宙港に戻るから……」
サトゥーは宇宙船を回頭させる。
本音を言えば戻りたくなかったが、サメちゃんを”誘拐”するわけにもいかない。
衛星軌道を離れ、目の前の赤茶けた大気圏へと突入しようとした時。
≪……!≫
徐にサメちゃんの目――スイカ器官が電弧を放ち始めた。
≪レーダーに反応……大気圏内から、船が2隻上がってきます。
(わぉ、シャルカーズの『生体電装制御』か。直接見るのは初めてだ)
『生体電装制御』、またはバイオエレクトリック・サーキトリー・コントロール。
シャルカーズは電磁波によって仲間と会話し、また世界を
電気回路の『声』を直接聞き取り、または直接『話しかける』事で他の種族――わざわざ入出力装置を経由しなくてはならない――よりも早く、さらに高い精度で機械を文字通り手足の様に操る事が可能。
ヤウーシュが『生まれながらの優秀な戦士』だとすれば、この特性によりシャルカーズは『生まれながらの優秀なエンジニア』であり、同時に『生まれながらの優秀なパイロット』だと言える。
シャルカーズが宇宙文明として活躍する為の原動力だった。
≪上がって来た船……2隻とも宇宙船ですね。
サメちゃんの
≪――『Ebimy』と『Kanye』です≫
「ファッ!!?」
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