第27話「素敵な笑顔」
ちょっと今衛星軌道にいるんだけど、急に『グ ㇷ゚ジヮ』が食べたくなった。
そんな事ありませんか?
そんな時は――
≪サトっち~! お弁当わすれてるし~!!≫
――エビ美の
これにはサトゥーも『ちくしょーめー!!』と大喜び。
その横で座席に座っているサメちゃん――
≪Ebimy機、約700km下方。電離層から上昇してきます。相対速度はマッハ48。急速接近中です」
(お、落ち着け俺……! 移乗攻撃してくる中世の海賊船じゃないんだ……てめぇなんか怖くねぇ! 野郎オブクラッシャー!)
サトゥーは深呼吸しながら、操縦桿を握り直す。
(むしろ好都合!
どの道サメちゃんを下ろすのに、宇宙港には降りなきゃいけないんだ! そこで待ち伏せされるよりは、宇宙船で来てくれた方が躱し易い!!)
エビ美の乗っている宇宙船は母星の重力を振り切る為に、第二宇宙速度――約マッハ33というスピードで上昇してきている。
そこにサトゥー側の移動速度も足される為、『1秒間に16km移動』という猛烈な相対速度ですれ違う事になる。
流石のヤウーシュとて、これでは船から船に飛び移って来る事は不可能。
つまり、宇宙船に乗っている間は安全と言える。
(まぁ着陸時に隙が出来るけど、それも先に降りれば済む話! これは勝ちもいた! 行くぞー! デッデッデデデデ!)
サトゥーは操縦桿を倒し、宇宙船に降下軌道を取らせる。
そして横目でサメちゃんへと声を掛けた。
「サメちゃん! すぐ宇宙港まで戻るからちょっと待っててね! カーン!」
≪あ、ちょっと待ってください……Ebimy機、船体上部に何か大型の……何だろう、これ≫
「ん?」
何か不可解な情報を受け取ったのか、サメちゃんが首を傾げている。
しかしサメちゃんが
「どったの」
≪これは……クレーン? 動き出して……違う、大型の単装砲台!? こっち向いて……レーダー照射、ロックオンアラート!!≫
「え゛!?」
直後、操縦室に警報が鳴り響く。
宇宙船に搭載されている索敵用レーダーは、レーダー電波を『広く浅く』全方位へ照射している。
それに対し
サトゥーの宇宙船に搭載されている自衛用の探知システムが、Ebimy機からの攻撃用レーダー照射、所謂ロックオンのそれを探知していた。
サトゥーは通信機に怒鳴りつける。
「てめぇぇゴラァァ!! 何しとんボケェェェ!!」
≪発射☆だしー!!≫
「だしー☆じゃねぇぇぇ!!」
≪Ebimy機から高エネルギー反応!
サトゥーはコンソールを乱暴に叩いた。
「なめるな!! バリア起動!!」
交戦時に使用される、宇宙船を覆うように展開される戦闘用バリア。
それが起動――
「しない!? どぼじで起動しなのぉぉぉぉ!!?」
――ないよ!
ウンともスンとも言わない戦闘用バリア機能。
直後、『ガァン!』と衝撃と共に船体が大きく揺れた。
「ぐわーー!? ひ、被弾!? 何でバリア動かないのぉぉ?!」
≪この船のバリアは戦闘用とデブリ防御用の2種類あるんですけど――≫
慌てるサトゥーの横で、サメちゃんが落ち着いた様子で説明を始める。
≪――戦闘用のは『二次バリア』って言って、発生装置が船外に付いてるんですよね。
それでメンテの際には真っ先に外すんです。だから今この子、バリア無いです≫
「ア、アッバーーー!? と、とにかく回避!
サトゥーは操縦桿を倒して宇宙船に回避機動を取らせようとする。
しかしその度に――
「ぐわーー!?」
――船体が激しく揺れるばかりで、ちっとも思うように動いてくれない。
そればかりか。
「あ、あれ?! エビ美機に吸い寄せられてる!? どぼじで近づいちゃってるのぉぉぉぉ!!?」
≪さっき
慌てるサトゥーの様子を眺めながら、胡乱な表情のサメちゃんが溜め息混じりで説明する。
≪隕石を手繰り寄せる時とかに使う拘束ビームなんですけど、照射されてる間は機動に大幅な制限を受けます。Ebimy機と紐で縛られてるような状態ですね≫
「ほげぇぇーーー!!」
サトゥーの宇宙船は今、Ebimy機の船体上部にある大型の砲台、そこから照射されている『緑色の極太ビーム』によって、Ebimy機と繋がってしまっていた。
そしてその『ロープ』を巻き取る事で、物理的に引き寄せられ、着実に距離を潰されている。
≪サトっち捕まえたし☆今行くしー!!≫
「やべろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
悲鳴を上げるサトゥー。
しかしサメちゃんから、更なる悲報がもたらされる。
≪下方50km、成層圏から上昇してくる宇宙船が1機。識別名『Kanye』です≫
「こんな時ーー!?」
宇宙と大気圏の境目あたりで戯れているサトゥー機とEbimy機。
その下から新たな脅威が迫り来る。
カニ江の駆るKanye機だった。
≪待ちなさぁぁぁーーーい!!≫
カニ江の声が通信機から聞こえてくる。
「出たぁぁーーー!!」
≪聞いたわよサトゥー君……アルカルⅢ行くんですって? それならぁ……私と結婚してから新婚旅行で行けばいいでしょぉぉぉーーー!!?≫
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛」
カニ江と結婚。
カニ江と地球。
それは考えうる最悪。
命と貞操、そして魂の危機。
サトゥーは絶叫しながら操縦桿を倒す。
「ブレイク!! ブレェーーイク!! あなたのホーシのぉぉぉーー!!」
買いたい、買いたい、(心の)平穏買いたい。
(カラーテの)耐久年数過ぎていく、(嘘で固めた)コンクリートが朽ちていく!
宇宙の平和を阻む奴らさー!
「ブレイク、アウッ!! あ゛ウ゛ッッ!!?」
ガァーン、と衝撃で揺さぶられるサトゥー。
宇宙船が殆ど言う事を聞いてくれなかった。
「どぼじで動けないのぉぉぉ!!?」
≪……だから、
頬杖をついたままのサメちゃんが呆れた様子で続ける。
≪そもそも、何でそんなに慌ててるんですか? もしかして逃げたいんですか?≫
「逃げるんです! ただちに命を守る行動が必要なんです!!」
≪……どうして逃げるんですか?≫
そうサトゥーに尋ねるサメちゃんの口調には、少し非難めいたものがあった。
しかし必死なサトゥーはその事に気づかない。
その反応に眉を顰めながら、サメちゃんが更に続ける。
≪……サトゥーさんって、カニィーエさんとお付き合いされてるんじゃないんですか?≫
「えっ」
≪えっ≫
サトゥー、劇的な反応。
思わずサメちゃんの方を見る。
その反応に面食らうサメちゃん。
サトゥー、一度正面を見直してから。
「エッ!?」
思わず二度見。
そして声を荒げて答えた。
「付き合ってないよ!? 変な事言わないでね!! サメちゃんでも言って良い事と悪い事があるよ!!」
≪え……? そ、それじゃあ、エビミィーさんとは……?≫
「エビ美とも付き合ってないよ!! 変な事言うのは止めてね!! 二度と言わないでね!!」
≪あ、ごめんなさい……。あの……他にお付き合いされてる方とか……≫
急に声のトーンを下げたサメちゃんの質問に、正面を向いたまま必死に宇宙船を操縦しているサトゥーが答える。
「居ないよ!! ヤウーシュの彼女なんか絶対存在しないよ!! それより宇宙船は早く動いてね!!」
サトゥーが乱暴に操縦桿をガコガコと動かす。
しかし牽引光線を受けている船体は激しく振動するだけで、操作に応えない。
「どぼじで動かないのぉぉぉぉ!!」
緊張と恐怖で知能が退化したサトゥー、過去の動作をリプレイ。
同じ行動を繰り返して違う結果を期待するのは『狂気』だと、地球の天才アインシュタインおじさんも言っているよ。
その横でサメちゃんが静かに俯いた。
そして小さな声で呟く。
≪そうか……居ないんだ……≫
サメちゃんが顔を上げる。
その表情は、どこか晴れ晴れとしたものがあった。
≪サトゥーさん、逃げたいんですね?≫
その質問に、目を狂気じみて血走らせていたサトゥーが食い気味で答える。
「逃げるよ! すっごい逃げるよ!!」
≪じゃあ――≫
サメちゃんが笑顔で、それはもう素敵な笑顔で宣言した。
≪――私が何とかしてあげます!≫
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