第25話「進路変更」


「急げぇぇぇ!!」


サトゥーは走る。

階段を3階から1階へ駆け下りながら、頭の中で算盤を弾いた。


カニ江が聖クーテン病院前でタクシーを拾ったのが、今から5分前。

聖クーテン病院からシフード拠点までタクシーを飛ばした場合、所要時間は約15分。

つまり、残り猶予は10分。


1階に到着。

廊下を早歩き――人通りが多いので――しながら、ガントレットを操作する。

アラームを10分にセットし、カウント開始。

数字がゼロになった時、この地は『死食』で覆いつくされるだろう。

その時、草や花は無事だがサトゥーだけが死に至る。


エントランスホールを通り抜け、正面玄関から屋外へ。

道中、何人かのヤウーシュに『婚闘について』『カニ江について』という話題で話しかけられるも、全て愛想笑いと相槌でこれを華麗にスルー。

今はそれどころではない!!


拠点の敷地から出て、荒野へ。

残り9分3秒。


「――おおおおおお!!」


サトゥー、全力疾走開始。

目指すはヒッジャ宇宙港。


強靭なヤウーシュの脚力で地面を蹴り砕いて、反動を全て推進力へ。

ピッチ走法で加速し、後方へと流れる景色がその速さを増していく。

成人した地球人が短距離を全力で走っても、時速で言えば20kmを少し超える程度。

人類最速のウサイン・ボルトがその約2倍。


「逃げるんだよォォォォスモォォキィィィィーーー!!」


サトゥーは今、その3倍近い速度で爆走していた。

今この瞬間、たとえアフリカでチーターに追われたとて逃げ切れる!

全てはカニ江への恐怖心が成せる技だった。

スゴいね、人体ヤウーシュ


しばらくして19番ポートが見えてくる。


「ハァ、ハァ、ハァ……!」


ペースを落としつつ、サトゥーはマスク『ザ・カブキ』をベルトから外すと装着した。

対環境バリアを介した呼吸補助を受け、息を整える。

同時に視界の端に投影された残り時間――


――1分21秒。

サトゥーは聖クーテン病院のある方向、空を確認した。

宇宙港が近い事も手伝い、それなりの数の機影が飛び交っている。

ヤウーシュが乗っているだろう円盤型、シャルカーズが操縦するお魚さん型、一目で分かるガショメズの内臓寄せ集め型。

一見ではどれが旅客運送タク用航空機シーなのか、判別が難しい。


(パっと見、カニ江は来てないな……今のうちだ!)


サトゥーは19番ポート敷地内へ。

駐機してある自分の宇宙船――周囲で人型重機パワーローダーが作業している――へと駆け寄る。


≪サトゥーさ~ん!≫

「ハ~イ」


無邪気に手を振ってくる少女――重機を操作している――に手を振り返しつつ、サトゥーは宇宙船後部、下りているままのタラップを駆け上がった。

カンカンカン、と甲高い音を立てるその足取りは、どこか軽い。


(ふぅ~、何とか間に合ったな。勝ち申した!)


宇宙船の船内、ロビーへと入る。

そして。


≪えいっ!≫


梯子の上に立っている赤髪の少女が、天井のパネルを外すと配線を引っこ抜いていた。


≪おりゃ!≫


緑髪の少女が、壁の配電盤を外すと箱型の装置を取り外している。


≪よいしょ……≫


床に座っているピンク髪の少女が、床板を開いて中の配管を付け替えていた。


≪はい、じゃあ今度はそっち外して。そこのスイッチはまだ切らないでね≫


そしてロビーの中央、陣頭指揮を執っているサメちゃん。

サトゥーの宇宙船は今、分解されている最中だった。


サメちゃんがサトゥーに気が付く。


≪あれ、サトゥーさん? 一体どう……あ、もしかして何か忘れ物ですか?≫


ニコォと、サメちゃん笑顔。

その笑顔を見て、サトゥーの脳裏に過去の記憶が蘇る。


――サトゥーさんの宇宙船、そろそろ定期メンテの時期なんですけど、仕事の予定とか大丈夫ですか?――

――じゃあこのままメンテお願いします――

――はーい分かりました――


(わ……)


心の中で絶叫しながら頭を抱えるサトゥー。


(忘れテタァーーー!!! どーしょー! どぉーしょぉぉーーー! 脳天!!)

≪≪≪……?≫≫≫


怪訝な表情を浮かべう少女たち。

さらにそこで――


ピピピ! ピピピ! ピピピ!


――マスクの伝導によるアラーム音。

10分経過。

死食が……来る!


(わぁぁぁぁぁ!!?)


最早猶予無し。

サトゥーは急いで切り出した。


「大変! 大変申し訳ないんですけど!

 急用で離陸したいんですゥ!! メンテはキャンセルでェ! 船飛べるようにしてくださァい!!」

≪≪≪えぇ~?≫≫≫


渋る赤、緑、ピンク髪の3人。

”せっかくここまで分解したのに”、表情にはそう書いてあった。

サトゥーは知る由もないが3人は今、サメちゃんに教わりながらメンテ作業の練習をしているオン・ザ・ジョブ・トレーニングの最中。


しかし唯一、サメちゃんだけ。


≪急いでるんですね……?≫


サトゥーの目を見ながら聞き返してくる。


「そ、そうですゥ……! 急いでるんですゥ……!」


――死ぬ程に。

サメちゃんが答えた。


≪分かりました……飛べるようにします!≫

≪≪≪え!?≫≫≫

≪みんな外に出て! 後、外の人型重機パワーローダーも退避させて! はい急ぐ!≫


パンパンと手を叩きながら、3人を急かせるサメちゃん。

タラップを降りていく3人を見送ってから、腕まくりをして――


≪5分で飛べるようにします!!≫


――サトゥーにそう宣言をすると、猛烈な勢いで分解されている箇所を繋ぎ直し始めた。


「あぁぁぁありがとう! 本当にありがとう!! 操縦室にいるね!」


サトゥーは作業の邪魔にならない様に操縦室へと退避する。

そして操縦席へどっかりと腰を掛けると、深く息を吐いた。


(はぁ~~~~~助かった。サメちゃんに感謝だな。

 そして今度こそ……勝ちもいた! カニ江は何で負けたか、次までに考えておいてください。慢心、環境の違い)


余裕をぶっこくサトゥー。

両手を頭の後ろで組むと、操縦席をリクライニングさせて寛ぎ始める。


(ふぅー。チケットの期限も余裕あるし……地球行く前に、温泉に寄っちゃうのも有りんゴねぇ~~!! ほな、いただきま……ん?)


サトゥーが上半身を起こした。


操縦室、キャノピーから広がる視界。

赤い大気の空を飛んでいる複数の飛行物体、そのうちのひとつが突然、大きく高度を下げ始めた。

お魚さん型のそれが、荒野の上を低空飛行している。


サトゥーはマスクのズーム機能を使い、お魚さん型の機影を拡大した。

機体側面に『1,073,741,824交通』とペイントされている。


(あれは……もしかして旅客運送タク用航空機シー!?)


拡大映像の中で、お魚さん型の底部ハッチが開放された。

そして何かが投下される。

何か、ヒト型の――


低空とは言え、飛行中の航空機から投下された『何か』。

『何か』は減速する事なく、荒野――宇宙港から数キロの地点――へ墜落。


土煙。


風が土煙を吹き流す――よりも早く、何かが飛び出してきた。

人型の……何だかヤウーシュに見えるなぁ。


(は、速い!? 速度計測…………新幹線並みだとォ!?)


そのヤウーシュに見える人影が、猛烈な勢いで荒野を爆走し始める。

マスクの映像解析によれば、その速度は先ほどのサトゥーの3倍近く出ていた。

あれ程の速さがあれば、たとえ地球で新幹線に乗り遅れても追いつけるね!


(あのヤウーシュ……一体何者なんだ!? 映像をズームにして正体を確かめてやる!)


何者であろうか。

タクシーから飛び降りて、超スピードで爆走しているヤウーシュらしき誰か。


皆は分かるかな?

難しいかもしれないから、ヒントを出すね!


ヒントはね、カニ江だよ!


拡大画像の中、回転する脚がブレて映る――昭和漫画の足がぐるぐるするアレ――程の超々ピッチ走法。

美しき暴走特急、戦慄の新蟹線『かにえ』だった。

また無駄に高性能な画像解析機能が、映り込んでいる口元の動きから発言内容を特定する。

そしてわざわざ再現されたカニ江の声を充て、ありがたくない事にサトゥーの耳へと直接届けてきた。


≪サトゥー君今行くわぁぁぁぁぁぁ!!≫

(来るなァァァーーーー!!)


反射的に仰け反ったサトゥー、リクライニングシートの上で足をピーン。

だが重要な事に気づいて体を起こす。


(いや、待て……!? あれは……!)


サトゥーに対し、カニ江はを向けている。

つまりカニ江は、サトゥーの乗っている宇宙船から見て2時方向にあるシフード本拠地へと向かっていた。


(そ、そうか! カニ江は俺がまだシフード本拠地に居ると思っているのか!

 はぁ~~~~~助かった。向こうで無駄足を踏んでる間に、こっちは修理が終わって宇宙にサヨナラだ!)


余裕をぶっこくサトゥー。

リクライニングした操縦席にもたれかかり、両手を頭上にやるとぐぐーっと背伸び。


(今度こそ勝ちもいた! カニ江は何で負けたか、次までに考えておいてください。慢心、環境の違い。

 温泉宿に着いたら、ちょっと奮発して『すり』頼んじゃうのも有りんゴねぇ~~!! ほな、いただきま……ん?)


サトゥーが上半身を起こした。


操縦室、キャノピーから広がる視界。

19番ポートの舗装された地面、その先に広がっている荒野――遠くでカニ江が土煙を巻き上げている――に新たな動体反応が現れていた。

赤い縁取りにより強調表示されている存在が、ズーム機能によって拡大表示される。


無駄に高性能な画像解析機能が、映り込んでいた口元の動きから発言内容を特定。

わざわざ再現された本人の声を充て、ありがたくない事にサトゥーの耳へと直接届けてきた。


≪サトっち~~!! お弁当持ってきたし~~~!!≫

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛?゛)


オフラインだけど心で受注! 注文なくても即座に配達!

高機動型弁当配達プラットガール、エビ美のAebiエービィーEATSイーツだ!


(ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)


反射的に仰け反ったサトゥー、リクライニングシートの上で足をピーン。

だが重要な事に気づいて体を起こす。


(い、いや待て……!? これは……!)


サトゥーに対し、エビ美がを向けている。

つまりこっちに来る。


(ダメじゃねぇか!! ……あ!? まずぅぅぅーーい!!)


サトゥーは慌ててズーム機能を立ち上げた。

そしてシフード本拠地に向かっている筈のカニ江を拡大表示する。


カニ江がエビ美と面識が有るのか、サトゥーは知らない。

だがエビ美がサトゥーに対して弁当の差し入れをしている事は、割と周知の事実となっている。

つまり。


(あ゛あ゛あ゛あ゛見゛て゛る゛ゥ゛ーーー!!)


本拠地に向かって爆走しているカニ江が、首だけ回すとじーっと『弁当を持って宇宙港を目指しているエビ美』を見ていた。


19番ポートで宇宙船の操縦室にいるサトゥーと、荒野を爆走しているカニ江。

直線距離にして数キロは離れている。

しかも宇宙船のキャノピーと、マスクによる映像越し。

にも関わらず――


≪……そこね?≫


――サトゥーは、カニ江と目が合ってしまった気がした。


「あ……」


直後、カニ江が鋭角で急速ターン。

進路変更。


カニ江、サトゥーに対し

つまりこっちに来る。

サトゥーは叫んだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛?゛」

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