第24話「暗がりだけ」
「分かった、こうしよう。オペレーターでいい」
アシューから突然の提案。
サトゥーは聞き返した。
「オペレーター?」
「そうだ。そのチケット1枚で、アルカル星系には最大2名まで入れる。
まぁアルカルⅢに降下出来るのは最大ひとりで、もうひとりは宇宙船にオペレーターとして残るんだけどな」
「あー、何かそんなサポート的なのあったな」
「うむ。だからオペレーターという事で手を打とう」
澄んだ瞳でそう宣言するアシュー。
ジト目でサトゥーが問いただした。
「どうせ途中で交代しろとか言うんだろ」
「そんな事は………………ある」
「知ってた。その前にそのオペレーターって、確か資格必要なんじゃなかったか?」
虚空を眺めながら、朧げな記憶を手繰り寄せつつサトゥーが尋ねる。
「その通りだ。『モノリス情報保護士』っていう資格が必要だな」
「持ってるのか?」
「驚くなよ? 何を隠そう俺はな、モノリス情報保護士の資格を持ってる――」
アシューが徐にデスクの引き出しを開ける。
その中に手を入れ――
「わけ無いでーす」
――”無”を取り出した。
「ねぇのかよ!!」
「ある訳ねぇだろあんな資格!! あったらエリートだぞ!!」
「じゃあダメじゃねーか! 連れていきませーん!!」
尤も、たとえアシューが『モノリス情報保護士』の資格を持っていたとしても。
(……連れていけないけど)
サトゥーはアルカルⅢ――地球に降下したら。
発見出来るかはさておき、『佐藤ユウタ』の足跡を探すつもりでいる。
その時もしアシューが同道していたら、きっと尋ねられるだろう。
『どうしてそのアルカル星人の事を探すのか』と。
それに対する答えを、サトゥーは用意出来ない。
サトゥーはヤウーシュに生まれてから一度も、前世の記憶があるという境遇を他者に話した事がない。
そしてこの先も話す予定は無かった。
一時期は『他にも前世の記憶がある”転生者”が居るのでは?』と考え、探した事もある。
しかし成果はゼロ。
残念ながら調べられる範囲で、転生者の存在を示唆する情報は一切見つからなかった。
その状態で、転生者である事を開示するメリットとデメリットを考え。
サトゥーが『佐藤ユウタ探しの旅』にアシューを連れていく可能性は、皆無と言える。
「ねぇ~チケットくださいよ~いいじゃん、減るもんじゃないし~」
粘るアシュー。
「減るだろ致命的に!! ダメ!!」
「ケチーー!!」
その時、アシューのデスク上にあるパソコンめいた端末が電子的な通知音を奏でた。
「おん?」
アシューが戯れを切り上げ、端末を操作する。
そして――
「うん……? うん……、あっ……いや……ほー」
――端末の画面を眺めつつ、何故かサトゥーの方をチラチラ見てくる。
あからさま過ぎるが、一応サトゥーは訪ねてやった。
「……何だよ」
「いや別に何も? ケチな友人に教えてやる事なんか何もねぇよなぁ?」
「気になるだろ、教えろよ」
「どうしようかなー、でもなー?」
「あっそう……」
サトゥーは床の上、空になっているグ ㇷ゚ジヮの弁当箱を指さして言った。
「誰かに盗み食いされたって、エビ美に言っちゃおうっと」
「はい反則! それは流石に反則!!」
「どうしようかな~、でもな~?」
「分かった! 俺の負け! 教える!!」
「おぉ、我が心の友よ」
「クソ!」
アシューが悔しそうに端末を叩く。
そして肩の力を抜くと、椅子にもたれ掛かりながら答えた。
「……とは言っても、本来は守秘義務があるから、あくまで俺の
「うん?」
「今、任務の斡旋通知が来てる。
『聖クーテン総合病院への”治療用ナノマシン錠剤”特急輸送に対する護衛』依頼だ。
詳細を確認すると……運ばれるブツは最上等級品だな。しかも大量だ」
「それで……?」
アシューが端末画面を指で弾きながら続ける。
「本来はナノマシン錠剤なんて病院側に備蓄がある筈だから、”特急輸送”なんて依頼はそうそう無い。
だが発行されたという事は、直近で”誰か”が大量に消費したって事だ。
しかも最上等級だぞ? 相当な高額になる。庶民じゃ無理だな。つまりだ」
「つまり……何だ」
「ついぞ『さっき』、『相当なお金持ち』が大怪我をしたが、金に糸目をつけず高級ナノマシン錠剤を大量消費して、あっと言う間に退院した。ってトコか。
そんでお前、カニィーエちゃんと婚闘したんだろ? 『さっき』。あと確かカニィーエちゃん、実家が『相当なお金持ち』だよな?」
「……」
サトゥーの顔から表情が消えていく。
アシューが構わず続けた。
「緊急の依頼だ。俺は現地に行く為、”タクシー”の使用も検討する。
それでタクシーアプリを立ち上げると……最寄りだった筈の1台が先に予約を取られて、手配可の一覧から消えてる。
履歴を確認すると……5分前だな。場所は”聖クーテン病院前”」
「……」
「んで極めつけ……街角防犯カメラって知ってるか? 映像をネット上で確認出来るんだが、それで5分前の聖クーテン病院前を検索すると――」
アシューが端末を操作する。
そして表示された画面を、サトゥーへと見せてきた。
「――病院の正面玄関から誰かが出て来て、拾ったタクシーに飛び乗ってるな。俺にはカニィーエちゃんに見えるんだが……」
「ンンッーーーーーー!?」
サトゥー絶叫。突然立ち上がる。
その脳裏には、過去に吐き出した自分の言葉が蘇っていた。
――対策は有るぜ! まさか前世の社畜経験が役に立つ時が来るとはな……ブラック企業も捨てたもんじゃないって事か!――
――三日後の俺が何とかするから……ヨシ!――
――三日後の俺が何とか――
――三日後の俺が――
――三日後の――
――三日――
婚闘から現在、30分経過。
カニ江の復帰、三日ではなかった。
30分だった。
「……マ゜ッ!! ア゛ッ!!↑」
鳴き声。悲鳴。
計画の致命的崩壊。
「わァ……ぁ……うー、や! やーーー!」
「何だ急に、小さくて可愛いみたいな声だして」
逃げ出した先に、楽園なんて有りはしない。
辿り着いた先。
そこにあるのはやっぱり『死』だけ。
先延ばしにしていた『カニ江』が、『運命の死』がサトゥーを絡めとろうと迫り来る。
「ははーん、成程。流石のお前も連続で婚闘は厳しいか。
こっちにゃあ最上等級ナノマシンなんて無いしな……今はカニィーエちゃんに会いたくないって事だろ?」
「うー! やっ! わァ! マ゜ーー!!」
アシューが苦笑しながら、サトゥーの手元。
その指で掴んでいるチケットを指して、言った。
「逃げ込んじゃえばいいじゃん、アルカル星系に」
「……あッッッ!!???」
チケット無き者は、何人たりともアルカル星系へは立ち入れない。
何たる盲点。圧倒的死角。
未来は己が手の中にあった。
「い、行ってくるぅぅぅーーーーー!!」
サトゥーが駆け出す。
”安全地帯”への逃避行。
あっと言う間にオフィスから飛び出すと、廊下へと消えていった。
それを見送りながら、アシューが呟く。
「やれやれ、せわしない奴だ……ん?」
サトゥーのデスクの上に、忘れ物があった。
せっかく買ってきた『カプリーメイト』。
「あいつ昼食忘れてら……にしてもコレか。よくこんなの食えるよなぁ……。俺はやっぱり……」
アシューが自分のデスクの下を覗き込んだ。
空になっているグ ㇷ゚ジヮの箱の横に、弁当C。
「パォ……」
中に居るのは、手乗りサイズの金ぴかゾウさん。
ただし鼻の先のドリルは既に没収されている。
アシューの顔を削れりゅぅぅしたので。
「食べるならこっちだな!」
「パォォ~」
◇
「わぁぁぁぁぁ!!!」
サトゥーが廊下を走っている。
向かう先は階段。
ただちに1階に降りて、正面玄関から脱出。
ヒッジャ記念宇宙港を目指さなくてはならない。
カニ江が戻ってくる前に。
「わ゛ぁぁぁぁーー…………――」
サトゥーが走り去り、悲鳴が遠ざかっていく。
途中、階段へと向かわない方向の廊下、その先が暗くなっていた。
庶務課がさぼっているのか、天井の照明が消えている。
闇の中から声が響いた。
「……サトっち、何か急いでるし」
ニコォと笑うヤウーシュ女性の顔が、闇の中に浮かび上がる。
「分かったし。きっと急な出張が入ったんだし」
金色の瞳を輝かせながら、浮かぶ顔はその笑みを深めていく。
「じゃあ、あーしがお弁当用意してあげないとだし……」
それだけ言うと、浮遊する笑顔は闇の中へと戻っていった。
後には静かな暗がりだけが残されていた。
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