第21話「進入許可」

サトゥーの脳内で過去のやりとりがリフレインする。

それはアルタコ救助任務を終えた帰りの事。


――特に間近でカラーテを見れたのが、まるでアトラクションの様だったと大好評だったよ! どうだ、やって良かっただろうカラーテ!――

――ア、ハイ。それでですね、氏族長。流石に働き詰めなので、ここらで休みを――

――それじゃあ詳しい報告が欲しいので、一回母星まで戻ってきてくれ――


――戻ってきてくれ――


――きてくれ――


――くれ――



「忘れテータ」


氏族長の事を思い出し、席を立つサトゥー。


「そういや報告に戻ったんだったわ。ちょっと行ってくる」

「おう、行てら」


オフィスを出ていくサトゥー。

それを見送ってから、アシューは身を屈めた。

覗き込むのは足元の弁当箱。


「へへへ、どっちから食べてやろうかな……グ ㇷ゚ジヮ、君にきーめたっ!」


アシューがエビ美の弁当箱の蓋を開ける。

そして目にしたのは、再装填された背中の棘を向けてくるグ ㇷ゚ジヮの姿。


「ズモォ!」

「おっと当たらねぇぜ!」


発射された棘を、上半身をスウェーさせて回避するアシュー。

そして回避先に、鼻を伸ばした金ぴかゾウのドリルが待っていた。


「パオオオオ!!」

「け゛ず゛れ゛り゛ゅ゛ぅ゛ぅ゛」





階段で最上階へと移動するサトゥー。

そこにシャーコの執務室はあった。

扉をノックする。


「氏族長、サトゥーです。報告にあがりました」

「おぉ君か。入ってくれ」

「失礼します」


扉を開け、中へと入るサトゥー。

部屋の奥に執務机があり、シャーコ――こちらに背を向けている――はその向こう、窓の近くに立っていた。

そのシャーコがくるりと振り返る。

満面の笑み。

その顔はニッコニコで、どうやら機嫌が非常に良いらしかった。


「いやーーーここから見させてもらったよ、婚闘。

 カニィーエ君相手に『奮わず』と『驕らず』とは、流石のカラーテと言ったところかな!」

「スゥー……いえ、お騒がせしまして……」

「とは言え、そろそろ彼女の気持ちに応えてあげても良いのでは?」

「スゥー……」


サトゥーは考える。

前世と言い、今世と言い、どうして老人とは若者同士をくっつけたがるのか。もしかして宇宙共通仕様なのか。

サトゥーは予め用意しておいた回答を述べた。


「いえ……今は仕事に打ち込みたいので」

「いやーーーーそうかそうか! わっはっはっは!」


シャーコ、さらにご機嫌。


「まったく近頃の若者と来たら、愛だの恋だのうつつを抜かして弛んどると思っていたが。

 君に限っては杞憂だったな! いやーーー感心感心!」

「オソレイリマス……」


シャーコは椅子に腰を下ろし、手元のコンソールを操作する。

執務机の上に『質量を持った立体映像』が表示された。


「それじゃあ、例のものを」

「あ、はい、こちらです」


サトゥーはガントレット側面部のスライドを動かし、内部から透明度の高い水晶のような物体を引き抜く。

手のひらサイズのそれが、100ゼタバイトという訳の分からない容量を持った情報記憶端末だった。

どれほど訳が分からないかと言うと、前世の地球上に存在していた全てのデジタルデータをこれひとつで保存出来てしまうレベル。


受け取ったシャーコは、それを立体映像の『受け口』へと差し込む。

直後、立体映像の表層に情報の滝が流れ始めた。

サトゥーが遂行した、今回の仕事に関する全てのデータだった。

内容をざっくりと確認したシャーコが頷く。


「うむ、確かに」


シャーコが再度、コンソールを操作する。

立体映像が光の泡となって消えていき、巻き込まれる様にして情報端末もその姿を消した。

この情報の受け渡しを以って、ようやくアルタコの救助任務が終わりを告げたと言える。。


「いやー今回はご苦労だったね。急な依頼だったが、対応してくれて助かったよ」

「ハハハハお任せクダサーイ!! イツデモ万事オーケーデース!」


心にもない営業トーク。腹話術かな?

シャーコが続けた。


「ははは、そうかそうか! あぁ、ところでサトゥー君。この後予定は何か入っているかな?」

(来た!)


サトゥーは内心、身構える。

運命のセパレート別れ道ウェイズ

ここで下手に次の仕事を振られると、場合によっては母星で足止めを喰らっている間に運命の死カニィーエがやって来る!

何としても回避しなくてはならない!


「その事なんですが氏族長実は私の乗っている宇宙船が定期メンテナンス中で使用出来ないんですそして完了予定日なんですが整備班次第なので私には分かりません整備担当のシャルカーズには終わったら連絡をする様に伝えてあるのですが兎に角今は足がないので次の仕事はちょっと厳しいかも知れません折角の機会ですが兎にも角にも足がなくて足が無いという事は足が無いという事なんです」

「そ、そうか……」


シャーコが引き出しから1枚のチケットを取り出す。


「んー……となると、君にと思ってこれを用意したのだが……別の機会の方が良いだろうか?」

「何ですか、そのチケット。……あっ!!?」


サトゥーがそのチケットの正体に気が付く。

刹那、加速した思考が必要な台詞を紡ぎあげ、舌を全力で回すと即座に出力を開始した。


「しかしながら氏族長実は私ですね宇宙港の整備班であるシャルカーズの皆さんとは非常に親交を深めておりまして私からは保証出来ないんですが実は定期メンテナンスは近日中に終わりそうな見通しらしく緊密な連絡によって日時を調整すれば足がないせいでそのチケットを無駄するという事も回避出来ると思いますし何より折角私の為に用意していただいた氏族長の好意を無下にする訳にもいきませんので是非拝領させていただきたいと思う次第であります」

「う、うむ……そういう事なら渡しておこう」

(よし!)


サトゥーはうやうやしくそのチケットを受け取った。


「まぁ、今回の仕事のご褒美という訳ではないのだが。

 私の名義でチケットが1枚取れたのでな、君に譲ろうと思ったのだ。

 サトゥー君、以前から行きたがっていただろう、アルカルスリー

「ありがとうございます! 嬉しいです! ありがとうございます!」


ぺこぺこと頭を下げるサトゥー。

それを見ながら嬉しそうに頷くシャーコ。


受け取ったチケット、それは『アルカル星系への進入許可証』だった。

アルカル星系はヤウーシュ種族全体にとって人気のある狩り場であり、を防ぐ為に厳しい進入制限がかけられている。

このチケット無しにアルカル星系へと立ち入る事は出来なかった。


「そこまで喜んでくれると譲る甲斐があるというものだ。

 君も同僚からは浮世離れしているだ何だと言われているみたいだが、そうかそうか。

 やはりヤウーシュたるもの、狩りには目がないか! わっはっはっは!」

「ははは、いやー、ははは……」

「君もここのところ働き詰めだったようだし、アルカルⅢで存分に狩りを楽しんで、を伸ばしてくるといい!!」

「は、はい、そうさせていただきまスー」


用件も済んでご褒美も貰ったので、謝辞を述べながらシャーコの執務室を辞するサトゥー。


「それでは失礼いたします」

「うむ、良き狩りを!」


バタン、と扉を閉め。


(やった)


階段に向かって歩きながら。


(やったー!)


人目がない事を確認してから、飛び上がって喜ぶサトゥー。

その手に持っているのは、全ヤウーシュ垂涎のチケット。

ヤウーシュが恋焦がれるアルカル星系の第三惑星『アルカルⅢ』には、知的生命体が生息しており文明を築いている。


彼らの、アルカル星人の言葉を借りるならば。

その星の名は、太陽系第三惑星『地球』と言った。

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