閑話「華麗なる上級戦士」1

広大な宇宙、その某所。

とある星系にひとつの惑星がある。

恒星から遠いそこは凍てつき、氷に覆われている死の星だった。


しかし雪が舞い散るその大気圏内を、一隻の宇宙船が飛行している。

円盤型のそれを操縦しているのはヤウーシュの男。

シフード氏族の未来を背負って立つ、スーパーハイパーエリート上級戦士のクァマーセだった。


「おいおい、マジかよ……!」


クァマーセはその日。

氏族の戦士として”営業”もせずにブラブラし、暇を持て余していた。

何か金になる遺棄船でも漂着していないか。

そんな軽い気持ちで行った惑星表面へのスキャン。


それが氷の下に隠れる巨大な人工物の存在を暴いたのだ。


「くー! やっぱり俺様くらいのエリートになると、運もエリートってかぁー!?」


現在、銀河同盟ではこの惑星に生物の存在と、それによる文明を認知していない。

にも関わらず判明した大規模な施設の存在。

そして少なくともデータ上では、どの種族もこの惑星に活動拠点を設けていない事になっている。


つまりは。


「届け出のない非合法な基地……ガショメズの密輸拠点に間違いねぇ!」


交易種族ガショメズ。

得意技は密輸で、お金を稼ぐのが何よりも大好き。

そんな彼らの”存在しない拠点”なのだから、少しばかり焼き払ったり、物資を強奪したとして何の問題ですか?


クァマーセは迎撃を警戒しながら、より詳細なスキャンを施設にかけていく。

そしてそれは、拍子抜けするほどあっさり完了してしまった。


「……何だ? スキャン阻止のジャミングが来ねぇ……。

 ESS粒子反応無し……動力が落ちてる。遺棄された拠点か?」


だがその時、クァマーセはスキャン結果の中に特異なものを発見した。


「いや待て、この反応は……」





氷点下の暗闇。

金属に爪を立てる硬質な足音を響かせながら、ゼノザードの大群が迫りくる。


「「「シャアアア!!」」」

「邪魔くせぇ!」


だがクァマーセのプラズマキャノンが、次々とゼノザードを撃ち抜いていく。

視覚に頼らないゼノザードの知覚能力は本来、暗闇での奇襲を有利にする。

だがそれを暴くスキャン装置と、スキャン結果を拡張現実として視界に投影してしまうマスク、そしてそれに連動したプラズマキャノンを持つヤウーシュの、しかもスーパーハイパーエリートな戦士が相手では分が悪かった。


「お前らに用はねぇんだ! どけ!」


クァマーセが目指しているのは施設の最奥。

そこに求めるものがある。



宇宙船のスキャン装置が拾った反応。

それはゼノザードの生命反応だった。しかも多数。


特定星系外生物『ゼノザード』。

『特定星系外生物による惑星環境等に係る被害の防止に関する法律』によって銀河同盟内では駆除が推奨されているこの生物は、通常個体であれば『装備縛り』をしたヤウーシュが肉弾戦で相手をするのに適した強さを持つ。

一方で『女王級個体』にもなると、装備縛りの場合は特級戦士ですら単独撃破に苦労する程の戦闘能力を誇った。


その為ヤウーシュ社会では、女王級個体『クイーンゼノザード』の討伐経験の有無で戦士としての評価が大きく分かれる。

いつかはクイーンゼノザードに挑み、そのトロフィーを手に入れてみたい。

ヤウーシュ戦士ならば誰もが持つ憧れだった。

だが残念な事に、中々その機会が巡って来る事はない。


ゼノザードは餌の有無や周囲の環境など、一定の条件を満たすと通常個体の中から女王級個体が誕生する。

するとその女王を中心として巣を形成し、地球の蟻や蜂にも似た高度な社会性を持った群れとして活動を始める。


だが野生の群れだと大抵は、その規模に達する前に駆逐依頼を受けたヤウーシュによって殲滅されてしまうし、そもそもが女王級個体へと進化出来る因子持ち個体が少ない為、一部惑星で運営されている『認可ゼノザード養殖工場』でも女王級個体の出荷数は限られている。


その為ヤウーシュ社会では『遺伝子操作により女王級個体の発生率を上げるべきである』という声が根強いものの、アルタコ社会の『ゼノザードの権利を考える会』等からは摂理に反するとして反対されており、またシャルカーズからは『やめろマジやめろ』と止められている為、実現の目途は立っていなかった。



「だが……居る! この巣の規模なら、きっと野生のクイーンゼノザードが居る筈だ!」


クァマーセが見つけたこの大規模施設は、やはりガショメズの密輸拠点だった。

宇宙船の砲撃で表層の氷を吹き飛ばし、クァマーセは施設内部へと侵入。


内部はガショメズ特有の有機的で無秩序な構造をしており、動力が落ちている為に暗闇に支配されている。

恐らくは密輸品として運び込んだゼノザードが、当然の権利のように脱走。

事態の収拾に失敗し、ガショメズはこの施設を放棄したのだろう。

あちこちに戦闘の跡があり、そしてバラバラになったガショメズ――人間に似た形状のロボット――のパーツが至る所に転がっていた。


だがそれをものともせず、クァマーセは奥へ奥へと進んでいく。

と、その時突如として視界にメッセージが表示された。

通話要求が飛び込んできた事を知らせるものだった。


「あぁ!? クソ誰だよ、今忙し……シャーコからじゃねーか! 面倒くせぇな!!」


氏族長からの通信は流石に無視出来ない。

クァマーセは応答した。


「うーっすクァマーセっす! 何か用っすか、自分今忙しいんスけど!!」

≪うむ、クァマーセよ……用というのは他でもない。大口の仕事を頼みたいのだ! 惑星チッチチチッチッチチッチに急行し――≫


面倒くさい。

刹那、クァマーセの脳裏が判断を下す。


「あー無理っスね」


拒否。


≪――急ぎ遭難したアルタコを救助し……何だと!?≫

「だから今忙しいんス。 ちょっと無理っス」

≪無理ッス、じゃない! 貴様は今フリーだろう!? 任務中でないのに忙しいもクソもあるか!≫


うるせぇ。

クァマーセは必殺技を繰り出す事にした。


「あーちょっと、通信状態が! 超新星爆発で!」


超新星爆発スーパーノヴァ? とかいうのがあると、通信が切れてしまうらしい。

クァマーセは知っている。

スーパーハイパーエリートなので。


≪この戯けが! その宙域で超新星爆発など起きてはおらん!≫

「通信が! アー!」


装着しているマスクのマイク部分を爪でカリカリし、ノイズを演出してから通信を遮断する。

再び通話要求が来ても面倒なので、クァマーセはそのまま通信システムをシャットダウンした。


「……良し!」


クァマーセは移動を再開する。

スキャン範囲に入ったゼノザードをプラズマキャノンで吹き飛ばしながら、ひたすら施設の奥を目指した。

廊下を走り、垂直シャフトを飛び降り、そして。



「見つけたぜぇ!」


施設最深部。

恐らくは地下水を排出する為の巨大な貯留空間。

列柱の並ぶ地下神殿めいた場所に、それは居た。


「……クイーンゼノザード!!」


大きい。

見上げる様な巨体。


サソリとトカゲを混ぜたような異形の怪物ゼノザード。

通常個体の身長はヤウーシュと同程度だが、目の前の女王級はクァマーセの数倍の身長があった。

体の至るところに突起が増えており、特に後頭部は花の花弁めいて大きく広がっている。

胸からは副腕とも言うべき部位が生えて腕が全部で4本になっており、異形としての様相がより際立っていた。


「キィィァァァアアア!!」


女王が吼えた。

同胞を殺し、巣へと侵入してきた憎き敵へと殺気を込めて。


「……」


通常個体と比較にならない圧倒的迫力。


ちょっと怖い。

クァマーセ、正直『吼えず』。


「G...grrrrruaaaahhhhhh!!」


でも吼える。

スーパーハイパーエリートなので。


(よしここからだ……収録開始!!)


クァマーセはガントレットを操作し、情報収集機能を立ち上げる。

専用のアプリによるそれは周囲の環境を余さず高精度に記録する事で、後ほどVR機能を用いる事により、戦闘風景をリアルに追体験する事が出来た。


そして『狩り動画』を超EX-エキC-I-サイT-INGティンネットの動画投稿サイト『ヨートゥンヴェイン』、通称ヨートゥヴェへとアップロードする。

女王級個体を狩ったそれは確実に大衆の目に留まるだろう。

クァマーセの名はスーパーハイパーエリート上級戦士として有名になり、きっと広告収入にも繋がる。

何せ世には既に、それで生計を立てている戦士――通称ヨートゥーヴァー――すら居るのだから。


そいつらが出来るのなら、自分にだってきっと。

その第一歩は今から。

クァマーセはおもむろにマスクをとり外すと、その場に落した。


『狩り動画』で名を馳せるにあたり、重要なのは『作法』。

ヤウーシュの狩りでは、決闘と同様に作法も重視される。

今回で言うならば『装備縛り』が挙げられる。

女王狩りを名誉とするならば、射撃武器や戦闘バリアなど装備には頼らず、用いるのはただ槍一本のみ。


そしてその際、マスクは外さねばならない。

これは戦術バイザーとして使わない事以外に、素顔を見せる事で獲物への敬意を示す行いでもある。


「キィアアアアアア!!!」

「Gaaaahhhhhh!!」


そして女王狩りが始まった。

クァマーセはようやく登り始めたばかりだからな……この果てしなく遠いヨートゥーヴァーの坂をよ!

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