第20話「満面の笑み」

サトゥーはデスクの引き出しから、”予備のマスク”を取り出す。

それを眺めながら呟いた。


「だせぇ……」


見下ろすそれは、銘を『ザ・カブキ』。


ヤウーシュは元々、マスクを被る文化を持っていた。

シャルカーズとの同盟で技術提供を受け、マスクが戦術バイザーとしての機能を有してからもそれは変わっていない。

しかしながら精密機器の塊と化したマスクは非常に高価となり、とても個人所有出来る代物ではなくなってしまった。

現在、マスクは氏族所有の資産として管理され、氏族長から借り受けるという形をとっている。


その際に各々が考案したデザインを届け出る事で、アレンジ加工されたマスクを受け取る事が出来た。

他人と違うものを、あるいは流行を取り入れて。

ヤウーシュ戦士のそれぞれが、自分という存在を存分にアピールする為の装置。

それがマスクだった。


「違うんです……当時はカッコいいと思ったんです……」


誰に対する言い訳か。


サトゥーが下級戦士になった際、初めて支給されたマスクは無加工の一代目。

ネットゲームで白シャツを着用している無課金アバターのような有様。

やがて一代目は戦闘で喪失し、サトゥーはふたつめのマスクを申請する事になった。

その際に提出したデザインが、この『ザ・カブキ』。


せっかくだから、他人と被らないものにしよう。

そうして思いついたのは、歌舞伎の隈取くまどりだった。

確かにヤウーシュ世界に歌舞伎など存在しないので、他のヤウーシュと被りようがない。

しかしデザイン自体はうろ覚えのやっつけ仕事。

改めて今見ると――


「子供の描いたスパイダーマンかな?」


――完成度が低すぎる。


おまけに二代目のこの『ザ・カブキ』。

実はスキャン関係の機能が壊れて使用不能になっていた。

その為に三代目となるマスクを申請し、今まで使用していたのものの。

婚闘でのベアハッグによって破壊されてしまった。


「カニ江めぇ……!」


試しに上半分しか残っていない三代目を装着してみる。

視界を砂嵐が満たしつつあった。

トイレで過去の映像を振り返れていたのが、どうやら最後の輝きだったらしい。


「さようなら三代目…………カニ江めぇ!」


手元に残っているのは、半分故障している二代目『ザ・カブキ』のみ。

スキャン機能が使えないこれでは、任務において重大な支障を来すだろう。


では早速、氏族長に四代目の申請を。


「……は避けたいなァ」


だがサトゥー、これを忌諱。


思い返されるのは、三代目を申請した時の事。

『ザ・カブキ』のスキャン機能が調子悪くなった折、サトゥーはシャーコの元を訪ねていた。


――おぉサトゥー君か。どうかしたのかね?――


笑顔でサトゥーを出迎えるシャーコ。

サトゥーは用件を切り出す。


――え、マスク? うむ、マスクは戦士の必需品だでな。支給が必要なら言ってくれ給え――


――え、新しいのが欲しい? ………………なんで?――


――スキャン機能が調子悪い? うーーーーん、サトゥー君には支給したばっかりじゃなかったかなァ?――


――え、いつも通り使ってただけ? うーーーーーーん、いやホラ、支給しないとは言わないが――


――ただホラ、マスクって氏族の共有財産な訳で。それをこう、ポンポン壊すのもどうかとワシは思うのだが、サトゥー君はどう思う?――


――あぁ、勘違いしないで欲しいのだが、支給しないとは言ってない。言ってないが……君はどう思う?――


――もっとこう……装備を大事にするという気持ちがあれば、今回の故障は避けられたとワシは思うんだけど……サトゥー君はどう思う?――


――え、やっぱり申請しない? そうか、ワシはその判断を尊重するぞ! なーに、昔の戦士はただの木製マスクで戦っていたんだ。それに比べれば何の苦労があろう!――


――よし、それじゃあ今回は申請しないという事で。マスクが必要になったらまた言ってくれ給え!――



氏族長、鉄壁の申請ガード。

結局サトゥーは不調の『ザ・カブキ』を騙し騙し使い続け、ある日ついにスキャン機能が完全に沈黙。

シャーコに小言を言われながら三代目を支給してもらった経緯がある。


「まぁ……氏族長の気持ちも分かるけど」


逆の立場だったらどうか。

気付いたら無かった。何もしてないのに壊れた。サーセン落としました新しいのチョリーッス。

脳味噌まで筋肉たちがマスクを大事にする筈もない。

言われるままに新品を支給していたら、シフード氏族が破産まっしぐらなのは確定的に明らかで決定的に確実。


ストッパーとして氏族長なりに必死なのだろう。

それはそれとして。


「つらい」


こんな時に心までヤウーシュならば、新しいのチョリーッス出来たに違いない。

しかし心は日本人。


「……どうせ三日後には温泉旅行だ。しばらくはザ・カブキでいいや」


サトゥーは四代目の支給を後回しにして、ザ・カブキをベルトへと装着した。

そして上半分しかない三代目を引き出しの中へと封印する。


余談となるが、氏族長鉄壁の申請ガードを受けて、シフード氏族の戦士たちはとある苦言回避策を編み出していた。

それは”壊れる前”申請。

苦言を呈されるのは、あくまで短期間に連続して申請した場合。

逆に言えばある程度の空白さえ設ければ、氏族長に記憶されていない限り申請自体は出来た。

そこで長期間使用したマスクはたとえ問題がなくても紛失したと偽り、新品を受領したら旧品を予備へと回す。

そして本当に故障・破損・紛失した時の為に備えている。


ここのオフィスにある適当なデスク、その引き出しを漁れば、恐らくはそんな予備マスクたち――ザ・カブキの様な――が次々と発掘される事だろう。

氏族長にバレたら怒られてしまうが。

マスクが無制限に申請されるのと、壊れていないのに申請されるのと。

どちらが経費削減だったのか果たして。

閑話休題。




「お、珍しいな」


ふと、声がした。

サトゥーが声の方を見ると、そこにはヤウーシュの男がひとり。


「何だ、アシューか」


背丈はサトゥーと同程度。つまりはチビ。

サトゥーの同僚、中級戦士のアシューだった。

アシューが苦笑しながら返す。


「おいおい何だは無いだろう、久しぶりにあった親友に対して」

「親友? 親友はドコ……?」

「はいカッチーン。親友閉店な」

「嘘です許し亭」

「素直でよろし亭」


アシューがサトゥーの隣のデスクに着席する。


このデスクが隣のアシューという男は、ヤウーシュとして少し変わり者だった。

他のヤウーシュと比べると闘争本能に欠け、名声欲や出世欲にも乏しい。

どちらかと言うとサトゥーと同じ、功績を稼いで中級へと昇進したタイプだった。


そして本人的にはこれ以上の出世を望んでいないらしく、功績稼ぎを止めると早々にオフィスに引き籠っている。

氏族内ではどちらかと言うと浮いてしまっているが、ガツガツしていない感じがサトゥーにとっては付き合いやすく、友と呼べる数少ない存在のひとりだった。


サトゥーの様子を見たアシューが、怪訝な表情で問いかける。


「……何かすっげー疲れてないか?」

「分かるか友よ……この世界が俺を殺そうとしてくるんだ」

「分かるぞ友よ……そこで俺はお前に元気が出るとっておきを授けてやろう」


そう言ってアシューが引き出しから取り出したのは、外見が濁った水晶めいている情報記憶媒体。

手渡しされたそれを見つめながら、サトゥーが問いかける。


「なんこれ」

「それはすんげぇぞ? 『熱烈カイセーン娘が挑む夜の三本勝負』シリーズの新作『もう我慢出来ない! 私の爪がお前を切り裂く』編だ。超エロかっ――」


サトゥーは立ち上がると情報記憶媒体を床に叩きつけた。


「いらねェェェーーー!!」

「何するだァァァーーーー!!」


跳ね返ったそれが宙高く舞い上がり、空中でくるくると回転している。

アシューは落下地点に手を伸ばすと素早くキャッチした。


「壊れたらどうするだァー! 高かったんだぞコレェーー!」

「知るかァーー! 俺は見ねェーーー!!」


ちなみに。

いつかの夜に、サトゥーにアダルトビデオを見せて心的外傷トラウマを刻み付けてきたのは外ならぬコイツだった。


キャッチしたそれを腰布で丁寧丁寧丁寧に拭いながらアシューが憤る。


「全くお前は貸し甲斐が無い奴だ! 猥談仲間が居なくて寂しい思いをしている親友の助けになってやろうとか思わないのか!?」

「やかましい! とにかく俺は見ない!!」

「真面目か!! あぁそうか、自分にはカニィーエちゃんが居るってか!! あ、何だその弁当箱ェ!?」


アシューがサトゥーのデスク上にあった弁当箱に目をつけた。


「何こ……まさかカニィーエちゃんの手作りィ!? はぁぁぁ彼女持ちはこれだからよォォォ!!」

「違ェェェーーーー!! カニ江のじゃねーし!! これは売店のおばちゃんと、エビ美からだしェ!!」

「エビミィーちゃんかよォォォ!! カニィーエちゃんに飽き足らずエビミィーちゃんにまで粉かけてんのかよお前ェェーー!!」

「ちがァァァァーー!! これはそういうのじゃ……ハっ!?」


その時サトゥーに電流走る。

サトゥーはたった今思いついた名案を実行に移した。


「我が心の友アシューよ」

「うるせぇ何だ色男ェ!!」

「これやる」

「えっ」


サトゥーは弁当箱を2つ手に取ると床の上――周囲から死角になる位置――に置き、アシューの方へと押しやった。


「カニ江は俺の彼女じゃないし、エビ美ともそんな関係じゃない。

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。その証拠に、この弁当はお前に進呈しようじゃないか」

「えっ」


アシューは弁当箱の中を覗き込む。


「すげぇ、グ ㇷ゚ジヮじゃねーか! サトゥーが貰ったんだろ?」

「いいとも、遠慮せずに食ってくれ」

「え、いいのォ?」


ニコォ。アシューが破顔する。


「わぁいグ ㇷ゚ジヮ、ぼくグ ㇷ゚ジヮだーいすき」


弁当箱を貰い受け、自分の足元へと移動させるアシュー。

処分方法に困っていたサトゥーは、内心ガッツポーズをした。

嫉妬が解消され、さらにグ ㇷ゚ジヮ効果で聖者状態になったアシューが、満面の笑みで続ける。


「そういえばサトゥー、お前何か用事があって戻って来たんじゃないのか?」

「あっ!!?」

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