第18話「ガリガリガリ」

トイレを出たサトゥーは、ふらついた足取りで階段へと向かう。

向かうのは3階。

そこにオフィスがあり、自分のデスクがあった。


階段を登りながらサトゥーは考える。


(しかし実際、どうするか……)


三日後にカニ江が戻って来るとする。

それに遭遇すると、恐らくはその場で婚闘の第2ラウンドが開始されるだろう。

そして死ぬ(初夜的な意味で)。


最も簡単なカニ江対策は、カニ江に出会わない事。

過去もそうしていた様に、長期出張を繰り返せばとりあえず物理的な距離を稼ぐ事は出来る。

しかし結局は完了報告や新規受注の為に、母星へと戻ってこなくてはならない。

そこを待ち伏せされれば回避も困難。


サトゥーが苦労して任務に邁進しているのも、安全で安定した日々を求めて戦士階級の頂点『特級』を目指しているから。

特級に到達するその日まで、本拠地に出入りしながらもカニ江から逃れ続ける。

およそ現実的な方法ではない。


(いっそカニ江の誤解を解くか……?)


第二の方法。

そもそもカニ江に執着されているのは、サトゥーが強いとしているから。

その誤解を解いてしまえば、失望されるだろうが狙われる理由がなくなるし、むしろ早急に失望されたい。

しかしその場合、『サトゥーは体格相応の弱い戦士である』という事実が周囲に知れ渡ってしまう。


(それはそれで困る……!!)


ヤウーシュの戦士階級とは、任務達成の功績も考慮されるものの、結局は『腕っぷしの強さ』の指標となっている。

実のところ明確な判断基準が無い為、氏族内で『あいつ特別に強そうだな!』と思われていれば特級へと昇格が可能だった。

このヤウーシュ特有のガバガバ査定を悪用し、己の実力を有耶無耶にしたまま、積み上げた功績で『何か任務すげーいっぱい達成してるしアイツ強いやろ。知らんけど』と周囲に思わせるのがサトゥーの作戦だった。

その点で『カニ江に惚れられている』というのは、サトゥーの作戦にとって有利に働く。


しかしその逆。

『戦士サトゥーは実は弱くてカニ江を失望させたらしい』という悪評が広まれば、サトゥーの作戦は根底から粉砕されてしまう。

実力のあるヤウーシュ戦士ならば、そんな風評など文字通り己の拳で粉砕してしまえば良い。

そして勿論、サトゥーにそんな事は不可能だった。



サトゥーは空想する。

カニ江を失望させて己の命は守れるも、周囲の誤解が解けてしまった、カラーテのが解けてしまった世界線。

そんな世界線の未来で起きうる出来事。


未来のサトゥーが、氏族長シャーコの前で土下座している。

顔を上げたサトゥーがシャーコに問うた。


――ボクは体が小さいし筋力もないし戦いとか嫌いなんです。それでも特級になれますか?――


サトゥーを見下ろしながら、悠然と立っているシャーコが笑顔で答える。


――はい! 特級になれますよ――


シャーコの笑みは変わらない。

その反応を見て安心したサトゥーが続ける。


――実はカラーテなんて嘘だしカニ江に勝ったのもマグレなんです。そもそも特級になりたいのは安全で安定した日々が欲しいからです。それでも特級になれますか?――

――はい! 特級になれますよ――

――任務いっぱいやれば特級になれますか?――

――はい! 任務いっぱいやれば特級になれますよ――


シャーコの表情は変化しない。

笑みのまま、牙がピクピクと震えていた。

安堵の溜息をつきながらサトゥーが答える。


――安心しました……じゃあ任務いっぱいやります。

  え、昇格に繋がる特別な任務を斡旋してくれる? やったー、この部屋に入ればいいんですね?――



――舐めてんじゃねェぞオラァーーー!!――


衝撃。

シャーコのローキックで吹き飛ばされたサトゥーが部屋――窓もない牢獄――の壁に激突する。


――あわわわ……!?――

――特級戦士って言うのはなァー! 全ヤウーシュの憧れなんだよォー!!――


追撃。

突如として豹変したシャーコが、サトゥーに馬乗りになると鉄拳の嵐を見舞う。


――ほげー!!――

――武器が尽きたら爪と牙! 腕が捥げればそれも武器! 血が全部流れ出ようが笑顔で継戦! それが特級戦士のあり様だコラァー!!――


右、左、右、左。

鉄拳の暴風雨は終わらない。


――安全だァ? 安定が良いェ? 特級戦士舐めてる奴はワシが許さねェーー!!――

――ほげげーー!!――


ぼこぼこぼこぼこ。

鉄拳で殴り潰されていく未来の自分。



サトゥーはかぶりを振ってそんな妄想を頭から追い出した。

そして結論。


「誤解を解くのもマズい。

 くそ、どうしたら……ん?」


周囲を見回して気づく。

階段を離れ、気づけば廊下を歩いていた。


そして目の前に動物園がある。


「売店か……」


動物園ではなかった。

軽食を販売している売店だった。


「バウ!」「キィィーー!!」「ホッキャーー!!」


売店があるのは2階。

どうやら考え事をしていたせいで、3階ではなく2階に来てしまったらしい。


「……そういえば腹減ったな。何か買っていくか」

「ギギギギ!」「グルルァー!」「ティコティコティコ!!」


「おばちゃん! その弁当Bくれ!」


先に買い物をしていたヤウーシュの男性が居た。

カウンターの奥から現れたヤウーシュの女性店員が注文に応える。


「あいよ弁当Bね! 5コムだよ!」

「はい電子決済」

「グオー!! グオーー!!」


客がガントレットを操作する。

店の端末から『ギャバーン!』という電子決済の完了を告げる効果音が鳴った。


「ヒョー、昼が楽しみだぜー!」

「ググオー!!」

「早弁するんじゃないよ! ……おや、サトゥーじゃないか!」


店員がサトゥーに気づく。


「どうも、おばちゃん」

「ガア! ガア!」「クルゥゥゥゥ」

「久しぶりだねぇ、出張の帰りかい? まぁ元気そうであたしゃ安心したよ!」


そう言ってニコリと笑う店員のおばちゃん。

その左目は潰れており、そして腕も右しか残ってない。

売店の店員となる前に過去の任務で何かあったらしいが、聞いた事ないのでサトゥーは訳を知らない。


「元気じゃないです。死にかけてました。さっき」

「おや、何か悩んでるみたいだね。ははーん、当ててやろうか……ズバリ、恋だね!?」

「キキキキキ……」「オウッ! オウッ! オウッ!」

「そうだけどそうじゃないです。いや恋の悩みですけど、その恋が殺傷力持って襲ってくるのが問題というか」

「がははは、悩め悩め若人! で、何にするんだい?」

「そうですね……」


サトゥーは並んでいる商品を見た。

売店に並んでいる殆どの”食べ物”が生きていた。


ヤウーシュにとっての美味しいとは何か。

それは”新鮮さ”に尽きる。


生きている小動物をそのまま齧り、骨を砕き、肉を嚙み千切る。

溢れ出る血を啜り、獲物の体温を感じながら、その命を余す事なく頂く。

それがヤウーシュにとっての食事であり、命を感じ取れる”新鮮さ”こそが”美味さ”と直結している。

そこに味覚がどうだとか、食感がどうだとか入り込む余地は存在していなかった。


「ペッキョー!」「ガルルルルル!」「キュピイィィィー!!」


そんなヤウーシュに食品を販売している売店とは、つまり動物園。

全部生きている。ヒュー、新鮮だぜぇ!

そして勿論、全てが前世に存在しない地球外生命体。


翼の生えた鼠。足が八本ある犬。

顔が4つある猿。ワニの頭をもった馬。

どこかで見たような、或いは見た事ないような。またはそれらのハイブリッド。

この売店へ地球の生物学者を連れてくれば卒倒するだろうし、栄養士なら裸足で逃げだすだろう。


サトゥーの指が、並んでいるそれらの奥にある商品を指さした。


「それを」

「カァーー! またあんたはこれかい!」


かぷりと手軽に美味しく栄養補給!

オトゥーカ製薬販売のバランス栄養食『カプリーメイト』だった。


「あんたよくこんなの食えるねぇ!?」

「よく言われます」


体温も無ければ血も通っていない。

新鮮さの欠片もないカプリーメイトは、ヤウーシュからはゲテモノ扱いされていた。


「あんた若いんだから好き嫌いしてると大きくなれないよ!」

「もう成長期終わりです」

「カァーー、全くアンタって子は! ちょっと待ってな!」


ギャバーン!

商品を受け取り、サトゥーが電子決済を終える。

するとおばちゃんがカウンターの陰から何かを取り出し、サトゥーへと渡してきた。


「ほら、これやるから食べな!」

「えっ」


そう言って渡されたのは小さな虫かご。

中に入っていたのは――


「パォーーン!!」


――手乗りサイズのゾウだった。

体表は金色に輝き、なぜか鼻の先端にドリルが付いている。


「弁当C! あたしのおごりだよ! サービスで狂乱剤打ってあげるから!」

「えっ」


おばちゃんが手慣れた様子で、金ぴかゾウに何かの薬品を注射する。

数秒で金ぴかゾウの目が血走り、元気になり始めた。


「パ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

「えっ」


鼻のドリルが高速回転し、キュイイイインと甲高い音を奏でる。

かごを破壊しようとしているのか、金属製の網目部分にドリルを押し付け始めた。

ガリガリガリと火花が飛び散っている。


「醒めないうちに食べるんだよ! 皆には内緒ね!」

「えっ」

「おばちゃーん、弁当Dある?」


新しい客が売店へとやって来た。

おばちゃんが対応しながら、サトゥーに告げる。


「はいよ! ほらサトゥー、もう行きな!」

「えっ」





「えっ」


売店を離れた廊下。


「パ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

「えっ」


弁当Cを持ったサトゥーが茫然と立ち尽くしていた。

手に持った弁当C――小さな虫かごの中にいる金ぴか手乗りゾウは、先ほどからドリルでサトゥーを攻撃しようと、網目から鼻を伸ばしてきている。


「パ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

「どうすんだよこれ……」


ガリガリガリガリ。

直接攻撃を諦めたのか、ゾウはかごの破壊に戻っていた。


「……とりあえずオフィス行こう」

「パ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

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