第9話「本物の実力者」
《ふふ……》
お土産を大事そうに抱えながら、サトゥーの方を見るサメちゃんが微笑む。
「あの……何か?」
《いえ……サトゥーさんって、私たちに本当に優しくしてくれますよね。時折こうやって、お土産もくれるし》
「あー……」
《他のヤウーシュの方たちって、本当に乱暴なんですよ。すぐ怒鳴るし、怖いし》
「それは何か……すいません」
《あ、いえサトゥーさんは悪くないです! でもサトゥーさんってヤウーシュにしては変わってますよね……あ、良い意味でですよ!?》
「はははのは」
それは前世が日本人だからです、とは思っても言わないサトゥー。
真面目な口調で返した。
「でもほら、いつも私たちが使っている装備も宇宙船も、整備してくれるのはシャルカーズの皆さんじゃないですか。
それを使わせてもらってる以上、感謝するのは当たり前だと思ってますよ」
《サトゥーさん……》
サメちゃんが嬉しそうに相好を崩した。
◇
星から星に獲物を求めて渡り歩くヤウーシュではあったが、使用する武器も兵器も殆どがシャルカーズ製だった。
そもそもがヤウーシュは少し前まで、この母星で弓と石槍で最強の戦士の座を求めて争う原始的な文明に過ぎなかった。
しかしある日、この星の衛星軌道にお客さんが現れた。
宇宙進出を果たし、開拓を始めていたシャルカーズの宇宙艦隊だった。
資源を求めて来訪した艦隊は地表を観察し、『危険な原生生物』が居る事を確認。
送り込んだのは交渉の為の使節団ではなく、大量破壊兵器だった。
交渉に値しない野蛮人として一方的な軌道爆撃を行って殲滅、そして資源採集の為に開拓団を送り込んだ。
しかし民間人を中心とした開拓団は降下初日の夜。
周囲に潜伏していたヤウーシュ戦士団の奇襲を受けて全滅した。
油断しきっていた宇宙艦隊は彼らに最低限の火器しか装備させておらず、自衛は叶わなかった。
突如として流星が降り注ぎ、大量の死傷者を出したヤウーシュ側だったが、全滅した訳ではなかったのだ。
生き残りは集結し、空の果てから現れた見知らぬ来訪者を『新たな獲物』として定め、狩りを開始した。
こうしてヤウーシュとシャルカーズの間で、本格的な種族間戦争が勃発する。
とは言え石器時代にも等しいヤウーシュと、宇宙文明であるシャルカーズの間には絶対的な文明格差が存在した。
基本的に戦いはシャルカーズ優位に推移した。
しかしヤウーシュ戦士の上位個体は、降下させたシャルカーズの機甲兵器を石槍で破壊するという訳の分からない戦闘力を発揮。
そして正面戦闘を避け、徹底したゲリラ戦を展開する事でシャルカーズ側に深刻な出血を強要し続けた。
戦況は完全に泥沼化し、一向に資源採集の目途は立たず、降下する民間人に被害が出続ける。
他にも捕虜となったヤウーシュ族との対話の中で、交渉に値しない原生生物であるという初期判断が誤りでは無かったのか、という風潮がシャルカーズ側に生まれ始めた。
最終的に軍の一部と開発企業との癒着による『邪魔な現地人を排除して利益を独占する』企みが露見。
そして対ヤウーシュ族への初期対応に恣意的な判断が含まれている事実が判明し、関係者が一斉逮捕される結果となった。
関係者が一掃された事で、シャルカーズ側は急速にヤウーシュとの休戦に舵を切る事となる。
一方でヤウーシュ側も追い詰められていた。
一部が戦果を挙げているものの、最上位戦士を以てしてようやく敵の量産兵器と互角だ等と言う現実は悪夢でしかない。
精神的支柱だった高名な戦士は既に斃れ、有力な戦士団は軒並み壊滅し、ヤウーシュ族は継戦能力を喪失しつつあった。
このまま争いが続けば、族滅の危険すらある。
そんな中、ヤウーシュ社会でも価値観の変化が起きていた。
これまでは文字通り、暴力によって押さえつけられていた『智もまた力である』という思想。
それを否定していた層がごっそりと消滅した事で、この思想が社会的な発言力を持ち始めた。
現実としてヤウーシュは身体能力でシャルカーズを圧倒しているものの、シャルカーズの叡智によって生み出された『へいき』を前に一方的に蹂躙されている。
敵の智に圧倒されている現実を認め、少しでも戦う力が残っている内にシャルカーズと講和した方が良いのではないか、そういった考えが生まれつつあった。
そして両者の思惑が一致した事で、種族間戦争は終わりを告げた。
シャルカーズは初手の非礼を詫び、またヤウーシュの武勇を讃えた。
ヤウーシュは謝罪を受け入れ、シャルカーズの叡智を讃える。
そして両種族の間で平和同盟が結ばれた。
シャルカーズが武器や兵器を開発し、ヤウーシュはそれを用いてシャルカーズを守護するという協力関係だった。
ヤウーシュとシャルカーズが、アルタコ主導の銀河同盟に加盟する以前の話である。
こうしてヤウーシュ文明は図らずしも、石器時代からいきなり宇宙開拓時代へとジャンプする事となった。
種族としての知能は低く無かった為、何とか順応して現在に至っている。
しかし世代交代と共に戦争の記憶は薄れ、一部のヤウーシュ若手においてシャルカーズを軽んずる風潮が生まれつつあった。
曰く、武器を作るばかりで扱えない軟弱者だとか、ヤウーシュを矢面に立たせるばかりの卑怯者だとか。
「アホちゃうか。バカちゃうか」
だがサトゥーに言わせればどんでもない事だった。
「お前らが乗ってる宇宙船を整備してるのは誰やねん!
何かサトゥーとか言う奴は生意気だから、ちょっと整備サボったろ! の精神で手を抜かれたら、宇宙で漂流するのはこっちやぞ!?
流石のヤウーシュでも、宇宙空間に出たら死ぬんやぞ! そんな相手軽んずるとかアホかとアボガド!!」
だからサトゥーは媚びを売る。
せっせと愛想を振りまき、たまに渡すお土産も忘れない。
一部同僚に『サトゥーはシャルカーズなんぞに媚びを売ってる』と後ろ指刺されている事は知っているが、そんな事など気にしない。
前世で培った処世術だった。
「それにサメちゃん達可愛いからな。癒されるわ~」
常日頃、脅威とストレスに囲まれているサトゥーの日常の中で、前世的要素を持った可愛らしい少女たちがパタパタと一生懸命に働く姿を見るのは数少ない癒しのひとつだった。
◇
(だからワイは、これからも媚びを売るんやで!)
《え、何か言いました? サトゥーさん》
「いえ何でもないです。それじゃあ整備の方お願いしますね。終わったら私の個人アカウントの方にメッセージお願いします」
《はーい分かりました! 終わったら連絡しますね!!!》
「それじゃあ氏族長に要件があるので、私はこれで」
サメちゃんに別れを告げ、サトゥーは宇宙港を後にする。
しばらく歩いて何となしに振り向くと、お土産を抱えたサメちゃんがまだサトゥーの方を見ていたので、最後に軽く会釈。
そのままゴツゴツとした荒野を歩き、目の前に見えている氏族の拠点を目指す。
健脚なヤウーシュに道という概念は薄く、誰も彼もが好き放題に荒野を踏破する。
宇宙港の周囲とあって、往来がそれなりにあった。
他のヤウーシュやシャルカーズ、荷物を抱えたガショメズとすれ違いながら、巨大な貝殻の様な建造物へと辿り着く。
そこがシフード氏族の本拠地だった。
ふと建物の前に人だかりが出来ている。
「まーた決闘か?」
江戸っ子よりも喧嘩っ早いヤウーシュは、至る所で喧嘩や決闘騒ぎを起こす。
今回もそうだろうと思い、隣を通り過ぎようとした時だった。
「ほげーーーー!」
絶叫と共に、何かが空に打ち上げられた。
「うお!?」
慌ててサトゥーが注視したそれは、大柄なヤウーシュだった。
高く打ち上げられたそれは緩やかな放物線を描き、10m先に落下する。
落下地点の地面には白い何か――恐らくは巨大な生物の頭蓋骨――が置いてあったが、クッションの役割を果たすように、激突した衝撃で粉々に砕け散ってしまった。
周囲から悲鳴が上がる。
「うわぁぁクァマーセさんが一撃でやられた!」
「やべぇ白目向いてる!」
「泡も吹いてるぞ! 病院だ急げ!」
ドコからともなく現れた担架に乗せられ、倒れたヤウーシュが運ばれていく。
その姿を見て、サトゥーは嫌な予感がした。
急いでその場を離れようとした矢先、声が聞こえた。
「あら……サトゥー君。待ってたわよ……」
ねっとりとした女性の声。
次の瞬間、群衆が二つに分かれ、その中央にいた声の主の姿が露わになった。
それを見たサトゥーが叫ぶ。
「げぇ! カニ江!」
「うふふ……げぇ、だなんてご挨拶じゃなぁい? 私、ここでずぅっと待ってたのよぉ……?」
その正体はヤウーシュの女性、カニィーエだった。
なお、サトゥーは勝手にカニ江と呼んでいる。
カニ江がゆっくりとサトゥーの前まで歩み寄ってきた。
「ひ……」
思わず後ずさりするサトゥー。
距離が詰まる事で分かる、圧倒的な身長差。
ヤウーシュとしては小柄なサトゥーに対し、カニ江は立派な体躯の持ち主だった。
基本的にヤウーシュは前世のそれと同じように、男性の方が体が大きくなる傾向にある。
対しカニ江は女性的な外殻の丸みを帯びつつも、男性陣に混じっても上から数えたほうが早い位には体がデカかった。
カニ江の右手がすぅと持ち上がり、サトゥーを指さす。
そして宣言した。
「さぁ……サトゥー君。
「ひ、ひぇ!」
「「「おおぉーーー!!」」」
周囲から悲鳴と歓声が上がる。
婚闘、それはヤウーシュの奇妙な文化のひとつだった。
結婚を望む異性に決闘を申し込み、勝利すれば結婚出来るという社会通念。
基本的に、申し込まれて敗北した側に拒否権はない。
尤もヤウーシュ族の思考として『自分を打ち負かす程の異性だから良し!』という判断になり殆ど問題視されていなかった。
周囲から野次が飛ぶ。
「「「サトゥー君!! 勝ってーーー!!!」」」
女性陣からの応援だった。
カニ江に勝利して婚闘を退けてから、きっと私に婚闘を申し込んで! という黄色い声援だった。
シフード氏族界隈において、戦士登録の初日に格上を叩きのめし、難しい任務を達成し続けているサトゥーは強者として見られている。
ヤウーシュ族における異性の魅力とは、強さの一点に尽きる。
サトゥーは異性にモテモテであった。
「「「サトゥーてめぇ! 勝てやオルァーーー!!」」」
次いで男性陣から罵声が上がる。
カニ江が勝利するとサトゥーと結婚してしまう為、己がカニ江と結婚する余地を未来に残す為、負けるんじゃねぇぞという怨嗟の声だった。
「あの真っ黒に輝く棘、それにずんぐりと太い足、大きく膨らんだ肩……たまんねぇ!」
「逞しい両腕……何よりあの指先に生えた太い爪のセクシーなことと言ったらエッッッ!! エッッッ!!」
「ハァ……ハァ……くっそー目に毒だぜ! 貫かれてぇ(変態)」
観衆の男性陣から漏れ聞こえる賛美の声。
ヤウーシュ族の美的感性において、カニ江とは絶世の美女だった。
顔の造形がどうだとか、そんなものに価値はない。
強さ! それこそが全て。
強そうなら全てヨシ! 美とはそこにこそ宿るのだ。
その点において、カニ江は同性からは羨望の、異性から熱烈な視線を送られる、紛う事なき圧倒的美しさを備えていた。
しかし声援と罵声の中央にいるサトゥーはと言うと――
「う……うぅ……」
――硬直していた。
確かにサトゥーは戦士登録の初日に、格上である中級戦士に勝利した。
しかしそれは膂力に任せて突撃するだけの相手に、たまたま合気道が初見殺し的に刺さっただけに過ぎない。
サトゥーが前世の記憶で使えるのは空手と合気道だったが、周囲は両者を区別しない為にカラーテという名称で一括りにされている。
そしてサトゥーは両方とも、子供時代に少しだけ噛っていたに過ぎない。
合気道に至っては父親に連れられて数回、合気道教室に通っただけ。
型を幾つか、技を幾つか、文字通り知っているだけだった。
その根底にある術理を理解している訳ではない。
なるほど、突撃バカにならば付け焼き刃である空手や合気道も効果があるだろう。
だが目の前にいるカニ江は――
「さ、始めるわよぉ?」
――女性だから戦士登録をしていないだけの、上級、下手をすればその上、特級に相当するかも知れない本物の実力者である事をサトゥーは知っている。
生半可な空手や合気道が通じる尋常な相手でない。
「あばばばばばばば」
サトゥーの将来を掛けた戦いが始まろうとしていた。
次回「新婚生活」。
回転するベッドから、サトゥーに熱い視線が突き刺さる。
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