第8話「完全なる計画」

要救助者の引き渡しを終え、サトゥーは宇宙船へと戻った。

ガイドビーコンに従い離陸し、格納庫の中を低速で飛行する。


船外カメラを見れば、全てのアルタコ達が見送りで残ってくれていた。

そして千切れんばかりに触手を振ってくれている。

最前列をズームアップした。


≪≪≪……! ……! ……!≫≫≫


5人のアルタコが触手を振る代わりに、カラーテをしていた。

触手でパンチをし、キックをし、回し蹴りの真似をして転んでいた。

それでもすぐに立ち上がり、懸命に見送りのカラーテをしてくれていた。


確かに楽しい食事にはありつけなかった。


「でも……人助け出来たから、まぁいいか」


だが不思議と、清々しい気分だった。

最後に宇宙船をバンクさせ見送りに応えてから、サトゥーは防御フィールドを突き抜ける。

宇宙空間に飛び出してから、宇宙船を加速させた。





「こちらサトゥー、氏族長応答願います」

《おぉサトゥー君、引き渡しは終わったようだな! こちらにも連絡があったぞ!》

「はい、無事に完了しました」

《いやー今回はご苦労だった! 急な依頼だったが、よく完遂してくれた! 見事な報酬、じゃなくて見事な仕事だったぞサトゥー君!》

「スゥー……ありがとうございます」


宇宙船の操縦席に座るサトゥー。

目の前のコンソールには、ニコニコ顔のシャーコがでかでかと表示されている。


《先方の評価も非常に高くてな!

 特に間近でカラーテを見れたのが、まるでアトラクションの様だったと大好評だったよ!

 どうだ、やって良かっただろう! カラーテ!》

「ア、ハイ。それでですね、氏族長。流石に働き詰めなので、ここらで休みを――」

《それじゃあ詳しい報告が欲しいので、一回母星まで戻ってきてくれ。じゃ》


通信が切れる。

暗転したディスプレイに、己の醜い顔が映り込んだ。

その醜い顔が、悔恨でさらに歪む。

どしゃりとその場に崩れ落ち、頭を抱えたサトゥーが嘆いた。


「つらい」


傍若無人なヤウーシュの若手ならば、氏族長の要請などガン無視して遊びに行っただろう。

だが将来の安全と安定を自らにしているサトゥーは、従う他無かった。

体はヤウーシュ、心は日本人。

NOと言えないその精神。


「とてもつらい」


心をヤウーシュにして、有給と温泉を犠牲にして。今は働け、サトゥー!


次回「残業」。

来週もサトゥーとサビ残に付き合ってもらう。





「ぼくおうちかえる」


円盤が一隻、引き続き宇宙空間を航行していた。


乗っているのは、おうち帰る途中のサトゥー。

おうちは母星にあるので、船は母星に向かっている。

だが母星に着陸しても先ほど言われた通り、おうち帰る前に本拠地へ出向き、氏族長に今回の仕事に関する詳細なデータを渡さなければならない。


ESS粒子の挙動も含む詳細な情報は容量がデタラメに大きい為、超銀河規模で張り巡らされた通信網

『超高速・超強力なサイバー空間上での即時変換による伝達

(Hyper EXtra Cyber Instant Translation connectING)ネット』

長いので頭文字を取って『超EX-エキC-I-サイT-INGティンネット』を使用した場合、多くの時間と多額の通信費用が掛かってしまう。

その為、情報端末を手渡しする必要があった。


「ぼく……おうちかえれる……?」


そしてサトゥーは嫌な予感がしていた。

対面して情報端末を渡すと、恐らくそのまま流れで次の仕事を振られるだろう未来。

ヤウーシュはなまじタフなせいで、休暇だとか休養に対する考えが非常にお粗末だと考えられるが……。


「おうちかえれない……のはさておき、先にやる事やっとくか……」


サトゥーは宇宙船を自動操縦にすると、席を立つ。

向かったのは工作室。

狭い部屋――様々な機器が並んでいる――の中央にある作業机の上に、それはあった。

ピンク色をした生物の臓器。

惑星チッチチチッチッチチッチで最後に倒したチッチチチッチッチチッチリアン・デス・ワーム、その肝だった。

倒したついでと、離陸の直前に回収しておいたのだ。


「トリミングするか」


ヤウーシュ族は狩った『価値ある獲物』の頭蓋骨や脊柱を、戦利品として収集する文化を持つ。

しかし今回サトゥーが持ち帰ったデスワームの肝は、それでは無かった。

単純に珍味としての、お土産目的だった。


余計な肉を削ぎ落し、滅菌処理を施し、保存容器へと収める。

サトゥーが一抱えする程度のお土産が完成する頃、目的地到着を知らせるアラームが鳴った。





とある銀河に浮かぶ赤茶けた惑星。

二つの恒星に煮込まれている高温多湿のそれが、ヤウーシュ族の母星だった。

その大気圏内を下降しながら、サトゥーは回線を開く。


「こちら識別コード3643、ヒッジャ宇宙港、着陸許可を求む」

《こちらヒッジャ宇宙港管制塔、識別コード確認……帰還を歓迎します、戦士サトゥー。19番ポートに着陸してください》

「ありがとう。19番ポート了解」


高度を下げたサトゥー機の眼前に、荒れ地を切り開いて作られた『ヒッジャ記念宇宙港』がその姿を現す。

『ヒッジャ』はかつての種族間戦争で活躍した偉大な戦士の名から取られている。

巨大な管制塔を中央に、放射状に宇宙船の発着場ポートが並んでいた。


サトゥーはそこの19番ポートに着陸した。

開放した後部ハッチから地上へと降り立つと、隣接している格納庫の方から整備員たちが飛び出してくる。

その姿を見てサトゥーは思う。


「いつ見ても人間にしか見えないんだよなぁ……」


歩く脳みそ、アルタコ。

謎のロボット、ガショメズ。

甲殻類のお化け、ヤウーシュ。

異形が揃うサトゥーの周りにおいて、宇宙港の整備員たちは地球人――それも小学校高学年あたり女の子――にしか見えない。


だが勿論、彼女たちは地球人ではない。

銀河同盟を構成する五大種族の一角にして、海洋惑星で生まれた種族『シャルカーズ』だった。

着ているツナギめいた作業着の後ろを見れば、臀部の穴からはサメを思わせる尾が生えている。

そして口元には、ノコギリの様な歯がびっしりと並んでいた。

円らで大きな瞳は宝石がはめ込まれているかの様にキラキラと輝き、事実、幽かながら発光している。

そんな特徴を除けば、可愛らしい少女のような外見だった。


サトゥーの元までやってきたシャルカーズの少女たちだったが――


「「「…………」」」


――ニコニコと笑うばかりで、一言も発そうとしない。

サトゥーは慌てて、オフラインになっていたシャルカーズ専用の翻訳機能をONにする。


≪≪≪――りなさい、サトゥーさん!≫≫≫


彼女たちのが翻訳され、サトゥーの視界に字幕として表示された。


シャルカーズは種族として声帯が無く、声を出さない。

そして『眼球』も持っていなかった。

少女たちの一見、眼に見えるそれは『スイカ器官』と呼ばれる感覚器官であり、同時に発電能力を持った電気器官になっている。

彼女たちはこのスイカ器官から電波を放ち、その反射を通して世界をいた。

そして会話もまた声、空気振動ではなく、電波によって行っている。

故に少女たちのを聞く為には電気受容感覚が必要であり、流石のヤウーシュにも電波を受信を出来る器官は備わっていない。

ガントレットの翻訳機能がなければ会話をするのは不可能だった。


「ただいま戻りました。

 あ、そうだすいません。整備主任さんは今いらっしゃいますか?」


サトゥーが返事をする。

発言内容はシャルカーズ語に翻訳され、自動で電波へと変換。

それがスイカ器官に届く事で、ようやく両種族は円滑な意思疎通を行える。


《139.85ですか? いますよ、呼んできますね!》


シャルカーズ語には変わった特徴があり、名前や固有名詞は周波数で表現されている。

139.85は主任という意味で、たった今139.85を呼びにいった少女の名前は134.52と言った。


やがて格納庫の方から、ひとりの少女が小走りでやって来る。


《お待たせしましたサトゥーさん! 何か私に御用だと伺ったんですけど……》


サトゥーの元に現れたたのは整備主任のシャルカーズ。

周囲の少女たちに比べればやや身長が高く、その外見は中学生レベルに見えた。


「あぁ、141.00さん。実はお渡ししたいものがありまし……あれ、どうかしました?」

《…………》


周りのシャルカーズに比べればやや大人びた、それでも中学生にしか見えない整備主任の名前は141.00。

銀髪のショートヘアーの毛先を指でくるくる巻きながら、その141.00が何故か頬を膨らませ、不満気な表情でサトゥーを見つめてくる。

原因に気づいたサトゥーは発言を訂正した。


「……サメちゃん」

《はい何でしょう!》


途端にぱぁ、と笑顔を咲かせる141.00。


以前にサトゥーはうっかり、141.00の事を『サメちゃん』と呼んでしまった事があった。

外見は人間の少女ではあるものの、お尻から生えている縦ビレの尾や、ギザギザの歯の特徴はサメのそれにしか見えなかった。

しかしヤウーシュの母星に『サメ』という海洋生物は居らず、同時にシャルカーズの母星にもシャルカーズはいても『サメ』はいない。

では『サメ』とは一体何か?

そう聞かれて困ったサトゥーは適当に嘘をついた。『何となく語感が可愛い造語』だと。

だが141.00は何故かそれを気に入ったらしく、以来サトゥーは『私のことはサメちゃんと呼んで』と求められていた。


サトゥーは本来の要件を切り出す。


「えー、あの、これ。

 仕事で惑星チッチチチッチッチチッチに立ち寄ったので、デスワームの肝を採ってきたんです。

 良かったら整備班の皆さんで食べてください。下処理は済ませてあるので」

《あー、惑星156.94の! 珍味として有名なやつじゃないですか!》


母星の海洋惑星で頂点捕食者だった生物を祖先としている彼女たちは、可憐な外見に似合わず肉食性で、かつ身体能力も高い。

そんな彼女たちにとって、デスワームの肝は珍重している味覚のひとつだった。

周囲で作業をしていた少女たちがワラワラと集まりだす。


《あーデスワームの肝! 主任139.85だけズルい!》

《横暴だ! 職権乱用だ! 酒のツマミとして供給を要求する!!》

《だーうるさい! 班に貰ったの! あとでちゃんと分けるから!!》


サトゥーから渡されたデスワームの肝を大事そうに抱えながら、蹴るジェスチャーで周囲を配置に戻らせるサメちゃん。

騒ぎを抑えてから、思い出した様にサトゥーに話しかけた。


《そういえばサトゥーさん。

 サトゥーさんの宇宙船、そろそろ定期メンテの時期なんですけど、仕事の予定とか大丈夫ですか?》

「あー……」


渋い顔をするサトゥー。

しばらく空中で視線を泳がせてから答えた。


「どれくらい掛かりましたっけ?」

《2、3日あれば終わりますけど……》

「じゃあこのままメンテお願いします」

《はーい分かりました》


心の中でガッツポーズをするサトゥー。


例えこの後、氏族長に仕事を振られてもが無ければ引き受けようがない。

勤労意欲に満ち満ちていようとも、全くもってこれでは致し方なし。

理論武装ヨシ!

メンテが終わり次第、旅行と洒落込めば世は全て事も無し……温泉旅行、嗚呼、温泉旅行。

完全なる計画を前にサトゥーは喜んだ。

ばんざーい。



次回「呼び出し」。

サトゥーが飲む母星のコーヒーは苦い。

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