My Best Friend

ろくろわ

私のサキちゃん

友里恵ゆりえちゃん!久し振りぃ~」


 沢山の人混みの音や電車の行き先を示す電光掲示板の音。その中にちょっと舌足らずな声で、駅の改札を出る前から大きく私に手を振って向かってくる友華ともかの姿は、最後に会った十年前からどこも変わっていなかった。


「友華、久し振りね。元気だった?と言うか元気そうね。今日はゆっくりしていってね」

「楽しみだよぅ~友里恵ちゃん!友里恵ちゃんも元気そうねぇ」


 そう言ってニコニコ笑う友華の手を握ると私達は久しぶりの再会を喜びあった。

 募る思いも沢山合ったが、まずはこの事からと私はそのまま友華の左手を持ち上げ、薬指に光る指輪を見つめた。


「結婚おめでとう!友華」

「有り難う~友里恵ちゃん」


 ニコニコしていた友華の頬はさらに緩み、屈託の無い笑顔で私の手を見返してきた。私はそんな友華に自分の左手を見せ、同じように光る指輪を見せた。

 そして自分の左手を友華に見せていた時、唐突に私達を繋げてくれたサキちゃんの事を思い出した。




 中学生当時の私には、友達と呼べる人はサキちゃんくらいだった。サキちゃんは私が物心つく頃からずっと友達で、私はずっとサキちゃんとばかり話をしていた。幸か不幸か、周りの同級生たちはそんな私に過度に関わることも突き放すこともなく居てくれた。そんな中学二年生の時に来た転校生が友華だった。

 中学生にとって転校生が来ることは一大イベントで、中学生の人間関係は大人が思うよりもずっと単純で複雑だった。つまり、自分達のコミュニティーに新しく誰かが入ることは自分達の関係性を良くするのか、はたまた悪くするのかで判断され、結果、舌足らずに挨拶をした友華は男子の格好の的であり、直ぐに物真似をしてグループが出てきた。その内、舌足らずな話し方が自分達にもうつるからと悪気の無い仲間外れになるのにも時間はかからなかった。

 友華と話した他の同級生もまた、舌足らずがうつると馬鹿にされる様子も見てきた。

 私はそんな同級生の様子をサキちゃんと二人「男子や皆、子供だよね」と一歩退いた所から眺めていた。


 それから暫くしてだった。

 

 私とサキちゃんはいつものように誰も居ない放課後の教室で、授業中の先生の物真似や新しく出来た雑貨屋の事なんかの話をしていた。


「あれぇ友里恵ちゃん?ねぇサキちゃんってだぁれ?」


 私の後ろから舌足らずに話しかける聞き覚えのある声が聞こえた。私は声のする方を向くと返事をするよりも先に、教室の周りに誰かがこの様子を見ていないか確認していた。わたしはそんな自分の行動に驚き、慌ててそこにいる友華の事を見た。友華は私が周りを見ていること等、気にしていないかのように首をかしげながら近づいてきた。


「ねぇ友里恵ちゃん。私ね、今から帰るんだけど良かったら一緒に帰らないかなぁ?」

「うるさい。私に話しかけないで!」


 友華の言葉に被せるように答えた私は、顔が熱くなるのを感じた。いてもたっても居られず、私はサキちゃんと逃げるようにその場から離れた。


「あっ。うん。ごめんねぇ友里恵ちゃん」


 友華が少し寂しそうに笑って答えたのを、私は走り去る背中で聞いた。


 私は家に帰ってからも顔が熱く、ずっと胸がどきどきしていた。そんな自分から逃げるように、私は部屋に引きこもり、いつだって優しいサキちゃんに自分の苦しさを話した。


「サキちゃん。私は悪くないよね?友華が急に話しかけてくるから。だから思わずあんなこと言っちゃったんだよ」


 だけどサキちゃんは何も答えてくれなかった。いつもよりずっと怖い顔で私の事を見ていた。


「サキちゃん。どうして何も言ってくれないの?」


 サキちゃんはじっと私を見たまま、話し出した。


「友里恵は何で友華が話しかけてきた時に、直ぐ周りを見たの?」

「それは…」


 私は答えられなかった。


「それは?あの時、友里恵は友華と話しているのを同級生に見られるのが怖かったんでしょ?」

「違う!そんなこと無い」


 本当はその通りだった。


「違わないでしょ?同級生に見られて仲間外れにされるのが怖かったんでしょ?あんだけ皆の事を子供だと言っておきながら、自分も仲間外れにされるのが嫌だったんでしょ?」

「違うよサキちゃん!何でそんなこと言うの!」


 私の声は段々と大きくなり語気も強くなっていた。


「じゃあ何で直ぐに友華に返事をしないで周りをみたの?どうして友華が一緒に帰ろうと言ったのにって答えの?」

「そんなのサキちゃんに関係ないでしょ!」

「ねぇ、友里ちゃんどうしたの?何かあったの?」

「大丈夫か?友里恵」


 私達の言い合いが大きくなってきたのが両親に聞こえたようだ。部屋の外から親の声が聞こえていた。 


「関係ないこと無いよ。友華の寂しそうな顔を見たでしょ?友華が何をしたの?いつだって友華は皆と友達になろうと一生懸命だったじゃない!」


 そう言ってサキちゃんが私の胸を叩いてきた。

 サキちゃんに叩かれた胸が凄く痛む。

 確かに私は知っている。友華がいつも皆に話しかけようとしていることを。移動教室も給食も一人で食べていることも。新しい土地で心細いことも。

 だけど、だけれども。


「私だって怖かったんだよ。もしかしたら私も仲間外れにされるかもって。サキちゃんにはわからないよ!」


 私の目は涙で溢れていた。押さえきれない感情のまま私は右手でサキちゃんの頬を叩くと、パチンと乾いた音が響き叩いた手が痛かった。


「おい友里恵、何の音だ?大丈夫か?部屋に入るぞ」


 親の声が遠い。


「私にも分かるわよ。だって私はあなただから」

「分かるなら私はどうしたらいいの?教えてよサキちゃん」


 私はサキちゃんの肩を掴み、体を揺らしながら必死に聞いていた時だった。部屋においてある鏡が見えた。

 そこにはサキちゃんの姿はなく、涙を流し、赤くなった顔で自分の左腕を掴み、一生懸命に揺らしている自分の姿が見えた。


「後は友里恵の本当にしたいことをしたら良い。私はあなただから本当にしたいことは分かっている」


 最後にサキちゃんの声が聞こえた。

 親が部屋に入ってきて私を抱き締めると泣いていた。私も親に抱きつき泣いた。


 この日が私のサキちゃん。左腕が死んだ日になったのだ。


 次の日、親は学校を休んだらと言ってくれた。でも私はどうしても学校に行かなければならなかった。

 私は学校に着くと真っ先に友華の所に行った。心臓がどきどきした。支えてくれたサキちゃんが居ないことがどうしようもなく不安だった。

 だけど。


「おはよぅ友里恵ちゃん。どうしたの?」


 友華から昨日と変わらず話しかけてくれた事で私のどきどきは少し落ち着いた。


「おはよー友華。昨日はごめん!それでね、今日は一緒に帰ろうよ。それとね、昨日話してたサキちゃんはね…」


 中学生の人間関係は大人が思うよりもずっと複雑で単純だった。つまり転校生で舌足らずな女の子という付加価値は二ヶ月もすればすっかり落ち着き、舌足らずがとかとか言う話はすっかり無くなった。元々、おっとりとしていた友華には沢山の友達ができ、それに私もサキちゃんと離れ友華と居るようになってから、それなりに友達ができた。

 そのまま友華とは高校まで同じで、大学からは別々に進んだものの、ずっとやり取りをしている仲の良い友達になったというわけだ。




「でねぇ~って友里恵ちゃん。今、話し聞いてなかったでしょう」

「ごめんごめん!ちょっとだけ、昔の事を思い出しててさ」

「えぇ~何それぇ」

「まぁまぁ、それでこの後はどうしよっか?」

「見たいところも沢山あるけどぉ、まずは何か美味しいものでも食べに行こうよぅ友里恵ちゃん」

「それじゃあ私のオススメにいきますか!」


 そう言ってあの日と変わらない笑顔を向ける友華の手をひいて、私はオススメのカフェへと二人で歩み始めた。


 左手で握る友華の手の温もりを感じて。



 了

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