おまえと世界を滅ぼす一週間
月鮫優花
おまえと世界を滅ぼす一週間
1日目
「ねぇ、おにぃちゃん。人類滅ぼさない?」
遡ること数時間前。おれの弟は山奥での792年にのぼる隠居生活にとうとう痺れを切らしたらしかった。 以前から暇だ、暇だと嘆いていたので、時間の問題だとは思っていた。おれたちの寿命は十分過ぎるほどに長く、身体も丈夫。その上何も食べなくとも生きていけるのだから、山に籠って過ごす日々の退屈を凌げる方法は、最早僅かにしか残されていなかった。
「いつものように目を閉じたり開いたりしていろ。」
「そんなの飽きちゃったよ。それにやっぱり山の外に興味があるんだ。確かにぼくたちのご先祖様は人間との争いに負けたかもしれないけれど、それなら自由を取り返せばいいだろ?」
行きたい!!と駄々をこね続ける弟。それに根負けして、揃って山を降りることになった。
けれどまあ、なんでも食べることができる能力を持つ我々にとっては人類滅亡など造作も無いことだ。油断せず実直に取り組めば一週間ほどで済むだろう。
おれたちはまず山の麓にある施設を襲った。おれの弟はそこの人間の床板を、机を、本を……いろいろなものを目を輝かせながら食べた。
「ああ、やっぱり新鮮な感じ!!」
弟が大空を見上げながら言った。山奥とは違って、木々に遮られない広い空。
「凄いね。あのとびきりキラキラしてる明るいの、食べてもいい?」
「だめだ。あれを食べると寒くなるぞ。」
2日目
たくさんの人間の子どもを食べた。
子どもは大人と比べて力がない。そして知識が少なく好奇心があり、珍しいものに対する警戒心が低い。優先して襲えば人類の数を減らすのに効果的だろう。
そばに大人がいる場合もあったが、大抵我が身可愛さで子どもを守らずに逃げてしまうので背後から急接近し襲う。
「ん〜、やっぱり楽しい!それにさ、食べれば食べるほど強くなった感じがする!どんどん食べて、どんどん強くなろうね、おにぃちゃん。」
そう言って弟はけらけら笑った。食べた子どもの被っていた帽子を気まぐれに頭に乗せてみて、「にあう?」なんて聞いてきたと思ったらすぐその帽子を飲み込んでしまった。人間の真似事なんて、似合うはずもないらしかった。
3日目
今日の夕暮れ時は昨日とは違うタイプの大人に出会った。
「ああ、せめてこの子だけは!私の大切な子なんです。」
子どもを抱きかかえながらそんなことを言っていた。
親子ともども食べ殺した。
「うん、美味しかったぁ。やっぱりおっきい人間の方が食べ応えがあるねっ。それに、ちっさい方を食べた時より強くなった気がするな。」
そして人をどんどん殺し続けて夜になった。おれの弟はぐっすり眠っていた。おれはずっとあの親子の事を考えていた。結局命乞いなんてものは弟には意味をなさなかったが、俺としては思うところがないと言えば嘘だった。
おれたちの両親がいなくなったのは、弟が物心つく前のことだった。最後に母親から聞いた言葉は、「弟をよろしくね」だった。
そんなことを思い出しているうちに、おれは子守唄を歌いたくなった。おれが母親に何度も歌ってもらった歌だ。せめて、おれの唯一の同族のこの小さな背中が、悪い夢を見ていなければいいな、と思った。
4日目
「おにぃちゃん、夜、おうた歌ってくれてた?」
寝ぼけまなこの弟にそう尋ねられた。
「あれ、すっごくよかった。ねぇおにぃちゃん、ぼく、もっとおうた聞きたいんだ。」
それなら、と、街へ行くことになった。人が多いから、たくさんの音があるはずだ。
もっとも、人が多い場所に行くということは大きなリスクを背負うことでもある。基本的におれたちと人間は対立関係にあるのだから。人目についたり、寄り道をして目標達成に時間をかけると、さらに人間に攻撃されやすくなる。いくら体が丈夫で死ににくくても、痛いのは好ましくない。
けれど、この弟の柔らかく微笑む顔を見てしまったら、もう街へ進まない理由などあってないものだ。要するに3日後以降もおれが弟のそばにいて、笑い合って過ごせるならそれでいいのだ。
だから食べて殺して進んでいって、夜になる頃には随分と街に近づくことができたのだった。
5日目
おれたちは沢山の音を聴くために街へ入っていった。
しかし、思ったより人は多くなかった。とは言っても山の麓に比べれば多いのだが、流石にもう少しいてもおかしくないだろう、と感じながら食べた。
背の高い建物は沢山あった。そのうちの一つに外壁が光るものがあって、一人の人間が話している様子が映し出された。
おれはその人間の言っていることの全ては理解できなかったが、嫌な予感がして、弟を連れて無我夢中で走って山へ戻ることにした。
「おにぃちゃん、どうして?」
「あれはおそらく……人間が人間に向けて、未知の危険への警告をしているものだ。人間たちはおれたちの脅威に気づいている!」
6日目
走って、走って、山に着く頃には夜になっていた。
月の明かりすらない静かな闇の中で、息が整うまでじっとしていようとしたのに、弟が口を開いた。
「おにぃちゃん。お願いがあるの。あのね、ぼくを食べて欲しいんだ。」
おれは全くもってその言葉を飲み込めなかった。ぽかん、して口が間抜けに開いた。
「あのねおにぃちゃん、たった数日のことだけど、ぼく、おにぃちゃんとのおでかけがとっても楽しかったんだ。なんでかって、それはもちろん、山の外が新鮮だったっていうのもあるだろうけど、やっぱりさ、ぼくはおにぃちゃんのことが大好きなんだってことだと思う。」
そんなことおれだってそうだ。おれはおまえのことが大好きで、手放したくなんてないって思っているのに。
「それでね、大好きなおにぃちゃんにもっと楽しんでいてほしくて。ねぇおにぃちゃん、ぼくこのおでかけの中でたくさん食べてたくさん強くなったんだよ。しかも食べ物が強ければ強いほど、ぼくは強くなれた。だからね、おにぃちゃんがぼくを食べたらきっと最強になれるんだよ。それで、全部ぜーんぶ滅ぼして楽しんで!」
おれが最強になれる、という理屈は合っていた。そもそも寿命が十分過ぎるほどに長く、身体も丈夫。その上何も食べなくとも生きていけるおれたちの先祖がなぜ人間との争いに負けてしまったのかというと、他でもないおれたちの父親が、力をつけるために同族を食らい続けたからだ。最終的にはおれたちの母親も食われて、おれの同族はもう弟だけだ。
「ほら、食べてよおにぃちゃん。」
明かりなんてないのに弟の姿がやたらとはっきり見えた。微笑んだ弟の全身を舐めるように見てしまって、思わず息を呑んだ。
なぁ、知ってるか、おまえ。おれたちの父親がどうしてそこまで制限なく同族を食べたのか。もちろん対人間戦のためだけじゃない。実はな、おれたちの父親には、同族を食べるたびに言っていた言葉があるんだ。
「おいしい。」
おれはおまえのことがずっと好きだったし、今この瞬間もそれは変わらない。けど、本当はずっと、お前のことが食べたくて仕方がなかったのかもしれないな。
いつのまにか弟はおれの目の前から姿を消していたが、代わりにおれの喉はごくんと音を立てて肉片を飲み込んだ。つまりそういうことなんだろう。
そうして文字通りの最強になったおれは、山を丸ごと喰らって、東の空に見える星に飛びかかっていって、そのまま呑んだ。
なぁ、わかるか?おまえ、おれのなかにまだいるだろ。これがおまえの食べたがっていた太陽の味だよ。ほらみろ、こんなの食べたところでちっとも幸せになれやしなかったぞ。
おれは、おれたちの父親は彼自身の妻を殺した後はどうなったのかは知らなかった。だが、こうしてやっと、おそらく彼は虚しさに負けて自分自身を食べて自死をしたのだろうと分かった。
いっそ時間の概念を喰らって全てやり直そうとも考えたけれども、やめておこう。こんなおれでは、きっといくらやり直してもおまえを幸せにはできないのだから。
おまえと世界を滅ぼす一週間 月鮫優花 @tukisame-yuka
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