第5話
青い鳥のことなんてすっかり忘れてしまった頃、ある男が俺の目の前に現れた。
男はミノルという、店の客だった。
最近よく店に来るなと思っていたある夜、店を出るとミノルが立っていた。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと」
いつもは自分に自信のあるしっかりとした言動を見せる男だった。
堂々とした体に甘いマスク、男より女にもてるタイプのイケメンだが、ミノルほどのいい男はやはり二丁目でもモテる。
ミノルを目当てに来る客もいるほどだった。
こんなふうにアイドルのように仕立てられる客が数年に一度は現れるのだと、店のママが笑って教えてくれた。
「時間ある?」
「え? あ、ああ、大丈夫ですけど」
「どっかいかない?」
「お茶、とか、ですか?」
こんなモテ筋の男に誘われたことがないから、どう対処していいのか、よくわからない。
子供のようなことを聞いてしまった後に、いい大人の男同士が、それが二丁目の男同士が違うだろ! と思ったが、ミノルは笑って受け入れてくれた。
「いいよ、お茶でも。ファミレスでも行く?」
「あ、はい」
盛り場のわりには光の少ない二丁目のメイン通りを歩きながら、どうして俺なんだと不思議に思う。
こんないい男がどうしてと。
若い男の酔っ払いたちが店先で騒いでいて、歩行者の顔を歪めさせる。
「元気いいな」
「そうですね」
ミノルの余裕ある態度が頼もしい。抱かれたいと思った。
急に体が熱を帯びてくる。
隣を歩くミノルの輪郭を舐めるようになぞっていると、その視線に気づいたミノルが言った。
「やっぱり、お茶より、別のことしようか」
俺は男を知らなかったころのようにドキドキしながら、小さく頷いた。
俺たちは、その夜、二丁目を少し離れたホテルの一室に泊まった。
ミノルと別れて、朝の町を歩く。
徹夜明けの目に朝の光は刺激的すぎた。でも、ちっとも気にならない。恋が始まる予感に体が、心が震えていた。
こんな感触は久しぶりだった。
しかも、ミノルはこんなことを口にした。
「遊びじゃないんだ。ってゆーか、遊びにしたくない。つづく関係が欲しいんだ。築いていくような関係が。吐いて捨てるようなことを繰り返す二丁目の恋は、もうしたくないんだ」
こんなことを言う男がいるんだ。
しかも、こんなとびきりの男が。
俺は舞い上がって、思わずミノルに抱きついてしまった。
気づけば喜びの涙さえ流していた。
ミノルはその涙をぺろりと舐め、しょっぱいと一言くちにして、笑った。
感動的なシーンを思い出し、体が痺れる。俺は足を止めた。
周囲は会社へと急ぐ会社員たちが高層ビルが連なる街へ波を作っている。
青い鳥のおかげだ。
そう思って俺は、ミチコにメールした。
ミチコからは、すぐにじゃあ次は私の番かなと返事が入る。
きっとそうだよ。
小さな祈りのようなやりとりの後、空を見上げると、すっかり高く昇った太陽がこちらをまぶしく照らしていた。
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