第3話

「ケンだったら何を願う?」

「え~、俺。俺だったら・・・」


「お金?」

「おっ、意外な意見。ミチコ、金なの?」


「まさか」

「じゃあ、なんだよ?」


「脚本家としての成功かな」

「へえ。どこまでも本気な奴だな」


「本気よ、本気。私は絶対にプロになる」

「俺はもうそんな情熱ないな」


「じゃあ、ケンはなんなの? 何が望み?」

「俺は・・・・・・愛、かな?」


「愛?」


 ミチコがうっすらと笑う。


「ぜって~笑うと思った」

「だって、二丁目で散々男たちと遊んでるあんたが、愛・・・愛ねえ。別にいいけど」


 ミチコは再び窓の外を見る。俺は言うんじゃなかったと思いながら、つられて外を見た。


 ミチコはレズだが、誰かと付き合ったという話を聞いたことはない。


 セックスだけで十分という気持ちは十二分に理解できるが、そんな関係を繰り返すほど、俺のように「本物の愛」が欲しくなるはずだ。


 そう思ってみているが、ミチコの心境の変化はいっこうに起こりそうにない。


 ミチコには確固たる夢があり、自分にはない。そこに原因があるのだろうか。


 そう思うと、なぜか負けたような気持ちになる。いろんな力を兼ね備えているミチコはこんなふうに周囲の人間を知らずに傷つける。


 ミチコより勝っている点は、友達の多さだけだが、それは自分が凡人だからなのだと気づいて、ぬるくなったコーヒーに口をつけた。


「素敵な彼氏、できるといいね」

「え?」


「くっついては別れてを繰り返す二丁目の町にも本物の愛があるって信じたいじゃない」

「ああ、そうだな」


「ケンのお父さんたちみたいに」

「親父たちかあ」


 俺を育ててくれた父親たちは、互いを裏切ることなく、三十年以上仲良く過ごしている。


「ああいうことじゃないの? 本物の愛って」

「まあ、そうだなあ・・・うーん、そうなのかなあ」


 頭では認めているが、言葉ではそれを認めたくない。


「身近なところに夢があったわね」

「そうなの、かなあ」


 いまいち納得がいかない。でも、言われてみればそうなのかもしれない。でも、俺は親父たちとは違う形を手に入れたい。

 同じ形の幸せを手に入れようと思ってもできはしないのだが。

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