第8話

「どうしたの? 急に子供なんて」

「だから、年齢が」


「それだけ?」


 春子が黙り込む。


「だったらいいけど」

「うん、それだけ・・・」


「そっか」


 僕の体に手をまわしたまま、春子はうなずいたが、離れようとはしなかった。

 そして、再び口を開いた。


「前に、進まなきゃって思って」

「うん」


「夏雄がそばにいてくれて・・・いてくれたから、悲しみと向き合えた」

「うん」


「ひとりだったら、怖くて、目をそらしていたかもしれない。向き合うことも忘れることもできなくて、だらだら過ごして、ある日きっと爆発して、おかしくなってたと思う」

「うん」


「夏雄がいてくれたから、父さんと母さんがいなくなっても、誰もいなくなったわけじゃないって、ふんばれた」

「うん」


「ずっとそばにいてくれてありがとう」

「うん」


「めんどくさい女でごめんね」

「うん」


「うんなの?」

「ううん」


「どっち?」

「うん」


「腹立つ~」


 春子が部屋着のよれよれになった、でもお気に入りのTシャツを引っ張る。

 伸びる、伸びると春子の手をおさえた。


 春子はあっさりと手を止めた。


「もう大丈夫だから」

「え?」


「完全に大丈夫ってことはないけど、悲しみや絶望が完全になくなることはないってこともわかったし」

「うん」


「うまく付き合っていけるから」

「うん」


「私にできることを考えたんだ」

「うん」


「失ったことばかりに目をやってたけど、つくることもできることに気づいた」

「つくる?」


「うん、つくるの。家族を」


 前向きすぎる意見に思わず言葉を飲み込んだ。


 息子や娘がいたなら、その急激な成長を目の当たりにしたなら、こんな衝撃に打たれるのだろう。

 春子はここまで戻ってきていた。


 沼をずいぶん後ろに取り残して。

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