第21話


「昨日の爆発も、ポールが私たちを襲ったのも………サブがリングとの間に子供を作ったのも……全て……仕組んだものだったのか……」


絶望と悲哀に満ちた顔面は蒼白になり、心の芯にあったサブへの欠片は破壊尽くされ、最後の一欠片が零れ落ちていく。


「仕組んだなんて人聞き悪いなー。何年もお姉ちゃんに好き勝手な玩具にされてたんだよ? 私が手足を動かしてもすぐに掴んで自分の思い通りに曲げるし、おもちゃの箱から逃げ出したらすぐに捕まえてまた箱に戻すじゃん。操られる玩具の気持ちなんかお姉ちゃんは考えたことないよね?」

「違う! そんなつもりは……」

「そんなつもり…? 人の気持なんか知らないで自分の理想像に作り替えたかっただけでしょ?」


サブの話す言葉の語気が強まっていく。


「私は……サブを危険な目に遭わせたくなくて……守ってあげたくて……これまでずっとその思いだけで……」


鼻水を垂らし泣きながら弁明を続ける。

しかし、メインが口を開くほど火に油を注いでしまう。


「だからその独りよがりの正義感が鬱陶しいって言ってんだよ!」


怒りのボルテージが沸騰し、サブの背中から生えている触手が激しく蠢く。

無数の触手はメインを力任せに捕縛し、締め上げた。


「結局最後まで分かってくれないんだね。無意識に闇の力に飲まれていたんだよね。それで私の人生は滅茶苦茶にされた」

「……う……うぁぁ………あぁあ……」


真実を突き付けられ、抵抗する気力が湧いてこないメインは力なく触手にされるがままとなった。


「だからこれからは私がお姉ちゃんの人生を滅茶苦茶にする番だよ……これが私の願い。受け取ってね」


腰から胸にかけて巻き付かれた触手は腰、胸、首を伝い、耳へ到達した。触手は耳の穴より大きかったが粘液を潤滑油として強引に耳穴を犯し鼓膜への道を闊歩かっぽする。


「やあっ……みっ……耳がぁ……やめっ……」


触手で埋め尽くされた外耳道はその蠕動ぜんどうするくぐもった浸蝕音がダイレクトに伝わる。そして、鼓膜に触手の先端が触れた。


「こ……こまぐっ!! 触らない……でぇ。切れるっ……きれる……っっ!」

「やめないよ。何を言っても聞く耳持たなかったんだからその耳はもういらないよね」

「――――っ!」


触手が鼓膜を押し潰すようにして貫通した。


その瞬間、超音波のような鼓膜の破裂音が全身に響き渡った。

突き刺すような高音は段々と籠った音に変わりながらフェードアウトしていき、メインの世界から音が消え去った。


その様子をサブが薄気味笑いを浮かべながら何かを喋っているが、全く聞こえなかった。さらに触手の侵攻はそれだけで留まることはなかった。


「……おぐぅうっっ!?」


鼓膜の先、神経へと侵攻を開始した。聴覚を失った代わりに、触覚が鋭敏になっていた。

聴覚神経を這いずり回る激悦に雷が撃たれたように反射的に身体を痙攣させた。


「ががっ……! ががガガガがあぁ……みっ……みみがあぁ……! じょ……じょくじゅ……があぁぁあ!?」


視界が明滅し、黒い眼がオセロをひっくり返したように白く剥かれる。


根元から千切れそうなほどに舌を振り回し、唾液を飛び散らせた。頭の中の寄生虫が胎内の神経を傷つけながら我が物顔でずけずけと侵攻していく。

慈悲の無い肉干物蹂躙に身体は激しく上下運動を繰り返した。


「きひひっ……! お耳くちゅくちゅきもちーね、お姉ちゃん? もっとくちゅくちゅしてあげるからね」

「みっ耳がっ! …………あっ……あっ……ああ……」


卑猥な蠕動音を上げながら神経を犯していく。

耳の中で膨れ上がった妖怪は休む暇を与えない。

閉鎖空間となった耳の中を内側から触手が舐め上げながら侵攻していく。脳の神経を刺激されたことによって咳が飛び散った。


「ひゃっひゃめっ……耳ぐるじ……ごほっ! ごふっ! ごほっ! ごほっ!」

 神経を犯され、激しく咳き込んでしまう。頭を振り乱し妖怪触手を振り解こうとするが拘束された状態ではわるあがき悪足掻きにすらならず、かえって反って呼吸の乱れを助長してしまう。


「それだけずっと咳き込んでいたら息ができなくて苦しいかな?もしかしたらこのまま息ができなくて死んじゃうかもね……! 待ってて! 今私が咳を止めてあげるから!」


わざとらしい演技をするとサブはメインの首を掴み、締め上げた。


「ごっっ………! ごぶっ……! ごぶ……っ!」


首を絞めつけたがそれでも咳は止まらなかった。しかし、塞がれた気道で咳は強引に弾き返される。

弾き返されるたびに電気ショックを与えられた時の振動が肉体を否応無しにバウンドさせる。


締め付けているサブの手には咳と一緒に外へ飛び出そうとしている空気が喉元で一瞬心臓の様に膨れ上がる感触があった。その感触をサブは愉しんでいた。


「ビクンビクンってすごいよお姉ちゃん……! ああ……っすっごい苦しそう……」


呼吸できないメインの顔が次第に青ざめていく。

身体の痙攣も激しさを増していった。

それでも触手群はお構いなしに触辱の手を休めない。

頭に血が上り、うっ血状態に悪化―意識を失う寸前まできていた。


唯一の通気口である鼻から一心不乱に空気を取り込む。

その鼻からは触手の粘液が入り混じった鼻水が糸を引いて落ちていった。


「きったない顔……そろそろお掃除しないとね」


触手の抽迭が突然激しくなった。耳と神経を体外へ掻き出す勢いでラストスパートが始まる。


「ふーっ! ふーっ……………ごっ……うぅ……ぅ……」


鼻呼吸をする力すら残っていない。口を半開きにさせ、白目をき、深海のような青ざめた顔を晒しながら命の灯火が消えるその瞬間、両耳の触手が破裂しそうな勢いで膨張し、競り上がる精の濁流を耳で感じながら白色触粘液が体内に舞い降りた。


ビュ……ビュウウウウウ! プシャアアア! ビュッ! ビュッ! プシュウウウ!


精液はあっという間に耳から咽頭、鼻腔、口腔と流れ込み、触精液でごった返した。

メインの首を締め上げるサブの手を押し返し、耳、鼻、口から滝のような精液が流れ落ちる。


「ごぼッ……ごぼぼぼっぼぼぼおおお……! かっ……ごっ……!」


火花のような鮮烈な快感に背骨が折れそうになる。

精液で満たされた頭の中は真っ白に染め上がっていた。


首が折れそうなほどに頭は天国の方角へ向き、魂が口から吸い上げられるようにして流れ来る白濁液が噴水のように噴き上げられ宙を泳いだ。


「あはは! お姉ちゃんすっごーい! 口から噴水吹き出してる!」


惨たらしい姉の死んだ表情を目を丸くさせながらサブは嬉々とした様子で見つめていた。


死から生への魔悦に緩み切った膀胱からはしたない量の小水が秘所の周りで潮騒しおさいを立てながら吹き荒れた。

絶頂は触精液が出尽くしても暫く続き、その姿は正に狂人の様相をていしていた。

サブはメインが大人しくなるまで、白濁に染め上げた姉の顔を一時たりとも見逃さず楽しそうに見つめている。


「お姉ちゃん? 大丈夫?」


ようやく大人しくなった姉を嫌味たっぷりに妹が心配をする。


「はっ……はぁ…………はぁ……あぁ……はぁ……」


メインは心ここに在らずといった表情で肩で息をしている。

呼吸の時に競り上がって来る触精液の残滓ざんしを吐き出していた。

鼻にこびりついた精液が時折、シャボン玉のように膨らんでいた。サブはそんな被虐体を気にも留める様子すらなかった。


「良かった! 無事みたいだね! あのまま死んじゃったら一人ぼっちになっちゃうところだったんだよ。生きてて本当に良かった……いつもは助けられてばかりだったけど、お姉ちゃんのこと助けることができてすっごく嬉しいよ!」


サブは精液で汚れたメインの顔を手で優しく拭き取った。


光を失った姉の顔はこれまでで一番美しい顔だった。澄み切った白い肌に生気を失った真っ黒な瞳。心を奪われた時には口づけを交わしていた。


「お姉ちゃん……これが本当のお姉ちゃんだったんだね」


目の前に現れた女神像をサブは崇拝した。


「ってもう私の声は聞こえないんだったね……でも大丈夫! 声が聞こえなくても想いを伝える方法を考えたんだ!」


射精をしてサブの背中に戻っていた触手が再びメインの耳に入った。


「あぁ……あんっ……」


最初とは全く違う反応。すでに耳の開発は完了していた。

強行突破していた一度目とは違い、易々と触手の通過を許していく。耳を犯される快感を覚えた口からも艶やかな嬌声が発された。触手は外耳道、鼓膜、神経とどんどん奥に進んでいく。


また頭の中をいじくり回される――そう思っていた矢先だった――


「………ぐががが! あがががぁああああああ!」


頭の中で電気玉が爆発したような激痛に襲われた。

突然の事態に歯をカチカチと震わせながら激しくもだえる。


「さっきのは頭のくちゅくちゅ。頭のくちゅくちゅは脳をほぐすための準備運動にすぎないんだよ。これからが本番」


「じょっ…………じょぐ……じゅが……あ゛だまに……はい゛っでぇ……ぐっ…が……のう゛う゛……ががっ……じょぐ……ぐががががああああ!!!」


神経を伝った触手は遂に人間が生きる上で最も重要な器官、脳にまで到達した。


「お姉ちゃんは『ばく』って知ってる? 獏さんはね、人の悪い夢を食べて良い夢を見させてくれるんだよ。本で知った時、いつか獏さんのような夢を与えられる人になりたいな……そう思ってたの。私の目の前には悪夢を見続けている人がいつも傍にいたから。その人の夢の力はすっごく強くて、大きくて私の力ではどうにもできなかった」


淡々としている語り口調だったが言葉の節々には長年の恨みつらみが聞いて取れる。


「そして段々、私も悪夢を見るようになったの。でもある時、お母さんからもらったこのペンダントが私を悪夢から救ってくれた。真っ黒い本当の光を見ることができるようになった私は白い光に照らされている人を変えられる力を手にした。だからこれからは悪夢を見ている人たちの心を救って私は獏になるの! 今私が生まれた時から悪い夢を見ている最も身近で大切な………お姉ちゃん……私がお姉ちゃんの悪夢を食べてあげるから!」


サブの決意表明と共に頭の中の触手先端が丸い口が開いた。射精の合図だった。


「やっ……やぅ……やめぇ……ぐわっ! ぐわ……れっっ……っぅ! ……る……のうぅ……ぐわれっ……がっ」


『メイン、アナタの子供ができるのよ。大切に守ってあげてね』

『サブ! 私よ! メイン!あなたのお姉ちゃん!』

『サブ! 私が守ってあげるからね!』

『メイン、サブこの国はお前たちに任せた。』

『サブ、いつまでも一緒だよ……』

『いやだ……私……サブのこと……守れ……なかった……』


過去の思い出がフラッシュバックされる。辛い記憶も良い記憶もあったが、その中にサブがメインに対して心から笑っている姿はどこにもなかった。


浮かんでくるのは一方的な笑顔だけ。鏡でしかみたことのない自分の顔。

初めて自分がサブに向き合っている自分自身の姿を客観視することができた。


その表情は悪魔の表情をしていた。サブの心と体を捕えて離さない。

余りにも自分勝手なメインがそこに映っていた。


「ああ……私は……こんなにも……」


死を前にして妹の本当の気持ちに気づいたメインだったが全てが手遅れだった。脳と接着した触手の吸引口からスポイトのように脳が吸い上げれる。


「ぐががががが! ぐぎぎっ……ザ………ぐがあああああ」


けたたましい最期の絶叫。それは余りにも遅過ぎた贖罪の断末魔だった。

最期の一滴まで吸い尽くされた時、視界は一瞬で真っ暗になった。

全身がダイアモンドのように硬直した後、穴の空いた風船のように張り詰めた身体から力が抜ける。

やがて自分のという存在そのものが頭の中から消えていった。

メインの悪夢を吸い尽くしたサブはその大きすぎる自分への記憶に吐き気を催した。


「うっ……えっ……! 本当に気持ち悪い」


気持ち悪さのあまり、脳を吸い上げた触手が慌てて耳から飛び出し、吸い上げられた記憶が茶色い液体となって吸引口から排泄された。

産まれた時からついさっきまでの記憶が地面に撒き散っていく。

メインの中からサブの記憶が消えてもサブの中のメインの記憶は決して消えるものではない。


最後の総仕上げをするために、触手から脳漿のうしょうを一滴足りとも残さず出し尽くした。


「うふ……うふふふふふ……忘れられちゃった…………どうして……」


姉の身体は目の前にあるのにピクリとも動かない。


「私の中でお姉ちゃんは生きてるのに……手足はこんなにも自由に動かせるのに、さっきまで死んでいたんだよ。それが今! お姉ちゃんの死と引き換えにサブという存在は新たに生まれた! だから今度は私がお姉ちゃんを生復活させてみせる! これから生まれてくる最愛の妹、メインの『姉』として!」


ペンダントを強く握りしめながら高らかに宣誓をしたサブの眼には涙が流れていた。


かつてない瘴気がサブの身体から溢れ出し黒い霧を作り出す。


濃淡の瘴気と一緒に三度みたび触手がメインの耳を襲った。

脳が喰いつくされたメインはまるで人形のようにピクリとも動かない。

光が潰えた目は瞬きすることなくサブの方向を見続けている。

抵抗を受けない触手はあっという間に空っぽになったメインの頭の中までやってきた。万感の願いが今正に成就されようとしている。


哀しみの涙を浮かべていたサブの目は細く恍惚こうこつな光を浮かべていた。


「これから空っぽのお姉ちゃんの心と身体を私の願いでいっぱいにしてあげるね」


触手が徐々に膨張していく。サブによって作り出された偽りの記憶が触精液となって書き込まれようとしている。ミサイルのようにパンパンに膨れ上がった触手は些細な接触でも根元から破裂しそうだった。


「これで…………自由を掴み取るんだ……レミニセンス・アルゴム!」


射出口が開き、せき止められていた白色の触精液がメインの頭の中を駆け巡った。


作り上げられた20年分の記憶が脳を形成し、光の速さで脳内に書きこまれていく。

メインを構成していたサブへの記憶が刷り込まれていく。


屍となっていた身体が息を吹き返し、脈を打ち始めた。

メインの身体が崩れた積み木のように時折、ガクンッと弓なりに腰を突き出し、死んでいた目は静かに閉じられた。


触精液の注入は止まらない。

メインの頭が偽りの記憶で満たされていく。そして遂に射精が止まり、最後の一滴まで出し尽くされた時、サブの想いが全てメインに刻み込まれた。


満願成就を成し遂げたサブの気持ちは最高潮に達していた。

頬を桃色に染めながら、興奮の吐息をふしだらにまき散らす。


「ふっ……あはっ……はははっ……! 私の妹、妹が生まれたんだ!」

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