第19話


サブが生まれる前の王宮――メインはこれから生まれてくる妹を心待ちにしていた。


「おかーさん! 赤ちゃん……!」


覚えたての言葉をあどけなく使いながら、メインは目を輝かせ母トライロールのお腹を笑顔で見つめた。

母のお腹は臍の緒の少し上あたりからなだらかに、大きくアーチを描くようにして膨らんでいた。


ここまで大切に育んできた生命を包み込むようにさすった。

母の手の温もりが胎内を通じて胎児へ愛情が注がれる。


「ふふっ……そうよ。メインももうすぐお姉ちゃんになるの」

「お姉ちゃん?」

「そう、メインはお姉ちゃんになるの。お姉ちゃんはね、ママの赤ちゃんを大切に守って助けてあげてほしいの。そうして赤ちゃんと一緒に大きくなってほしいわ」


「お姉ちゃん……! うん! わかった! 私! お姉ちゃん! お母さんの赤ちゃん大切にするね!」


お姉ちゃんという言葉が気に入ったのだろうか。

大きく輝いている瞳が更に開き、メインは元気一杯に「お姉ちゃん、私、お姉ちゃん」と何度か呪文のように唱えていた。


その姿を見て安心した母トライロールはメインの滑らかな髪を優しく撫で、目を細めながら「お願いね」と呟いた。


数か月後、サブは無事に生まれ、メインはお母さんの言いつけをしっかり守り、いつも傍でサブの子守りをしていた。


本来であれば母親がやるようなこともメインは精力的にお世話をした。

トライロールもそれを止めるようなことはせず二人がすくすくと成長していく姿を温かく見守っていた。

そんな二人の風景を見るのが幸せだったからだ。

しかし、それは突如としてがれきのように崩れ落ちていった。


「ママ……怖いよ……外から悪い声がいっぱい聞こえてくる」


サブがその目に涙を沢山浮かべながら震えた声で体を縮こまらせる。

胸にかけているペンダントがその恐怖心を物語っていた。

まだ幼い年齢。物心ができたばかりの子供にこの状況は余りにも危険で過酷なものだった。


「ママ……パパは……パパは大丈夫なの……?」


サブほどではないがメインも身体を震わせていた。

それでも愛する妹を守るため、自分の恐怖を和らげるためにもサブの手をしっかりと握っていた。

その手の中には母からプレゼントされたダイアモンドのペンダントも握られていた。


「大丈夫よ。パパは今悪い人たちと戦っているの。パパは絶対に負けないわ。パパは私たちのヒーローだから!」


トライロールの明るい笑顔が二人の緊張を解きほぐした。母の笑顔につられるようにしてメインとサブがたちまち笑顔になる。


二人の心にはかっこいいパパ、ミネ王国第六代国王タウゼンハーベスの姿が頭に描かれていた。


表情が明るくなった二人を見て安心したトライロールは二人を抱き寄せ、励まし続けた。

しかし、状況が好転することはなく、部屋の外では聞いたこともない人間の叫び声や金属がはじき合う音、肉を切られる音、肉を切られた兵士達の断末魔が四方八方から降り注いでいた。


ミネ王国との近隣国であり、敵対国として古くから襲撃をしてきていたアクマダリ王国がミネ王国を征服すべく突如として侵攻を開始してきてのだ。


戦闘は勢いは衰えることなく自国の兵士と思われる怨嗟えんさの声が次第に大きくなってくると、トライロールの表情は徐々に曇り始めていた。


その時、開かずの間だった隠し扉が開き、三人の緊張感が一気に高まった。


「ロール! メイン! サブ! 無事か!」


その声は父タウゼンハーベスの声だった。


「パパ!! ……パパー!」


二人が父の元へ泣きながら駆け寄っていく。タウゼンハーベスは両手を広げ愛娘達を笑顔で抱きしめた。


「二人とも元気だったか?」

「うん! パパが来てくれたから元気!」


さっきまで泣きじゃくっていたサブが太陽の笑顔で答えた。


「パパ! サブはね、パパのこと泣きながらすっごく心配してたんだよ……でも、会えて良かった!」


心配で泣いていたことを暴露されたサブは少し恥ずかしそうに身体をもじもじしていたが、父親に再会できた喜びの方が遥かに大きかったのか思い切り父に抱き着いた。


「ごめんな心配かけて……ロールも二人を守ってくれてありがとう」

「あなた……無事で何よりです」


夫婦として多くの時間を過ごしてきたトライロール。夫との再会で一番気持ちがこみ上げているのは間違いないだろう。


それでも我が子を第一とし、母親として伴侶として感情的にならず最愛のパートナーとの再会を心の底から喜んでいた。

これが家族最後の団欒。そのことがわかっていたタウゼンハーベスがサブを、トライロールはメインを抱き抱え一秒一秒を噛みしめるようにこれまでの思い出を抱きしめていた。


そして二人はゆっくり我が子を下ろし、メインとサブの目線の高さに腰を落とした。


「……メイン、サブ、パパとママから最後のお願いがあるんだ」

「なに? パパ?」

「パパとママはな。これから悪い奴らをやっつけに行かなくちゃならないんだ。だから、もう、二人に会えなくなっちゃうかもしれない」

「でもパパとママに会えなくなったとしてもメイン、サブならパパとママがいなくても絶対に立派になれる」

「パパとママがメインとサブを守っていたように、今度は二人がこの国を守ってほしいんだ」

「嫌だ! もっとパパとママと一緒にいたい!」


サブが大粒の涙を流しながら懸命に訴えていた。メインも言葉には出さないが目が充血し、不安に押し潰されそうになっている。


「大丈夫。二人ならきっとやれる。何たってパパとママの子供なんだから!」


トライロールが二人を励ます。その目には一切の悲しみはなく、ただ真っすぐ―きらきらとした笑顔でメインとサブを見つめていた。


「……行こう……サブ。大丈夫だよ。パパとママが負ける訳がない! だってパパとママはすっごく強いんだから!」


決心をしたメインがサブの手を強く握る。その手は震えていた。


「うん……わかった……パパ、ママ、絶対帰ってきてね!」


サブはメインの手を強く握り返した。その手は震えていた。


「ありがとう。悪い奴ら倒してすぐ帰ってくるからな!」

「うん!!」


最後の別れ―もう二度と戻ってこないというのは本能で理解していた。それでも、二人は元気よく返事をし、家族全員で抱き合った。


「さよなら……パパ、ママ」


第六代国王タウゼンハーベスと王女トライロールはアクマダリ七世との壮絶な戦いの末、返らぬ人となった。

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