第16話
――嫌だ! 嫌だ! サブ! 何処にも行かないでくれ! サブ!
闇の中――私は無い腕を伸ばした。無い脚で駆けた。無い身体を必死に動かした。
だが、サブの姿は見えない。またあの時と同じ場所だ。
ポールに死辱射精を受けた時と同じ場所……思い出したくもない。
リングの死辱に耐えきれなくなったメインの身体はリングの射精後完全に途絶えた。
意識が断たれる感覚の後に目の前に現れたのは真っ暗な空間。
周りの景色も自分の重さも感じることができない夢のような世界だった。
メインはその中でもがき続けている。
最愛の妹との再会。
しかし待っていたのは余りにも悲しく、残酷な結末だった。
あの時メインの心は無くなってしまっていた。サブへの心が無くなった時、この世から消えてしまいそうだった。
それからリングが種を植え付け、私の身体はサブと完全に離れた。
それでも私は諦めきれなかった。二度の死、目の前で妹に決別の挨拶をされても尚、狂人のようにサブの事を想い続けている。
この身が無くなろうともこの心だけは失ってはいけない!
闇の中を駆ける。どれだけ凄惨な目に会おうとも、精神が擦り減ろうと立ち止まることなく駆け続けた。
その気持ちに応えるように闇の中から声が聞こえた。
おぎゃあ……おぎゃあ……
赤ん坊の声だ。その声に引き寄せられるようにメインの意識が近づいていく。
やがて声の近くまで来ると赤ん坊はほんの僅か、灰色に光りその実体を現した。 そして灰色の光に照らされるようにしてメインの無くなっていた身体が照らし出された。
メインはそっと赤ん坊を抱きあげると母としての本能が脳内を駆け巡った。
――これは……私の子だ……私の身体から生まれた子だ。
我が子との出会いに驚きを隠せなかったがすぐに受け入れがたい現実に気づく。 この子は私とリングの間にできた子供……吐き気が止まらなかった。
望んでいない性交の末、本当に子供が生まれてしまった。
その事実を知った時抱きかかえている両手の力が無くなりそうになった。
だが、生まれてくる子に罪は無い。
その感情が無くなりかけた腕に力を与えた。事後、全てが手遅れとなってしまい、逃れようない現実に直面し悲愴感に満たされていく。
別の声が闇から聞こえてきた。
おぎゃあ……おぎゃあ……
また赤ん坊だ。メインは恐る恐る声のする方へと近づいていく。
その赤ん坊は真っ黒だった。
赤ん坊を中心にメインとメインの子のブラックホールのように吸い込まれていきそうになる。
自分の子供明らかに違う異質な雰囲気。
恐る恐る黒い物体を抱き上げる。
すると真っ黒の中から白い瞳がぎょろりとメインを覗き込んだ。
目線は離さず焦点を幾度か変え黒の赤ん坊が産声を上げる。
「お前の妹はどこだ?」
モザイクのかかった、くぐもった感情の無い声。
――わ、わからない。
「私はリングとお前の妹から間にできた生まれてくる筈だった子だ。しかしどういう訳か私は望まれなかった。私の存在は子宮の中で消され、外に出ることなくここを彷徨っている。お前の妹は私を不要と判断し、生まれてくる前に殺した。私は望まれていないのだ」
サブがリングとまぐわっていたのは本人の口から言っていたが本当に命の性交をしているとは考えたくもなかった。
だが、実際に二人の間に子供はできていた。サブはその命を拒絶した。
嫌だったから棄てた。それだけのことだった。
「ところでお前、その手に抱えているのはお前の赤ん坊だろう? 顔を見ればわかる。だが、お前と一緒にここにいるってことはこいつが生まれる前にお前は死んだんだ。お前も薄々気づいていただろう―だが不思議だな。全く悲しい表情をしていない。寧ろ安堵している。自分の心に正直になれ。そいつは俺と同じ要らない子だ。ならどうするのがいい?」
――違う……この子に罪は……
言葉ではそう言っているがメインの手には力が入らなくなってきていた。
「その手こそがお前の本心だ。簡単なことだ。お前の望む子は誰と誰の子だ」
――サブ……サブ……
祈るように妹の名を口に出す頃にはメインの手から我が子が落ちていった。
再び闇に堕とされた赤ん坊は必死に泣き叫んでいる。
その姿を見てサブの赤ん坊は悪魔のささやきを続けた。
「これでお前は愛する妹と同じになったわけだ。お前の妹も辛かっただろうなあ…そうだ、俺を生み出したのはサブじゃない。リングだ。サブはただの女として形を産むだけの依り代に過ぎない。本当に生み出しているのは遺伝子を繁殖させるという確固たる意志を持った者だ。それは雌だろうが雄だろうが関係ない。辛かっただろう。俺という望まれない存在が体内で繁殖した時は。それを犯した奴にお前も同じことをされたんだ。互いに嬲られ、辱められ、遺伝子という精を吐き出され要らない生命が生まれた。お前は肉体が死に、妹は心が死んだ」
悪魔のささやきでメインの宝石が真っ赤に染まり闇と交わると、辺りを焼き尽くすほどの血と闇が混じる赤黒いオーラが燃え盛っていた。
「誰よりも大切な妹とバラバラにした苦しみを味わわせた首謀者をどうしたい?」
――コ……ロス……グをコロ……ス。
「そうか。だったら今お前が何をすべきかわかるよな?」
それが赤ん坊の最後の言葉だった。
――アア……
刹那、サブの赤子が滲んだ赤黒い血のオーラを纏った拳で殴られあっという間に炭と化した。
――ウルサイ……
メインは下で泣き叫ぶ我が子を吸い終えたタバコのように踵から踏みつけ左右に捻り潰した。
闇の中で
怒りというただそれだけの感情に身を任せ闇の空間を力任せに引き裂いた。
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