第11話
☆
リングが生まれる二年前、リングの姉であるコナが母アナと父キンシの間に生まれた。
アナとキンシの出会いは娼館街だった。
当時駐屯兵の仲間と一緒に娼館街へ出向いた時にアナが別の男に
たまたまその現場に居合わせたキンシがアナを助け、キンシはアナの美しさに一目惚れし、アナもまた屈強で勇敢なキンシに一目惚れをしていた。
二人はまさに出会った時から相思相愛だった。
その後、二人は恋人関係となり娼婦と客の性交ではなく恋人同士のまぐわいを重ねていった。
そして出会って間もない頃に子を授かると、すぐさま結婚しコナの出産を迎えた。
「コナ! なんてかわいい女の子なんだ……アナ……本当に辛かっただろう……これからは俺がアナとコナを命を懸けて守るから……!」
「キンシ……私もうれしい! あ、見て! コナの笑った時の表情! とても私に似てるわ! それに笑った時にえくぼができてる。可愛い……!」
「ああ、本当だ! とても可愛らしいよ」
二人はコナの誕生に目を麗わせながら喜びを噛みしめあった。
「アナ、そんなに宝石を集めてどうしたんだい?」
「ええ、これは今から町に出て売ってこようと思うの」
その言葉を聞いてキンシは腰を抜かす勢いで驚いた。
「どうしたんだ!? その宝石は君が努力をして集めた宝物なんだろう!?」
アナは若い頃、買い物に出ていた時にイエロージルコンのブレスレットと出会い、その魅惑的に光る宝石を見て瞬く間に魅了された。
以降宝石の虜となってからは稼ぎの良い娼婦として働き、得たお金で宝石を集めていた。
キンシと結婚するまでは宝石のために人生を捧げていたといっても過言ではない執心ぶりだった。
そのアナが宝石を売るといったことにキンシは
「不思議なことなんだけど、あなたと出会って……コナが生まれて……私の中で宝石よりも大切な物が見つけられたの。今まで自分のために使っていた時間をあなたとコナのために使いたい……お料理も子育ても頑張りたいし…それにもう一人! 子供ほしいしね!」
結婚した時にもう一人子供が欲しいと話をしていた。
その気持ちは初めての出産という苦悩を味わっても、変わることのない思いだった。
「だから……自分のことだけにお金と時間を使うのは止めるって決めたの。私は元々娼婦だったから……何か特別な才能があるわけでもない……まずは一番身近な所から変えていこうと思って。ほら、子育てってお金かかるじゃない? 私はしばらくコナの面倒をみないといけないから。これで少しでも楽させてあげられたらと思って」
突然の決意表明は過去との決別でもあり伴侶として、親としての覚悟の表れでもあった。
「アナ……本当にありがとう……君に出会えて俺は世界一の幸せ者だ……」
こうしてアナは自分の生きた証でもある宝石を全て売った―最初に買ったイエロージルコンのブレスレットを残して――
姉コナが生まれた二年後、妹リングが生まれる。
母親のアナはあれから織物や家庭菜園などに精力的に取り組み、育児を通して我が子であるコナ、リングと一緒に成長した。
キンシも結婚当初は部隊長だったが今では軍隊長にまで官位を上げるまでになった。
コナとリングもアナとキンシが沢山愛情を注いだおかげで、二人とも快活で明るい美少女へと成長した。
白い肌、足首から
対照的に太股からヒップにかけては女性の魅力を詰め込んだような大きく美しい丸みを帯びている。
引き締まった腰に、目が釘付けになってしまう張りのある前へ突き出た双乳。
これ以上ない幸せな家庭を築いたアナとキンシ。
二人は運命の出会いを経て大きく人生を変えた。そしてまた、キンシの何気ない一言から運命は大きく変わり始める――
「コナってさ、お前にそっくりだよな。逆にリングは俺にそっくりだよな」
夫婦で仲睦まじく団欒している最中、キンシが唐突に呟いた。
「そうかしら? ……でも確かにコナは目元とか鼻とか私に似てるわね」
「特に笑った時の表情なんかは生まれた時からお前に似ていた。なんて話をしたよな」
「ええ、そうだったわね。性格もリングに比べたら大人しいわね。コナとは沢山の時間を一緒に過ごしたから私に似たのかしら。ふふっ」
アナが昔を思い出すようにして懐かしく微笑む。
「逆にリングはアナタ似よね。特に耳は形から耳朶の大きさまでそっくり! それに小さい頃から元気たっぷりで病気にも罹ったことほとんどなかったし」
「そうだな。リングが生まれた後は落ち着いた時間もとれてたから一緒に過ごせる時間も多かった。だから余計に俺に似たのかもな」
コナとリングは二歳しか違わない姉妹だが、その外見は確かに違いがあった。
姉のコナは可愛らしい女性らしさが際立っていた。
キューティクルに伸びた睫毛、優しい目元、バランスの整った美しい鼻は母親譲りだった。
逆に妹リングは父キンシに似ており、快活さを感じさせるぱっちりとした目、大きな耳の形からふっくらとした耳朶、更には性格も父親によく似ていた。
何の変哲もない会話はこの時一旦終わりを迎えたがその日の夜、いつものように食卓を囲んだ一家の話題もこの話で持ちきりだった。
「確かに私はお母さんに似てるかも」
「これからもお母さんみたいにどんどん綺麗になるわよ」
アナが自嘲しながら笑っている。実際、アナは年齢を増すごとに大人の女性としての魅力が増していた。
「逆にリングはお父さんによく似てる」
「そうだよねー。お父さんと雰囲気が似てるってつい最近コナからも言われたし本当に似てるー? ちょっと見てみてよー?」
そう言うとお父さん子のリングは席を立ち、父親の近くに立って同じ方向に顔を向けた。
「あ、すごい似てる!」
「目元とか耳の形。そっくり!」
アナとコナが少し驚きながら二人を楽しそうに見比べていた。
毎日当たり前のように顔を合わせているのであまりに意識していなかったが改めて見るとよく似ていた。
「お母さんとコナも一緒に並んでみてよ!」
リングがお返しとばかりに二人にリクエストする。
「ええ? しょうがないなぁ」
コナは照れくさそうだったが、嬉しそうに母親の近くに身を寄せる。
「似てる似てる! なんだっけこういうの、オー……ラって言うんだっけ? 二人から同じオーラが出てる!」
「お母さんと私からオーラなんて出てないわよー」
コナは面白半分に受け止める。キンシが言っていたように目元、輪郭はアナによく似ていた。
そして豊潤な肉体も受け継ぎ、女性の象徴である豊満な胸や
「ほらほら! 二人とも表情が硬いよ! 笑って笑って!」
リングから二人へ笑顔のリクエストが入った。二人は照れながらも幸せに満ちた表情で笑った。
「笑った表情そっくり! お父さん見て! 笑い方もそっくりじゃない?」
「確かに似てるな……! お母さんもコナもいい笑顔だ」
二人を見比べるキンシ。その時一つの違いに気づく。
「コナは笑った時にえくぼができるよな。お母さんにはないコナだけのチャームポイントだ!」
これまでもコナの笑顔は何度も見てきた。
笑った時にできるえくぼには気づいてはいたもの可愛らしいと思うだけで全く気にしていなかった。
しかし、改めて考えると笑った時にえくぼが出るのはコナだけだった。えくぼをきっかけにキンシは更に思考を張り巡らせる。
(確かに似てはいるが………何か足りない感じもする……リングにはあって、コナにはない面影……)
コナはアナに似ている、アナの遺伝を多く受け継いでいるというのは外見からも分かっていた。
しかし自分の面影が何故か感じられない時は今までも何度かあった。
生活の中で自分と似ている部分もあると思うことはあったが、それは後天的なものであって、生まれながら動物が本能で持っている我が子への愛情、執着というのがコナを前にして感じられずにいた。
それでもアナが孕んだのは自分とまぐわった後である事は間違いないので、気のせいだと思っていた。
その感情はリングが生まれる前まで変わらなかった。
リングが生まれた時はコナが生まれた時になかった動物として、親としての父性が刺激されているのを自然と感じていた。
(そう、あの時はたまたま仕事が落ち着いていた時期だったから……始めてリングの顔を見た時この子は俺の手で護らなければ。無意識の内にリングを本当の子として育ていた……いや……それはおかしい……俺は何を考えているんだ?)
それじゃあまるで…………コナが自分の子じゃないみたいじゃないか。
この日は姉コナ二十歳の誕生日。
妹リングが十八歳という節目を迎え、コナもこれから大人として難しい時期に差し掛かろうかというタイミングで母はとびっきりのプレゼントを贈った。
「コナ、誕生日おめでとう。今年はとっておきのプレゼントを用意したわ。さあ開けてみて」
決して大きくはないが上品な木箱に可愛らしいデコレーションがされていた。コナは嬉しそうにプレゼントの中身を空ける。
「これってもしかしてブレスレット? しかもキラキラした宝石が付いてる!」
クリーム色を基調としながらも美しく輝くブレスレット。
淵の部分は細かい真珠のような球体が覆い、側面部には四葉のクローバーをかたどった模ったアクセサリーが均等に配置されている。
装飾には黄金に輝く宝石が所狭しと埋め込まれていて大人の華やかさを放っていた。
「お母さん、この宝石すっごく綺麗だよ!」
コナが興奮した様子で目をキラキラさせながらブレスレットを観察している。
「その宝石はね、イエロージルコンっていうの。とっても綺麗でしょ」
優美でエレガンスな雰囲気を纏っている透き通ったこがねいろ黄金色の宝石は、酔いしれてしまいそうほどの魔性の煌めきを放っていた。
「これは私が大人になって、始めて買った宝石なの。でも……私にはもう必要なくなってしまった物だったから……コナにプレゼントしようと思ったの。受け取ってくれる?」
アナはコナが生まれた後、生きがいでもあった宝石収集を辞め、それらを全て売っていた。
しかし、初めて買ったこの宝石だけはどうしても売ることができずに箱の中で眠り続けていた。
コナの誕生日という節目の日に永き眠りから覚めた秘宝は神々しいを耀き存分に解き放っていた。
「お母さんありがとう!」
宝石の魅力に引き寄せられるようにしてコナはブレスレットを腕に嵌めた。
元々大人びた雰囲気に華やかな装飾が一つ付け加えられたことで、女としての美しさがこれまで以上に洗練されている。
「コナ、誕生日おめでとう。お父さんからの誕生日プレゼント……だ? って、綺麗なブレスレットだな。これはどうしたんだ?」
仕事から帰ってきたキンシがプレゼントを手渡そうと思った時、見覚えのあるブレスレットが視界に入った。
「お母さんからのプレゼント! すっごく綺麗だよね! どう? 似合うでしょ?」
興奮冷めやらぬ様子で母からのプレゼントを自慢する瞳は宝石に負けない煌めきだった。
「ああ、とっても似合っているぞ。見たことあるものだと思ったらお母さんが身につけていたものだったか。そういえば初めて会った時もこの宝石つけていたな」
アナとキンシが運命の出逢いを果たしたあの日、アナはこの宝石を身につけていた。
だが、宝石を全て売ると決意していた時にはこのブレスレットも腕から外れていた。
一緒に売ってしまったものだと思っていたが、どうやら特別なものだったらしい。
「まるで……アナそっくりだな」
腕にブレスレットを身に付けただけだったが、父は出逢った時のアナだと錯覚するほどに娘から昔の面影、雰囲気を感じていた。
しかし、それを引き剥がすようにしてコナから別の面影が現れた。
それは妻でも娘でもない違う影。
顔も名前も知らない、何者かもわからない異色の血がコナの体内に遺伝子として隆々に流れている感覚をキンシは感じ、酷い嫌悪感に苛まれた。
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