第6話


まだとメインとサブが生まれるずっと前――とある村で二人の夫婦が旅立ちの別れを告げていた。


「ポール、もう行くのね。私……あなたが帰ってくるのを待っているから」

「ああ! でっかい男になって帰って来る。必ずだ。待っていてくれ」


別れの言葉を伝え合い、ポールは決して愛するフーリに背を向けて歩き出した。男の大きな背中が歩みを進める毎に小さくなっていく。


「ポール……待って! これ…受け取って」

「これは……フーリがいつも形見離さず身につけていた指輪じゃないか」

「ポールに持っていてほしいの。それでまた戻ってきた時に私に返して…約束」


離れ離れになってしまうが、この指輪を見て少しでも自分のことを思い出してくれたらと――そんな願いを込めてフーリはポールに指輪を嵌めて送り出した。


フーリは愛する夫の姿が見えなくなってからもその先を見つめていた。


「今日からお世話になるポールです! よろしくお願いします!」

「おお! こりゃ威勢の良い奴が転がり込んできたな!」


ポールは出稼ぎのためにミネ王国とウォレア王国の境にある鉱山で炭坑夫として働き始めた。

ポールの住んでいた町は王国から遠く離れた所にあるのどかで平和な町である。故に、町としての発展は見込めない。

最低限の慎ましやかな生活。そういった問題からも王国へ移り住む者が多い中、この街で生まれ育った幼馴染のポールとフーリはこの町に住み続けることにした。


しかし、経済的な問題を解決するのは難しく、ポールは遂に炭鉱夫として出稼ぎをすることを決意した。

フーリとの約束を守るため、故郷での生活を楽しむためポールの心はやる気に満ち溢れている。


「お前には俺と同じエリアの採掘担当をしてもらう。少しは鍛えているようだが……そんなんじゃあまだまだひよっこだ。みっちりしごいてやるから覚悟しとけよ!」

「はい! よろしくお願いします!」


こうして炭鉱夫としての生活が始まった。


「俺らが掘り進めているエリアだが、ここでは宝石の原石となる鉱物を採掘している。採掘前に発破する必要があるからそん時は気を付けろよ。よそのチームでは安全確認を怠らずに発破して死んじまったやつがいるからな。ま、問題を起こさなければ関係のない話だ。最初は大変だと思うが馴れちまえばどうってこたぁない」


最初は基本となるツルハシの使い方から教わった。振り下ろすだけの単純な動作だがこれが中々に奥が深いという。鉱石を傷付けない集中力と繊細さが求められる。


次に鉱物は大小様々であり、大きければ大きいほど希少価値が高く金になるらしい。

だが、大物はそう簡単に掘り当てられるものではない。数少ないチャンスを確実にものにするため、小さな鉱物でも基本にのっとった丁寧な採掘が上達への近道だとリーダーは言っていた。

そしてこの鉱山では生産性向上のため、いくつかのチームを形成して、チーム同士で採掘量を競っている。個人で採掘量が多かった時はもちろん、チームの成績が良ければ臨時報酬も見込めるという話だ。


「気合い入れて頑張ってくれ。俺からは以上だ。何か聞きたいことはあるか?」

「大丈夫です! ありがとうございます! チームに一日でも早く貢献できるように頑張ります!」

「おう! 頼んだぞ!」


快活な返事にリーダーもポールに期待を寄せていた。ポールはフーリのため、チームのためにしゃかりきに働き始めた。


カーン! カーン! カッカーン!


フルスロットルで振り下ろすツルハシから威勢の良い音が鳴り響く。

今回の新人はフレッシュで期待できそうだ。周りのベテラン炭鉱夫たちよりもハイペースで採掘を進めていく順調な滑り出しだ。


しかし二時間も経つ頃には疲労からか徐々にペースが落ちていき、アップテンポなメロディを奏でていた採掘音もいつしか不規則な単音に変わっていた。


元々農夫として働いていたこともあり力仕事に自信はあったが、想像以上にハードだった。

日の光が差し込まない山の中で何時間も同じ動きしていると集中力が無くなってくる。

今日の作業が終わろうとしていた時、ポールは運良く大物に出くわしていた。しかしまだ経験不十分の新米炭鉱夫には早過ぎたか、中心部分を打ち砕いてしまい、ビギナーズラックを逃してしまった。


「中々上出来じゃないか。初日でこれだけ採れていれば十分だ!」


長かった一日が終わり、リーダーが採掘した鉱物の仕分けをしている。小粒が続く中、亀裂の入った一回り大きな鉱物が二つ出てきた。


「ポール! これ大物だっただろう! 惜しいことをしたな。綺麗に真っ二つに割れてやがる! ガハハハッ!」

「すみません……ちょっと集中力落ちてるときに偶然かち合って……次は上手くやってみせます」

「なーに、最初は誰だってこんなもんよ。むしろ初日で大物を引き当てるのは持ってる証拠だ。次は上手くやってみせろよ!」

「はい! 頑張ります!」


リーダーは自分の失敗を寛大かんだいに受け止めてくれた。この期待に応えるためにもより一層頑張ろうとポールは心の中で誓った。


ポールが出稼ぎに来て一か月。一端いっぱしの炭鉱夫になるにはまだまだ練度が必要だが仲間の助力もあって上手くやっていけそうだった。

いつものように作業を終え、宿舎に戻ろうとすると同じチームの二人が声をかけてきた。


「ポール、お疲れさん。今日はハードなエリアだったぜ…地盤が滑って危なっかしいったらありゃしねぇ。いつもより大分疲れちまった」


チームメイトのマーブがため息交じりに愚痴をこぼす。


「こういう時は『アレ』、行っとくか? 最近新しい子、入ったらしいぜ?」


マーブの後ろから何処からともなく現れたのはミーブだ。二人共名前が似ているだけでなく、子悪党面の容姿まで似ていることから二人合わせて「マミー」の愛称で呼ばれている。


「そりゃあ丁度いい。景気づけに一発かましにいくかぁ!」


どうやらマミーは町の娼館街へ行くようだ。


「ポール! お前もどうだ? こっち来てから山堀りばっかですっかりご無沙汰だろ?」

「申し訳ない。俺は遠慮しておく。」


ポールは丁重にマミーの誘いを断る。遠い故郷で一人帰りを待ってくれているフーリのためにも夫婦のちぎりを破る訳にはいかなかった。


「そりゃあ残念だ。俺達は女と酒のために働いてるようなもんだからな。気が向いたらいこうや」

「あぁ、楽しみにしておく」


しゃがれた声で別れを告げたマミーは二人仲良く夜の街へ消えていった。


出稼ぎに来てから半年。そろそろ一人前の炭鉱夫としてチームに貢献し始める頃合いだがポールは中々コツを掴むことができなかった。


採掘作業で重要なのは限られた時間の中でチャンスをものにすること。誰よりも早く仕事をすればそれだけ多くのチャンスが巡って来る。考え方としては悪くはないがその考えが焦りとして採掘作業に表れていた。


「ポール! またしくじったな! 大物は丁寧に採掘しろと教えただろ! 多少欠けたりすることは誰にだってある。俺は完璧を求めてる訳じゃねえ。だが、デカいミスをを繰り返すのは許せねえ」


ポールは掘り進めるスピードはあるが慎重さが養われていない。鉱石は泉のように湧き出るものではなく、限られた資源の中でいかに価値を生み出さるかが重要。ポールは一番大事なことを理解できないでいた。


「すみません……チームのみんなに早く追いつきたいと思って……空回りしていました……」

「向上心をもつのはいいが仕事はきちんとこなせ。慌てなくていい。確実にこなせ。わかったか?」


二度、念を押される。


「はい……わかりました……」


故郷の町でも畑仕事は問題なくこなせていた自負はあったので、今回の仕事も率なくこなせると思っていた。しかし、想像する以上に炭鉱夫としての仕事はタフなものだった。

空気が薄い劣悪な環境下での長時間にわたる力仕事。いつ来るかわからない大物に備えて神経を尖らせていないといけない。

かといって慎重になりすぎると今度はスピードが遅くなり、周りに先を越されてしままう。勝気なプライドが成長の邪魔をした。


焦る気持ちを抑えて試行錯誤を繰り返し続けたが特効薬を探し続けている間は当然コツを掴むことはできない。周りが着実に成果を上げていく中、ポールは新人の時から生えた芽が伸びずにいた。

やがて後に入った新人たちにも劣るようになり、劣等生はチームから徐々に孤立していった。


「ポール、今日の採掘量を見せてみろ……なんだこれは……新人の頃と大して変わってねえじゃねえか! いつになったら一人前になるんだ!」


豪快にポールを受け入れてくれたリーダーの面影はもうない。


「普通に働いてれば最低限の仕事はできるはずだってのに……それすらお前はできやしねぇ!」


新人の頃はくだらない話でも笑いあっていたこともあったが、今では二人が話す時はリーダーの叱責しっせきがお決まりとなっていた。怒りのけ口として今日もポールはサンドバッグとしての役目を全うする。


「申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳ございません」


恐怖とストレスにより脳が委縮してしまい、何を言われても同じように返すことしかできない。今では頭を地面に向けている時間の方が長くなっている。


「……っちっ! よりにもよってなんでこんな役立たずを迎えちまったかな。他のチームだったら最高だったのに」

「申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳ございません」

「同じこと何度も言ってんじゃねえよ! 死ぬ気で結果だせ! わかったな⁉ ごくつぶし!」


周囲に響き渡る怒声は周りにいた同じチームの炭鉱夫達にも当然聞こえてはいるが決してポールに近寄ろうとしない。

それもそのはず、ポールの穴埋めをするのは彼らだからだ。助ける余裕も道理もない。

ここにポールの居場所はない。チーム全員、ポール自身もそう思っていた。


長かった奴隷の一日が終わる。


荷物を纏めて一人鉱山を後にするその背中は夜中の公園でたたずむ中年男性の姿に酷似している。半年前のキラキラとした瞳は面影を全く残しておらず、結膜は炭色に染まり、焦点の合わない一点を見つめていた。視点に映ったのは少し離れた所で話に花を咲かせているマミーだった。


「それで今日はどこいくか」

「この前行ったあそこ、噂によると新しく出稼ぎの女が入ったらしいぜ。中々良い乳してるって評判だ」


二人が仕事上がりお約束の風俗話に花を咲かせていた。その姿を見たポールは以前マミーから誘いがあった時のやり取りを思い出す。

あの時は夜の街に行こうなどもってのほかだった。だが連日の叱責しっせきとフーリに会えない寂しさで心のり所どころを失っていたポールは自分の心を癒してくれる存在を探していた。


「つれ……て……い……」


自分の器から水が今にも溢れ出しそうな気持ち。

どうにかして流してしまいたかった。しかし、ポールは娼館街など行ったことがない。

新しい世界に一人で足を踏み入れる勇気も活力も残っていなかった。そこに訪れた千載一遇のチャンス。

まるで自分の誘いを待ち侘びているかのように大きな声で話す二人。最後の勇気を振り絞って声をかけた。


「な……なあ……」


怖いぐらい喉が開かない。


「そしたら三人まとめて相手してやるか! しつけ甲斐があるぜ……!」

「立てなくなるまで徹底的に調教してやる……グブ……ッ!」

「………お……俺も……」


声が震えてしまっている。


「それでよー、次ぎ会う時はこうするから楽しみしとけっていっといんたんだよ! あのまま俺様専用の娼婦に」

「連れて行ってくれないか!」


背後からの突然の声にマーブとミーブが尻尾を踏まれた猫のように驚く。


「ポ、ポール……お疲れさ……ん」

「今日も大変だったな…」


腫れ物をさわるような扱いでマミーが社交辞令の挨拶を交わす。


「なあ……俺も一緒に行きたいんだ。以前一緒に行きたいときは声かけてくれっていっただろ……」

「あ、ああ……どう……だったかな……ミーブ覚えてるか」

「あー……どうだった……かな……」


一緒に働いている仲間たちの会話とは思えないほどの歯切れの悪さだった。三人の誰かが話終える度に沈黙が訪れる。


「きょ、今日は、マーブと二人だけで行くって決めてたんだ。お互いとっておきの女を回しあおうってことで! そうだったよなミーブ?」

「あ、ああ……! そうだった! そうだった! 悪いなポール! 折角お前から誘ってくれたのに……いい女見つけたら紹介してやるからさ! それまで待っていてくれよ!」

「わ、わかった……」


二人に婉曲わんきょくに断られ、一緒に行くことはできなかった。体の良い言い訳を言っていたが二人の反応からして今後誘ってくれることなどないのはポール自身が一番よくわかっていた。


かつての仲間にも見限られ、自暴自棄になった孤独な男は一人彷徨う足取りで娼館街に向かった。


ショーツが見えてしまいそうな丈のスカートや胸元がざっくりはだけたキャミソール。

月の光が、化粧の乗った娼婦たちの肌色に光沢を与える。香水と性臭が入り混じる独特な匂いを醸し出している娼館街。

新世界に圧倒されながらもポールは辺りを徘徊していき、一つの娼館に足を踏み入れた。


「見ない顔ね、ここに来るのは初めて?」


小綺麗な女性というより煽情的な見た目の女性が出迎える。


「ああ……」


緊張と背徳が入り混じり返事も覚束おぼつかない。


「それだったら最近入ったおすすめの子がいるわよ。どう?」

「その子で……頼む」

「ありがとうございます。それでは……こちらに」


案内される途中の階段でフーリのことが頭に浮かんできた。

だがそれも階段を一段ずつ昇るごとにフーリが小さくなっていき、扉の前に着いた時にはいなくなっていた。


扉の開けると一枚の薄い布で胸から下を隠した若い娼婦が目の前に立っていた。


「初めまして。今日は楽しんでいってね」


娼婦のテクニックは凄まじかった。今までの疲れ、不安、怒りの感情全てが『快感』という一つの至福に上書きされていく。

最初は為されるがままだったが終盤では獣のように欲情を娼婦にぶつけていた。炭鉱夫たちには相手をされず避けられ続けていたポールにとってセックスという行為は自分の存在を受け入れてくれるたった一つの支えとなった。


それからポールは絶え間なく娼館街に足を運ぶようになった。


自分を受け入れてくれる唯一の場所にすがりつき、ひたすら腰を振った。娼館街にいるときは嫌なことを全て忘れられる。存在を認めてくれる唯一の楽園で湯水のように金を吐き出した。


半年間フーリのために必死に蓄えた金は遂に底をついた。現実から目を逸らすことに馴れてしまった落伍者らくごしゃはフーリにめてもらった指輪を棚の一番奥に隠した。


「てめぇいい加減にしろ! お前みたいなやつはさっさとここから消えちまえ!」


相変わらず仕事はうまくいかなかった。今日も罵声を浴び、周りに煙たがれながら仕事を終えると、やつれた顔で夜の街へと歩みを進める。


娼館街に着くと娼婦たちが客引きをしている少し離れた場所で品定めをする。死んだ魚の目で選別をしていたその矢先、既視感のあるシルエットが視界に映り思わず大きく目を見開いた。


「フーリ……フーリ⁉」


気持ちが一気に高揚する。半年以上会えていなかった最愛の妻との再会。心臓の鼓動がみるみる強く早くなっていく音に急ブレーキをかけたのは一つの疑念だった。


(だけど何故ここに……? ……まさか俺を心配してここまで追いかけてきてくれたのか?)

 

確かに雰囲気は似ているが遠目から見ているので確信はもてない。

だが心身耗弱状態のポールは現実から逃げながら最高のシナリオを描き始める。


(あれはフーリで間違いない……フーリには本当に悪いことをしてしまった……謝ろう……そしてまた一からやりなおそう)


一度始まった思い込みと願望はもう誰にも止められない。

引き戻せない崖に向かって嬉々としてアクセルを踏んでいるようなものだ。

はやる気持ちを抑えながらポールは服の汚れをせわしなくはたいてフーリの元へ駆け寄っていく。

途中、周りの娼婦たちが艶のある声で誘惑してきたがフーリの姿しか目に映らない。


(……まずは謝らないと……謝ったら何から話そうか……これまでのこと、これからのこと)


そして遂につのる想いが声となって喉から飛び出した。


「フーリ!!!」


大きな声を出すと辺りの娼婦たちは一斉にポールへと視線を移した。それは視線の先にいる彼女も例外ではなかった。二人が半ば強制的に目を合わせる。


「フーリ……」


涙が溢れそうになるのを必死で堪え、フーリの元へ駆け寄っていく。

しかし目があった彼女はポールの期待とは裏腹に、身体を反転させた。小さな背中はどんどん離れていく。


「どういうことだよ……」


ポール目に映ったのは彼女が知らない男に身体を預け、腕を組んでいる後ろ姿だった。


「何で……だよ……」


全身から血の気が引き、脂汗が溢れ出す。希望の光に照らされていた目からは輝きが失われ、火中に放り込まれたような熱さが脳を襲う。

駆け出していた足はピタリとも動かなくなり、フーリとの距離が開いていく。やがてフーリと男は娼館街の闇へと消えていった。


「…………っフッ……ッフッフハハハハハッ? お終いだ。もうお終い。光は俺を裏切った!」


記憶の片隅で蘇ったともしびが完全に消えると同時に溢れ出る復讐の炎が全身を覆った。


「お……お前ら全員ぶっ殺してやるからな。グッ……グブッ!」


ポールは宿舎に帰ると隠していた指輪を取り出し、床に叩きつけた。

それだけでは腹の虫が収まらず全体重をかけて踏みつぶし、粉々にすり潰した。

その姿はまるで、この世の全てに絶望し、復讐に燃える一匹の怪物だった。


「おい、ポール遅くねぇか?」

「ほんとだ。どこにもいねえ」


翌日、炭鉱夫が集まる集合時間にポールの姿はなかった。これまでどんなに酷い仕打ちを受けていても集合時間には来ていたポールだったが、一向に現れない。


「耐えられなくなって遂に逃げ出したんじゃねーの?」

「違ぇねぇ!」


ポールよりも後から入った新人炭鉱夫がふざけた調子で言い放った言葉に他の炭鉱夫達も同調する。

みんなチームの癌がいなくなったことに喜んでいた。しかし、彼らの期待とは裏腹にポールはほどなくして姿を現した。


「おい! ポール!遅刻だぞ!」

「申し訳ございません。申し訳ございません……申し訳ございません……ブビェッ!」


いつもと変わらないリーダーの罵声とポールの謝罪が応酬されている。


しかしポールの様子がいつもと違う。


体を丸くして謝罪をしてはいるのものの萎縮している様子はなく淡々とした声色だった。それに時折発する豚のような鳴き声。

馬鹿にしているともとられない不気味な奇声を上げていた。


「ロス……ロス……バク………ネ……グブゥッ!」


採掘作業中も小さな声で何かを呟き、発作的に起こる奇声。

最初はいつも通り無視していた仲間たちも次第に鬱陶しくなり、睨みつけるような視線を送っていた。


そんな一同の気持ちを代弁するようにリーダーが鉄くずを投げつけた。鉄くずがポールの頭に直撃し痛みでうずくまる。側頭部からは血が出ていたが悪びれる様子は一切ない。


「おいクズ! 次その豚のような声を出したらお前を殺す。喋るな。黙れ。わかったな?」


今にも本当に殺してしまいそうな冷徹な態度。紅潮した顔と口調からそれは明らかだった。


「………グブッ!」


しかし最後の警告を嘲笑あざわらうかのようにしてポールはわざとらしく奇声を発した。 ふざけた態度にリーダーの頭の糸がプッツンと切れた。


「わかった、死ね」


死刑宣告をするとリーダーは拳にありったけの力をこめて顔面をぶん殴る。ポールの首は大きく左にじれ、同時に数本の歯が飛んでいき身体が地面に叩きつけられる。


「ぎゃはははは! リーダーやっちまえ!」

「こんなクズ相手にするくらいなら鉄くず相手にしてた方がマシだ!」


他の炭鉱夫たちはギャラリーとしてリーダーを応援する。中にはポールに向かって鉄くずを投げるものもいた。

ポールは身体を丸めて防御体制をとるものの、鋭利な鉄くずが身体を引き裂く。

炭鉱夫たちはそんなことはおかまいなしに鉄くずを投げ続けた。


そして遂にポール心の奥に眠っている復讐の炎が燃え盛った。

隠し持っていた発破用の火薬を取り出すと爆薬が集積している所に投げ入れたのだ。


「ブビビビビビッ! お前らまとめて皆殺しだ」

「馬鹿! やめろっ!」


リーダーが静止した時にはもう手遅れだった。


一瞬の出来事。凄まじい轟音ごうおんが鳴り響き、辺り一辺は粉塵爆発が発生した。

一番近くにいたギャラリーたちは瞬く間に爆発に巻き込まれ、肉片となってこの世から消滅した。


爆発震源から一番離れていたリーダーは多少のかすり傷は負ったものの、一人で立ち上がることができていた。

そして同じ場所にいたポールは吹き飛ばされ、近くにある大きな鉱石に背後から突き刺されていた。


「……グブッ」


爆発による高温で全身に火傷を負い、宝石が突き刺さった胸からは大量の血が流れ、意識が遠のいていく。これまでの出来事が走馬灯として脳内を駆け巡る。


『私……あなたが帰ってくるのを待っているから!』

『お前が今日から入る新入りか! 活きのいいのがきたじゃねえか!』

『ポール。お疲れさん!』

『ポール! いつになったら一人前になるんだ!』

『ああ、わりぃ。いい女見つけたら紹介してやるからさ…それまで…待っていてくれよ!』

『死ぬ気で結果だせ! わかったな! 役立たず!』

『それじゃあ……ちゃん、こっちにいこっか』


最初は全てが上手くいっていた。仲間たちもみんな優しかった。俺もそれに応えようと精一杯努力したが小さな歪が生まれてしまった。

でも、努力怠らなければいずれ歪はなくなっていくものだと信じていたけれどそれは最後まで埋まらなかった。

それでもフーリのため必死に耐えてきた。途中道を外すこともあったがそれでも俺はフーリのことを想い続けている。


「なのに…それなのにアイツは…俺を裏切った」


……………誰もいない。初めから誰もいなかったんだ。

……そうだ……誰かのためじゃない。この世の中でしたことは全て自分のために帰結している。


「グブッ……許せない……これまでの苦しみを……絶望を……死をもって償え!」


膨らみ続けていた怨嗟えんさの念が解き放たれていく。

復讐、憎悪という類の言葉では表しきれない禍々まがまがしい瘴気しょうきがポール身体から発生していた。

それは留まることを知らず、色濃く大きさを増しながらポールの身体を飲み込んでいった。


そして胸に突き刺さっていた宝石が赤黒く光りだす。

宝石というのは研磨することで初めて輝きを放つものだが、怨嗟の念がそうさせたのか自然と光沢を放ち輝きを増していく。


闇の光にポールの身体も反応する。肌は赤黒く変色し、メキメキと歪な音を上げながら凄まじい勢いで変異していった。

体長は人間の数倍まで成長し、腕や足だけでも子供の体長ほどある。

深淵を覗くぎょろりと剥き出しになった目玉、胸から突き出す宝石の周りは硬くなった皮膚と変色がより一層際立っていた。


「グ……グブブッブブブブググブッ! すげえ……なんだこの力は……体のたぎりが収まらねえ」


宝石と融合し新たな肉体を手に入れたポールは湧き出てくる力を身体全体で感じており、筋肉はもちろん、男の象徴とも言える性器も人間では考えられないほどに膨張し、反り返っていた。


「ひと暴れしたい気分だな……ゲッブッ! いいところに玩具おもちゃがあるじゃねえか。ブビッ……!」


狂気に満ちた笑みが炭鉱夫たちを捉える。炭鉱夫たちは悲鳴を上げながら必死に逃げ惑ったが、ポールの手によって鉱山の鉄くずとなった。


その後、鉱山にいた者たちは全員ポールの手によって殺され、復讐を終えたポールは闇の中へ消えていった。



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