第5話

第二章  復讐者―ポール


「ブェッビビビ! 思ったよりも早かったな」


光輝く剣と原石の灯りに照らされ、怪物のシルエットが一歩、また一歩と距離を詰めるに連れ、その輪郭をあらわにする。一度相まみえているとはその人間離れした質量に圧倒されない者はいない。万事を己が身体一つで支配できてしまいそうな禍々まがまがしいオーラは歴戦の猛者でも背中を向けて走り出したくなほどだ。

そんな異形の巨体を前にメインは臆するどころか、いつもよりも歩幅を広げて距離を詰めていく。


「サブはどこだ。答えろ」


平然と振舞ってはいるものの僅かに顔が紅潮し、声が自然と普段よりも低くなる。普段はフェアな立場で対話をする王女がこの時ばかりは威圧的な詰問きつもんから入った。だが、意にも介さない様子でポールは溶解液のような涎をふしだらに垂れ零しながらあわれむ。


「さぁな。知りたければ俺のモノを満足することができたら教えてやってもいいけどなぁ。ブェッビビビ! ただ、これまでの女は俺が満足する前にみんな死んじまったけどなぁ!」


詰問を軽くあしらうとポールの下半身にぶら下がっている、かろうじて棒と呼べる太さのイチモツに血液が張り巡らされ、心臓が鼓動を打つ度、体重をかけられたシーソーのように勃ち昇っていく。


「俺はなぁ……絶望に満ちた女の断末魔を聞くのがたまらなく好きなんだ。普通の女共はちょっと骨の二、三本折っちまうと赤子のように泣き喚いて、突然パタリと気絶して使いもんにならなくなっちまう……でもお前はそこら辺の使い捨てとは違う。俺と同じ宝石の所持者だ。ブェッビビビ……ぶっ壊しがいがあるぜぇ……!」


人間の半身ほどある巨肉塊。ポールは無力な女性をその殺戮性器で何人も葬ってきた。許されざる行為だが悪びれる様子もなく弁を振るう姿は清々しさえ感じる。


これ以上のやり取りを続けても不毛と判断したメインは歩みを止め、剣を握り直した。


「お前からサブの場所を聞くことは不可能なようだな。話すのも時間の無駄だ。悪いがその先に進ませてもらう。道を開けろ」

「ブェッ……俺に犯されれば教えてやるっていってんのに分らねえお嬢様だな。話が通じねえのはお前の方じゃじゃねえか! まぁいいぜ……どう答えようとお前の辿る運命は同じだからなぁ!」


ポールの大声疾呼たいせいしっこで戦いの火蓋が切られた。その巨体を生かして傲慢ごうまんで強大な闇が清純で凛麗な光を呑み込もうとする。しかし同等、いやそれ以上の力が静かに白い炎を燃やしていた。


「あの時は仕留め損ねたが次はない! 一撃で仕留める!」


攻撃を受ける寸前まで剣身に意識を集中させる。右足を半歩後ろに引き、大岩を真っ二つにした時と同じ斬撃の構えに入った。


「それじゃ俺は切れねぇってお前が一番分かってんだろうがぁ!」


胸から突き出たポールの宝石が赤黒く光り、身体全体がダイアモンドのように硬質化する。前と同じ戦い方では傷を付けることはできても致命傷を与えることはできない。それはメインが一番理解していた。


「ポール! お前は私を信じてくれている国を! 民を! 仲間を! そして……わたしの妹サブを傷付けた! 貴様はわたしにとっての闇。わたしは闇の存在を許さない……!」


メインは剣の刃ではなく切先をポールの顔面向けて狙いを定めた。剣身全体に集まっていた光が切先、一点に集中されていく。集結した想いの強さはもはや直視できないほど煌々こうこうとした輝きを放っていた。


「くそっ……なんだこの光……目が……っ!」


光に当てられたポールの目がくらむ。反射的に腕で遮光しようとしたが、隙を見せまいと根性で目を見開き視界を光に慣らした。


しかし時すでに遅く、眼前に映った世界は目と鼻の先まで突っ込んできている光熱の切先だった。


「ファンデブー……ラァァァッッッシュ!」


眉間が銃弾で撃ち抜かれたように一筋の風穴が空く。


「おめぇ……俺の頭に何をした……がっ……があああ⁉ 熱ぃ! 頭がぁっ! 光に呑み込まれる!」


両手で穴を塞ぎながら苦痛に悶える。貫いた頭からは白い蛍光灯のような液体が止めどなく噴き出し、ポールの赤黒い身体を漂白していく。勝利を確信したメインは真っ白に染まっていく怪物を見据えながら決着の言葉を伝えた。


「宝石の力は強大だ。分不相応の力を突然に手に入れればその力に溺れてしまうだろう。貴様がその宝石をどこで手に入れたのかは知らないが来世ではその力を世のため人のために使えるように願っている」

「くそっっっ……たれがぁぁぁ……ぁぁぁぁ……!」


怒りと憎しみに満ちた断末魔がぶつ切りに響き渡る。やがて全身が石灰のように白く乾燥し、巨大なオブジェクトは前のめりに力なく倒れた。


勝者は敗者の身体を一瞥いちべつし大きな岩の先へ歩みを再開した。終わってみればメインの圧勝であったが、実際は紙一重の勝負だった。ポールの目が光に慣れるのが後少しでも早かったら立場は完全に逆転していたであろう。

ファンデブー・ラッシュはメイン全ての力を一点集中させ相手を貫く大技。小回りが利かない分、迎撃が来た時には為す術がない捨て身の一撃だ。ポールと目が合った時、一瞬も気圧されなかった迷いのない気持ちが勝利をもぎ取った。


それでも気分は晴れやかではなかった。怪物とはいえ自らの手でこの世から葬ってしまったのだ。精神的疲労がメインを襲う。それでもサブを一秒でも早く助けたい、この間にもサブは危険に攫われている、サブを想う強さが足を力強く前へ進める。そして大岩の奥へ進もうとした時だった――


ポールの体の一部となっている胸から突き出たバロックパールが漆黒に光り始めた。

光は渦を巻き、まるでブラックホールが発生しているかのように周りの土、鉱石や原石がポールの身体に引き寄せられていく。それらはポールの身体を包み込み、鉱物がぶつかり合う摩擦音が響き渡る。


やがて渦は収まり始め、同時にポールに引き寄せられていた石たちがぼとぼとと地面へ落ちた。


「なん……だと……」


そこに現れたのは灰になったはずのポールだった。眉間に空いた風穴は完全に塞がっており、全身が脱皮をしたかのように皮膚から光沢が生まれ、胸の宝石もより一層黒光りを増していた。


「俺様とあろうことが……油断しちまったぜぇ」


身体の修復が終わったポールが首を捻り全快をアピールする音を鳴らす。確かな手応えがあった分、突然の復活劇にメインは愕然がくぜんとした表情を浮かべてしまった。


「馬鹿な⁉ あれだけの一撃を受けておきながら再生するなど……」


元々妖しく光っていた宝石が先と比べ物にならないくらい無明の闇を纏っている。それに比例するようにポールからみなぎる力も想像の範疇はんちゅうを超え、今も尚その力を増し続けている。ポールは溢れ出す力の源を抑え込むようにして勝ち誇った笑みを浮かべた。


「俺は生まれた時から化け物だったわけじゃねぇ。お前らと同じ人間だったのよ。それがある日、この宝石のせいでこんなバケモンになっちまった。だけどよぉ、それと引き換えに俺はこの強大な力を手に入れた! お前がどんだけ頑張っても勝ち目はねえってわけよ!  ブヤァァビビッビビ!」


蘇生したことに一時は動揺したメインだったが、すぐさま冷静な思考をとりもどし強気に構える。


「確かにお前が持っている力は強大だ。だが、それはお前の力ではない。その『宝石』の力だ。所有者のお前が何も変わっていなければ私の勝利が変わることはない」

「随分な自信じゃねえか。ま、その肉付きを見れば自惚れるのもわからなくもないがな。ブビッ!」


白い服の上からでもそのなだらかなバストラインが見える。Dカップはあろうかという美双乳を邪な視線が狙いを定めていた。完全復活を果たしたことでその化け物染みた獣欲は青天井でエスカレートしている。煩悩ぼんのうに掻き立てられ、性交という名の破壊衝動に襲われるポールをメインは蔑んで一蹴いっしゅうした。


「相変わらず己の下劣な本能を抑えることはできていないようだな。私欲のためだけに力を振るっている時点で二流、底がしれている」

「何もわかってねぇな。力は自分のために使うんだろうが。力があれば気に入らねえ奴を殺すことができる。うまそうな女は犯すことができる。お前は相手をねじ伏せる絶対的な力を誰かさんのために使って気持ちよくなってんのか? 綺麗ごとで本当の力ってものは発揮されねえんだよ。結局はお前も『自分自身のため』に戦っているに過ぎない」

「守るべき存在がいないからそのような考えになるのだろうな。口で言ってもわからないのであれば何度でも返り討ちにしてやる」

「わからせられるのはお前の膣穴だぁ! ブアアアアアッッ!」


王女と怪物が再度相まみえる。メインの疲労はまだ癒えきっていないが先ほどの戦いで相手の動き、速さは織り込み済みだった。楽な戦いでないことに変わりはないが勝利は揺らがない。そう思っていた矢先だった。


(ッ! 早い!)


さっきまでとは別人のような加速力で猛突してくる巨体をサイドステップで咄嗟にかわす。そのまま横に回り込み反撃を仕掛けようとしたがポールは規格外の体幹の強さを活かしすぐさま体制を整え反撃の隙を与えない。メインは紙一重で回避するのが精一杯だった。


「オラオラァッ! さっきまでの威勢はどうしたぁ⁉」


丸太よりも太く長い剛腕で波状攻撃をしかけるポール。メインは攻撃と攻撃の隙間を、縫い合わせるようにして間一髪で避け続けることしかできない。


圧倒的攻勢の前に防戦一方だったが次第に対応力を発揮するメイン。攻撃を避ける流れのままこちらの斬撃を的確に当てていった。だが、ファンデヴ・ラッシュのような大技を繰り出す余裕は全くなかった。今の状況はボクシングでいうジャブを当て続けている状態――同格相手であればそのジャブも数を重ねればダメージが蓄積され、ビックパンチに繋がるのだろうが相手は耐久力に底のない頑強な化け物。幾ら攻撃を当て続けても限界が訪れるには途方もない労力を要する。唯一の勝機は奴の動力源である宝石を破壊する外なかった。


だが、勝負を焦り無闇に懐へ飛び込んだ先に待ち受ける未来は当事者であるメインが一番よくわかっていた。ポールも大技が来ないことがわかっており、好き勝手に暴れまわる。


「グブブブブブブッ! まだまだいくぜぇ!」

(これでは埒があかない…何か…この状況を打ち破る策は…)


突破口を探す。

奴の力は胸の宝石から無尽蔵むじんぞうに供給されている。持久戦に持ち込むのは分が悪すぎるし、サブの元へいち早く駆けつけるためにも持久戦は避けたい。体力的に底が見えないが、逃げ続ける標的を前に明らかに頭に血が上っている。元々赤い黒い肌が赤みを増し、血管がみみずのように浮き上がっている。メインは砂漠の中から一カラットの宝石を見つけ出すことよりも、マグマの中に沈む宝石の塊へダイブする決意を固めた。


痛くも痒くもない攻撃がポールのフラストレーションを募らせていく。メインは焦燥に駆られる背中を払うのではなく、後ろから押し始めた。


「ふん、多少動きが素早くなったとて私を捉えるまでには至らないようだな。せいぜい死ぬまでわたしのマリオネットとして踊り狂うがいい」



嘲笑ちょうしょうを含ませた白い目がポールに向けられる。

「お前の方こそ攻撃を避けるので精一杯なんだろ? 可愛いお嬢様のために使う力とやらは俺様の力じゃ敵わないんだろ? さっさとその仲良しパワーを証明してみせろよ?」


冷静な受け答えをしていはいるが怒髪天を形相ぎょうそうからも、激高までもう一押しだ。根源的な怒りを呼び覚ますためにメインはあくまで冷静に、さとすように語りかけた。


「貴様は元々人間だったというが……よくも私利私欲のために力を使うなどといえたものだな。人は一人では生きていけない。人であったのであればその意味がよくわかるだろう? くだらないことで笑いあえる友はいたか? 自分の身を挺しても守りたい恋人はいたか? その無い脳みそでよく思い出してみろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る