第4話

「この力はこういう時のためにお父様とお母様から与えられた力なんです…」


瓦礫がれき越しではあるが普段のサブとは明らかに様子が違った。前に進む覚悟を持ったサブの言葉に驚きと僅かな違和感を感じた。


「サブ……今の状況は分かった……だが決して無茶はしないでくれ。何か危険が迫ったらすぐにわたしの助けを呼んでくれ」


長年隠し続けていた宝石の力を一番面倒な相手に知られたのは、後のことを考えると頭が痛くなる事態だった。しかし今は人命救助と出口を見つけ出すのが最優先。今更悔やんでも後の祭りだ。



二人は瓦礫越しに一時の別れの言葉を告げるとメインは護衛部隊と共に出口を探し、サブは怪我を負った部隊の治療を始めた。



サブは怪我を負った別の兵士に急いで駆け寄ると重傷を負っていた兵士に宝石の力を与える。傷は完治し、兵士は自ら身体を起こして健康であることを証明した。


「あ、ありがとうございます!」

「これでひとまずは大丈夫だと思います。あまりご無理はせずに」


そう言い残してサブは怪我を負っている別の護衛兵の所へ駆け寄っていった。一方メインも隊長の元へ戻り、脱出に向けた糸口を探していた。


「どう?」


問いかけに隊長の返答は明るいものではなかった。


「良いとはいえません。動ける者たちで出口になりそうなところがないか探しておりますが……最悪、人海戦術になってしまいますがあの瓦礫の山を取り除くしか突破口はないかと……」

「そう…でもあの瓦礫の量…手で崩すには相当な時間がかかるわよね…」

「恐らく……ただ、今できることがそれしか無いのであればそうする他ないと思っております」



毅然きぜんと振る舞ってはいるが表情からも隊長も相当疲弊していることが伺える。それもそのはず、いつ次なる災難が襲ってくるかわからない恐怖と闘いながら指揮を執り続けているからだ。

苦慮するメインの視界の先には、突如として現れた謎の岩が映っていた。


「……やるしかないわね」


小さく呟くと隊長に一声かけ、大きな岩の前まで歩みを進める。宝石を握りしめて意識を集中させると煌々とした耀かがやきの中、巨猪を倒した時と同じように光の剣が現れた。


「なんだ……今の光は……!」


隊長の驚きを隠せない視線を背に受け、自身の何倍もある大岩に光の剣を振り下ろす。


「アークティー……ブレェー……ッド!」


すると、大岩は光り輝き、白線を引かれたように白い真っ二つの切込みが入った。


「よし! うまくいった!!」

「なんということだ…」


大岩が切り込みを境界にして左右にゆっくりと切り開かれていく……ここから出られる、皆が安堵の息を吐いたその時だった――


ニタァ……


岩の先の映った景色は出口へと続く道ではなく、今まで見たことのない巨大な化け物が姿を現した。


体躯は人間の数倍もあり、筋骨隆々の腕だけでも成人男性の身長を優に超える。分厚く赤い皮膚に黒い斑点模様。見る者を凍り付かせるえぐり出た散眼が深淵を覗き込む。口からは涎吐息がヘドロのように噴き出ていた。そしてこの化け物を象徴とも言える胸から突き出た円錐形えんすいがたのバロックパールが赤黒く妖しい光を放っている。骨組みは人間と同じ構造ではあるが、その実体は悪魔が造形した異形生命体だった。


「て……敵襲! 王女様をお守りしろ!」


隊長がすぐさま護衛部隊に指示を出すが足が完全にすくんでしまっている。声も震えており、身体の底から強烈な吐き気が襲ってきているのは明らかだった。それでも自身の役割を全うするため無意識に武器を取りだした。護衛兵たちも今まで見たこともない化け物に慌てて臨戦態勢に入るが、圧倒的な存在感の前にその場に座り込んでしまう者、一目散に逃げ出す者もいた。化け物は集まってくる護衛部隊など始めから存在していないかのように気にも留めずメインのことをずっと見続けている。


ニタァ……


化け物は身体を動かさず抉り出た目でメインの下半身を舐め回すように観察した。味見が済んだのか、よだれをたらしながら不気味に笑みをこぼす。


「……っ! こいつ!」


メインは化け物に臆することなく向き合っていた。しかし、自分に向けられた視線がどのようなものかはよく理解していた。メインが再度武器を構えると同時に周りの護衛部隊が一斉に弓矢で攻撃を開始する。放たれた矢はほとんどが化け物に命中したが、化け物の表情が変わらないことからも意味を成していないことがわかる。それでも護衛部隊はがむしゃらに矢を放ち続ける。


すると今までメインしか見ていなかった化け物のよこしまな目つきが変わる。怒りにも満たない、面倒くささ、煩わしささえ感じる目つき。化け物は視線を移すとその巨大な手で護衛部隊に手を伸ばした。


「ひ、ひぃっ……に、逃げろ!」


護衛部隊は化け物に背を向け慌てて逃げ出す。


「やっ、やめてくれえ……!」


逃げ場をなくした兵士たちがパニック状態になりながらヤケクソに武器を振り回す。しかし化け物は意にも介さず護衛兵を簡単に捕まえた。


「うわあああ」「助けてくれええええ」


捕まった護衛兵の阿鼻叫喚が狭い坑内に響き渡る。運良く標的にならなかった兵士は仲間を助け出す素振りすら見せず、ただひたすらに出口のない場所から逃げ出そうとしている。そして、化け物は捕まえた兵士たちの顔も見ることなく――


バキバキバキバキ


一瞬にして全員を握りつぶした。


化け物の手から聞こえていた悲鳴は一瞬にして聞こえなくなり、代わりに兵士の体内で破裂した内臓の血液が流れていた。

化け物は汚れた手を洗うようにして瓦礫の壁に手を擦り付け始める。擦り付けた手から血が取れると一緒に擦り付けられた肉塊が瓦礫を赤く染めていた。


「うわあああああ!」


ベキベキベキベキベキ


「死ぬうううううううううう!」


ボキ


絶叫と骨の砕ける音だけが鳴り響く地獄と化した坑内。十人以上いた護衛部隊は隊長含め全員殺された。


「やめろおおおおおお!」


あまりにも残酷な光景に圧倒されていたメインが半狂乱気味に剣を構える。化け物はメインへと視線を移し、再び貪婪どんらんな劣情を包み隠さず送った。


「お前……お前は一体何が目的なんだ! なぜ私たちを襲う!」


メインは非常な剣幕で問い詰めた。しかし、化け物の目つきは変わらない。この甘美な雌肉をどのように破壊し、凌辱するか。性的倒錯の思案に暮れている禍々まがまがしい雄の目つき。


「ジュルッ! うまそうだなあ……もう抑えきれねえよぉ。ブエッヒッ! 滾っちまってるからよォ?」


化け物はメインから目を離さない。どんどん醜悪な目つきに変わっていく。


「あー…………もうだめだ。久々に上玉見ちまったらなぁ……『あの方』には悪いが一足先に愉しませてもらうぜぇ」


化け物の息遣いがますます荒くなり、粘液を含んだ涎を垂らした。そしてあまりにも大きく、異形ともいえる強烈な雄の匂いをした肥大化肉棒がメインに向けられる。


「ブェッ! ブビッビビビビビ!」


奇声を発しながら化け物は一直線にメインに向かっていく。メインは剣を後ろに引き、力を溜めた。


「私はお前を絶対に許さない! アークティー……ブレードッ……!!」

「ウェッッブ! ……痛ぇじゃねえか。なんで俺が痛ぇ思いしなきゃいけねえんだよ……本格的にぶっ壊すぞお前」

「黙れ下衆が! 私を守ってくれた仲間を……サブを……万死に値する! お前だけは許さない!」


メインが再度剣を構える。これまでよりも大きな白色の光が化け物の赤黒いバロックパールを照らす。白の光と黒の光が互いの力を競い合うようにぶつかり合った。


「お前も俺と同じ目に合わせてやるよぉ!」


お互いが一気に距離を詰め始めようとした瞬間、異変が起きる。


「ブァ⁉ ブァァァァァ! オオオオオオ!」


これまでどんな攻撃にも表情を崩さなかった化け物がヒキガエルのような絶叫を上げる。メインは咄嗟に距離をとり様子をうかがう。


「申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません!」


憑りつかれたように化け物は見えない相手に向かって一心不乱に謝り続ける。しばらく苦痛に悶えながら謝り続けると化け物は大人しくなった。


化け物が大人しくなったのも束の間、今度は瓦礫の向こうからサブの悲鳴があがった。

サブの目の前には何処からともなく現れた一人の女がいた。女は背後に回り込み、自身の細指をサブの肢体に這わせ官能的にまさぐり始めた。


「いやあああ!」


その悲鳴には女の色香を孕んだ甘い声も含まれていた。


「お嬢様、あなたは私がたっぷりかわいがってあげますからね……大人しくしていてください」

「いやっ!……やめて……っ」


今まで聞いたことのないサブの恥辱にまみれた悲鳴が坑内に反響する。


「やめろおおお!」


メインはポールに背を向け、二人を別つ瓦礫を宝石武器の力でこじ開けようとするがポールの攻撃がそれを許さない。


「ポール、そっちの王女様は頼んだわよ。適当に遊んであげなさい」


女が化け物に話しかける。ポールという化け物と女は共犯者であった。つまりこれはあらかじめ計画された仕業で間違いない。


「ブェッビビビ! 『あの方』はこれからお愉しみになるんだ。女ならわかるだろう?二人の初夜を邪魔するなんてご法度だぜ。ブェブェブェ」


ポールが巨体を生かしメインの前に立ちはだかる。サブの声が段々遠くなっていく――やがて気配が無くなり二人は闇の中に消えていった。


二人の気配が無くなったことを感じたポールはメインへの攻撃を止めた。


「ブェッ! お前を愉しむのは後にしてやる。俺は気が短いからな。あまり退屈させるなよ。ブビビビビビビビビ!」


捨て台詞を吐き、ポールも巨大な岩の先――闇の中に消えていった。


メインはポールがいなくなった瓦礫をアークティブレードで粉砕し、急いでサブがいたであろう場所に駆け寄るがそこにサブの姿はなかった。


「サブ……サブ……私はサブがいないと……サブ……」


さっきまで騒然としていた坑内が今では充満する血の匂いと動かなくなった肉塊が音もなく辺りに散らばっている。


助かったのはたった一人……護衛部隊は全滅。サブはさらわれた。失意と疲労の限界を迎えたメインの身体は麻酔銃を撃たれたように気を失った。



「……うぅ……」


小さな呻き声をあげ、目を開ける。覚醒と同時に忌々しい記憶が脳裏に蘇る。咄嗟に身体を起こし立ち上がろうとするが、酷い頭痛と鞭打ちによって身体が思うように動かない。


「メイン様! 無事で本当によかったです! あぁ……! 無茶をしてはいけません。今は体を休めることに専念してください」


無理に身体を起こそうとするメインを執事長が慌てて介抱する。ほどなくしてミネ王国で起こった話を聞いた。


メインたちが鉱山に向かった後、オークやゴブリンなどの淫魔がミネ王国に襲来した。王国入口付近に暮らしている民家が襲われ、民家の辺りには男の死体が転がり、女は全身の服が破かれ、淫魔たちの慰み者として徹底的に犯され尽くした。


幸い、本丸である王宮に侵攻されるまでに護衛軍が決死の覚悟で食い止めた。それでも王国の被害は甚大で国内は大きな混乱状態に陥っていた。


ミネ王国に降りかかる緊急事態の数々。良いニュースは何一つない。絶望的な状況の中でもメインは脳味噌をフル回転させ、近くにいた臣官へ即断即決の指示を出した。


「怪我を負ったものの手当てを最優先に! 救護部隊が足りない場合は護衛団や王宮に務めている者も人命救助に手を貸すように! それとウォレア王国へ伝令を派遣し国王へ支援要請の言伝を」


ウォレア国はミネ国から一番近い国で、古くから鉱山一帯の領地と資源を巡って対立が深まっているが、背に腹は代えられない。鼻で笑われるか、支援をする代わりに今後鉱山領地こちらが不利になるような条件を付けてくるに違いない。しかし、今は猫の手も借りたい状況。ウォレア国王がそう簡単に受け入れてくれるとは思わないがこれ以上被害を拡大させないことが第一。いけ好かない王ではあるが今はそんなことを言っている場合ではない。指示を受けた臣官は王宮内にいる要人たちに迅速に伝えていった。


メインの体調が回復してきた頃、執事長が重い口を開く。最悪のケースもあり得る懸念を聞くことができるのは王女と長い間過ごしてきた彼しかいなかった。


「メイン様、サブ様の話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか……」


メインはサブの名前を聞くと脈動が激しく波を打った。だがすぐに平静を取り戻し気丈に振る舞う。


「サブは生きている。安心してくれ。話すと長くなるが……これは姉妹の問題だ。私はこれからサブが攫われた鉱山へ向かう」


実際のところサブがどうなってしまったのかメインにも分かっていない。半ば願望的な回答をし、五体不満足の身体を引きるようにして身支度を始める。


「いけません! あそこには化け物がいることはメイン様が一番わかっているでしょう! サブ様を想う気持ちは私共も同じです!」

「そんなことを言っている場合ではない! このまま動かずにいる間もサブは危険に晒されている。サブの傍にはわたしがいないといけないんだ!」

「いけません! メイン様はこの国の王女。王を失うことは国の崩壊に繋がります。それにウォレア王国が必ずしも支援してくれるとは限りません。まずは足場を固め、外堀を埋めてからでも遅くはないはず。メイン様考え直してください!」


今まで落ち着きを払っていた執事長が語気を強めたことで感情的になっていたメインが冷静さを取り戻す。しかし冷静さを取り戻しても尚、メインの答えは変わらなかった。


「ごめんなさい……けど、私の考えは変わらない……! 護衛長、この国を頼むわ」

「メイン様!」


一人で鉱山へ向かう決意を固めたメインは静止を振り切り王宮を出発した。


丑三つ時、満月の夜にメインは一人馬を走らせる。満月との距離が徐々に近づいていく。強くなる満月の光が首の宝石を妖しく照らす。外観の景色は何ら変わっていなかったが、闇の呑まれる鉱山は先日見た景色とは全く違うように見えた。近づくことを許さない、足を踏み入れたら二度と出てこられない禁則の地。満月の光を当てられても尚、闇に包まれる鉱山は禍々しいオーラを放っていた。


メインは馬を外におき、中へ入る。もともと鉱山は光が入らない場所。松明の明かりを頼りにメインは巨大な岩が置かれていた場所へ進んでいく。

炭鉱夫たちの威勢のいい掛け声やつるはしで壁を叩く音は聞こえない。足音だけが小さく淡々と鳴り続ける。



しばらく歩き続けると大きな岩がある場所が近いのか、周囲の雰囲気が重くなり、血の匂いと腐敗臭が立ち込める。壁にはまだ新しい無残に散らばる血のり。ここで非現実的な出来事を現実として思い出させるには十分だった。

メインは宝石を握りしめる――そしてサブが攫われた大きな岩の前にたどり着いた。辺りの原石が蛍のように小さくぼんやりと光り始めた。岩の先ではあの時と同じように歪なシルエットが浮かび上がる。


「きたか……」


宝石に願いを込め白色の宝石武器に変える。光の剣の切っ先を暗澹あんたんとする闇に構えた。

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