第3話
「こちらが現在稼働している中で一番大きい採掘場です。」
案内役の護衛団の足が止まった。そこは大人千人が優に入れるほど広く、壁を囲むようにして幾つもの原石が色とりどりに鮮やかな輝きを放っていた。ルビー、オパール、サファイア、アメジスト、ダイアモンド……多種多様な原石が壁や天井などいたるところに散りばめられていて、そこは宝石のプラネタリウムのような幻想的な空間を作り出していた。
「これはなんと煌びやかで美しい!」
ゲーレッツ今日一番の感嘆がフロア内に響き渡る。宝石を愛してやまないゲーレッツにとってここはまさに桃源郷と呼べる場所だった。
「すごい景色ね……ここだけ別世界にいるみたい……」
「キラキラしててきれい……」
メインとサブもこれまで何度か鉱山訪れたことはあったが、これほどの絶景が見れるとは思っていなかったようだ。ゲーレッツに続くかたちで感嘆の声を漏らす。
「先ほど収穫量は年々減ってきていると仰っていましたが、これだけ雄大な採掘場があればアクマダリ様もさぞ喜ばれるに違いない!」
感情が高ぶったゲーレッツは頭の中でこれからの未来を思い浮かべ夢見心地に浸っている。
一方、アクマダリの名前がゲーレッツの口から出た時、サブは動揺していた。
「お姉ちゃん。アクマダリがここに来たら間違いなくこの採掘場、鉱山を奪いに来ると思う……どうにかして止めないと」
「ええ、当然だわ。ここまでは全て思い描いていた通り。ここからが本当の戦いの始まりよ」
心配になるサブとは対照的にメインは確固たる勝算の上で自信に満ち溢れていた。
メインは興奮するゲーレッツを収めるようにして冷静に切り出す。
「ゲーレッツさん、感動に浸っているところ悪いんだけれどもこの採掘場はこの鉱山全ての源となっている場所で謂わば核(コア)としての役割があるの」
「コア?」
ゲーレッツが間抜けな声で疑問を投げかけた。サブは固唾を飲んで見守っている。メインは落ち着き払って鉱山と核の説明をした。
この鉱山は古くからミネ王国を何世代にもわたって支えてきたこと。鉱山は少々特殊で例えるなら植物に似ており、コアを中心として辺りに半永久的に原石や鉱石が生成されるようになっている。コアから作られた原石が今度は逆にコアへ力を送り、鉱山全体が成長していく仕組みになっていること。目先の利益に目がくらんで大量に採掘してしまうと鉱石が枯渇し最終的に何も残らない屑山となってしまうこと。そうならないためにも炭鉱夫を始めとする国全体でこの鉱山を守っていることを説明した。
「あなたも宝石、好きでしょ? 好きなものは協力して一緒に守っていきましょう? そうすればアクマダリ王国とも仲良くやっていけるわ」
興奮した子供を宥めるようにして優しく、理路整然と交渉を持ち掛けた。端正で麗美な顔立ちから繰り出されたウインクは宝石よりも美しく、野望に燃えるゲーレッツの心を
「ま、まぁ……それだけの理由があるなら? 仕方のないことですな。メイン様とサブ様も我が国を大切なパートナーとして見てくれているようですし……この件については私からアクマダリ様へ伝えさせていただきます」
メインの思惑通りに
「しかし! 手ぶらで帰ってはアクマダリ様への示しがつきませぬ。帰りの精錬場でアクマダリ様が好みそうな宝石を持ち帰らせていただきますぞ。いいですな?」
ただでは帰らないと息巻くゲーレッツだったが目線の先にはお気に入りの宝石であろう原石に視線が無意識に向いていた。
(体の良い言い分を言ってるけど本当はお気に入りの宝石を持ち帰りたいだけだよね……ゲーレッツさん……)
心の中で毒づくサブ。メインは内心そのずる賢さに呆れていたが勝者は誰の目に見ても明らかだった。
「ご理解いただけて何よりです。それでは本日の視察はこの辺でお開きにしましょうか。実りある時間だったわ。今日はありがとう」
メインの合図とともに護衛部隊も帰り支度を始める。
「精錬場に行きましたらアクマダリ国王、それと今回ご足労いただいたゲーレッツ様への贈呈品を準備いたしますので楽しみにしておいてください」
王女として培われたとびきりの営業スマイルをし、メインとサブたちは採掘場の出口へと方向を変え歩き出した。
(お姉ちゃんさすがだね……! 一時はどうなる事かと思ったけど……これでしばらくはゲーレッツさんと会わなくて済むかな……)
帰り道、二人並んで歩くサブの身体がひょこんとメインの身体にくっついた。
(そうね、話の分かってくれる人で助かったわ。サブもありがとう。帰ったら二人でゆっくり休みましょう。)
サブの嬉しそうな表情を見て、メインも自然と頬が緩む。最愛の妹と苦労を分かち合って得られた勝利は至福の瞬間だ。足取りは軽やかだった。
一行が出口へ向かっている坑道の途中、先頭の護衛団の足取りが止まった。
「あれは…なんだ…?」
一行が視界にとらえたのは行きの時には無かった巨大な岩だった。
「来るときにこんな岩なかったぞ? どういうことだ!」
突然の事態にゲーレッツが狼狽える。
「ゲーレッツ様落ち着いてください、我々があの岩を調べますのでしばしお待ちを」
不測の事態だったが、隊長を始めとする護衛部隊は冷静な対応をとり、メインたちを待機させ岩の方向に向かった。
やがて先頭の護衛部隊が岩の前に到着する。岩は行く手を阻むようにして道を塞いでいた。そして何より不可解だったのがこれだけ巨大な岩はどこから出てきたのかということだった。
「どうする…この岩…」「とてもじゃないが押すことはできないぞ……」「困ったな…このままだと外に出られない。」
護衛団が途方に暮れる様子を遠くから見ていたメインはこの状況を打破するべく行動を起こした。
「少し様子を見てきます。二人はこちらで待っていてください」
こちら側にいた護衛兵たちにサブとゲーレッツを任せメインは岩の方へと歩みを進めた。
「このような岩…来た時には無かったのに…」「それに周りも何かが移動した形跡がない。まるで誰かがこの岩を持ち上げて置いてきたようだ…」「馬鹿! そんな訳あるか! 俺らの何倍もあるんだぞ!」
岩の前にいる護衛兵たちもまだ状況が飲み込むことができない者が多く、若干の焦りが見え隠れしていた。
「兎にも角にもこの岩をどかさなければ先には進めない。何かいい方法は無いか?」「発破…そういえば道の途中で発破用のダイナマイトがあったと思います」「発破…確かにそれならいけそうだな! しかし、発破の近くにいるのは危険だ。まずは全員を発破場から遠ざける必要があるな」
岩の前へ到着したメインは護衛隊長の元へ歩み寄った。
「どう? 隊長」
「状況は芳しくないです。ですが、帰る道の途中で発破用のダイナマイトがありました。危険ではありますがこの岩を爆破させるしか方法はないかと」
「そう…わかったわ。元炭鉱夫のあなたたちを信じるわ。ただ、上手くいきそうにないときは言ってちょうだい。その時は…私が道を切り拓くから」
「道を拓くってどういう…?」
隊長の言葉を遮るようにしてメインは護衛兵達の士気を上げた。
「我がミネ王国護衛部隊であり、屈強な炭鉱夫たちよ! 開拓時代の戦士としてその力と経験を存分に披露せよ!」
メインの号令で士気の上がった護衛部隊が威勢の良い返事をする。その後護衛部隊はダイナマイトを取りに、メインは一旦サブたちの元へと戻ろうとした時だった。
爆発音
同時に大きな衝撃と砂煙が激しく周囲を飲み込む。
「総員厳戒態勢! 護衛部隊は王女様のそばを離れないように!」
緊急事態に狼狽えていた兵士もいたが隊長の迅速で
視界が悪い中、二手に分かれていたメインとサブたちはお互いの状況を掴めずにいた。
「サブ! 大丈夫⁉」
反射的にサブの身を案じる。砂埃で見えない中でも身体が自然にサブがいる方向へ一目散に向かっていた。
「メイン様! 今一人で動くのは危険です! どうか我々のお側を離れないでください!」
護衛部隊の一人が必死にメインを止める。冷静さを取り戻したメインだったがサブのことが心配でならなかった。
「サブ! 聞こえる⁉ 聞こえるなら返事をして!」
普段は恐れ知らずメインだが、この時ばかりは不安に満ちた声が坑内に響き渡る。返事がない。サブが危険だ! 今すぐ助けに向かわないと! 膨れ上がっていた不安が湯沸かし器のように沸騰する。
「お……お姉ちゃん! 私たちは大丈夫……!」
メインの呼びかけに数秒経ってからサブの可愛らしい声が返ってきた。
(良かった……本当に良かった……)
心の中で安堵する。背筋が煮えたぎるような不安も気づけば無くなっていた。
「けど砂煙がすごくて周りが見えない……」
「わたしもよ、これは一体どういうことなの……」
互いの安否を確認し、気持ちが落ち着いた二人だったが依然として危険な状況に変わりはない。
「お、おい! 護衛部隊! 何をぼさっとしている! 早く私を護らんか! なんのためにお前らは存在している! この役立たずが!」
立て続けに起こる異常事態にゲーレッツはパニック状態に陥り、自分のことしか考えられなくなっていた。暴れ回るゲーレッツを近くにいた護衛兵が
やがて爆発音と砂煙が収まり、ようやく視界が晴れてきた。隊長は
――近くに敵がいる。隊長を始めとする護衛部隊はいつ襲ってきてもおかしくない相手に細心の注意を払いながら周りに注意を配る。その神妙な顔からは玉の汗が流れ落ちていた。
メインの近くにいた護衛部隊は警戒を怠らずに出口になりそうな場所を懸命に探す。サブたちの部隊もメインたちの部隊と合流するために護衛をしながら出口を探していた。しかし中には爆発に巻き込まれ、重傷を負ってしまった護衛兵もいた。
「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」
瓦礫の先で護衛部隊の何人かが血を出しながら横になっている。幸い、携帯していた救護用具で一時的な処置をすることはできたが、それが付け焼刃のものだということは誰もが理解していた。このままでは外から助けが来るまでの間、傷の痛みに耐え続けなければならない。果たしてその助けはいつ来るのか。そもそも待っていれば助けは本当に来るのか。外ではここと同じように何者かの襲撃を受けているのではないか。最悪のシナリオが頭をよぎる。近くで横たわっている護衛兵を見つめるサブは決意を固めた。
青く澄んだ瞳を閉じて意識を集中させる。一秒……二秒……十秒……神に
「サブ様! この光は…」
ペンダントから眩く輝く正体不明の光源に一同が驚く。
「はは……やはり宝石が特別な力を持つ噂は本当だったんだ! なんと神々しい……早く戻ってアクマダリ様へ伝えなければ!」
ゲーレッツの言った通り、この光はサブの宝石の力が発動している証拠だった。
二人が宝石の秘められた力の存在を知ったのは、前王女から宝石を貰ってすぐのことだった。
その日、メインとサブは幼い好奇心からか、ミネ王国の少し離れた森に誰にも内緒で探検に出かける。そこで不運にも巨猪と出遭ってしまった。
500㎏はあろうかという
絶対絶命の危機に瀕したその時、メインの首に掛かっている宝石が眩く
服を赤く滲ませる出血と苦痛に顔を歪めるメインを見て傷を治したいという願いにサブの宝石が呼応する。包容力のある温かい光はメインの患部を優しく照らすと、みるみるうちに傷が塞がった。
事なきを得た二人だったがお忍びで探検に行っている手前、巨猪との一部始終を誰かに言うわけにはいかない。以来、宝石の力は二人だけの秘密となっていた。
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