第2話

「本日この鉱山を案内させていただく護衛部隊です。よろしくお願いします」

「我々は元々ここで働いていた炭鉱夫でして、内部の事情をよく知っておりますゆえ、護衛兼案内役を務めさせていただきます」


彼らは普段はミネ王国の駐屯兵として活躍している今回のために呼び寄せられた護衛部隊だ。始めはここで働いている炭鉱夫たちに案内をしてもらうつもりだったが、炭坑上がりの駐屯兵がミネ王国には多く所属していたのが抜擢ばってきの理由だった。


その提案をしてくれたのはサブだった。サブはミネ王国のこと、民のことをとてもよく理解しており、今回の視察にあたって適任ではないかとメインに助言をしていた。護衛団の彼らも久しぶりに鉱山に行けるということで普段より張り切っている。


「隊長、今日はよろしく頼むわ」


メインが護衛部隊長へ激励の挨拶をする。


「何か困った事があれば何なりと申し付けください」


規律ある快活な返事からも自信のほどが伺える。


「それでは皆様。どうぞこちらへ。鉱山内は足元が不安定ですのでお気を付けください」


王女一行は護衛部隊の先導で炭鉱内を回り始めた。


「こちらが第一採掘場です。ここは昔から鉄鉱石、石炭などの燃料資源が豊富に採れる場所となっております」

「こちらが第三採掘場です。ここからはルビー、オパール、ダイアモンドなど宝石の基となる原石が採掘されております」


馴れた様子で鉱内を案内する護衛部隊。故郷に帰ったような懐かしさを感じつつも、護衛部隊として周囲の警戒は怠らず、自分たちの職務を全うしている。それでも駐屯兵として普段に目にする彼らの引き締まった表情とは違い、いつもよりも溌剌はつらつとしている姿が印象的だった。


「ほう……この黒い石を研磨すると我々が身に着けているような美しい宝飾になるのですな…不思議なものだ」


集められた鉱石を一つ拾い上げ、ゲーレッツ大臣が不思議そうに見つめる。


「鉱石を宝石にするためには精錬という作業が必要になるの。精錬作業は鉱山の隣にある精錬施設で行っているわ。鉱山の近くに建物があったでしょう?あれは鉱石の精錬場よ。鉱山から出た時に案内するわ」


メインがすかさず解説を挟む。王女である二人も実際に採掘作業はしていないが、ミネ王国の主要産業として採掘業の知識は幼い時から蓄えられている。


「それにしてもこれだけの量があればさぞ御国も潤っているのではないですか?」


小さなきっかけからゲーレッツが意地悪そうに仕掛けてきた。しかし、メインが慌てる様子はない。


「そんなことはないわ。精錬の工程で半分以下の大きさになるから採掘量は多そうに見えても宝石になるのはそれほど多くないのよ。それに精錬作業だって技術と経験が必要になる。貴方たちが今身に付けている立派な宝石も、元々はその数倍もあった原石を時間をかけて研磨している。だから無暗やたらに採っても精錬が追い付かなくなって本末転倒よ」


すぐさま反撃に出るメインだがゲーレッツ大臣も退かない。


「ですが昨今、世界は著しい発展を遂げた甲斐もあり、大国では衣食住に困る時代ではなくなりました。我が国も次のステップとして生活水準の向上に国民の意識が向いています。ダイアモンド、サファイア、エメラルドなどの彩色豊かな宝石は発展の象徴として男女問わず人気があり、国内に出回るようになりました。それでもまだまだ階級の高い者しか得ることが許されていない。ミネ王国の繁栄は我が国だけでなく諸外国の繁栄にも繋がります。逆もしかり……商会から取り寄せた自慢の武器、兵器の貿易が活発になればミネ王国の国力を容易に増強することができるでしょう」


一通り説明をした後、ゲーレッツ大臣はミネ王国の前国王について話し始めた。


「大変不躾ぶしつけな発言ではありますが、聞くとこによると先代の国王、王女様は他国の何者かに襲撃されたと……それだけこの国は他国にとって魅力的なのです。今のままではいつお二人が襲われるかわかりません。そういった事態を未然に防ぐためには我々と手を組み、軍事力のアピールをするのが得策ではないでしょうか」


至極全うなことを言っているようにみえるが、自分たちの思惑が見え見えな提案をメインは話半分に受け流す。サブも状況を理解はしていたがどうしていいか分からず、身体を小さく丸め護衛部隊の陰に身を潜めていた。さらにゲーレッツ大臣はこれからが本番だと言わんばかりに目の色変え、話を続ける。


「それにあの宝石の中には不思議な力が秘められている『特別な宝石』が紛れているなんて話もあるではないですか。宝石武器をキャッチコピーに輸出を行えば間違いなく今よりも高値で取引ができること間違いなしだと思いますがね。ぐふっふっふ」



かすかにメインの眉が動く。宝石が持つ秘めたる力の情報は自国の部隊にも知られていないはず。その話がゲーレッツ大臣の口から出てきた。まさか宝石の力を利用している者が自分たち以外にいるのか――ゲーレッツの一言で疑念が生まれるが、それを表に出す素振りは全くなかった。


「そうかもしれないわね。けど、採掘には危険も伴っていることはあなたもわかっているでしょう? 過去にも鉱山開拓を進めている時に粉塵爆発で命を落としている人たちが沢山存在している。まずは身の安全を第一にするのが重要だということを分かってほしいわ。それに、宝石の輸出量が増えれば流通量も当然増える。誰もが気軽に手に入れることができてしまったら折角の希少性がなくなってしまうと思わない? 資源は有限、目先の富にうつつをぬかしては先々に必ず皺寄せがやってくるわ」


一呼吸おいてメインは宝石の力について話を続ける。


「それと…宝石に不思議な力があるって話はどこから出てきたの? 私はそんな力知らないわよ? 誰かが高値で売るための謳い文句として適当な嘘をついているんでしょ。貴方が身に着けている宝石は貴方がピンチの時に救世主となってくれたことがあるのかしら?」


そんなものは無いと馬鹿らしく答えるが実はメインとサブは真実を知っている。


メインとサブが小さいころに前国王と王女から預けられた宝石はこの鉱山から採れたものだ。

首に掛けているダイアモンドのペンダント。シンプルが故にその宝石は、気品溢れる王女に相応しいアクセサリーだった。楕円状に丸みを帯びたダイアモンドは、まるでそこに宝石が存在しないのではないかと錯覚させるほどの透き通った色をしている。

サブも同様、首からペンダントを掛けていた。身に着けている宝石はマラカイトと呼ばれるものだった。切り株の年輪を彷彿ほうふつとさせる緑の模様がサブの優しい雰囲気を最大限に引き立てる。見た者全てを安らぎへと誘うことができる不思議な光を放っていた。

そして二人の宝石にはゲーレッツ大臣が言っていた通り不思議な力がある。



まだ物心付いたぐらいの幼いメインとサブが母の部屋で二人仲良くおままごとをしていた。


その様子を椅子に座り、本を読みながら見守る母親。ミネ王国の前王女トライロールである。


中世の貴族を思わせる気品のある純白のドレスを身に纏った柔和にゅうわな雰囲気。純白のドレスに引けを取らない艶のある白い肌。目尻が僅かに垂れ、慈愛に満ち溢れた瞳は見る者を魅了する力を秘めていた。そしてドレス越しにもわかる胸の双峰とくびれた腰。細くスラッと伸びた魅惑的な両脚。幼い二人にも母の美しさは特別に映っていた。

トライロールはこの日、次期王女となるであろう二人を遠くから見つめ、ある決心を固める――読んでいた本を閉じ、近くにある棚から小さな箱を二つ取り出すと二人を手招きした。


「メイン、サブ。あなたたちにプレゼントがあるわ。こっちへいらっしゃい」


両手に持っている箱を後ろに隠し、二人の目線よりも少し低い位置まで身体を屈め、笑顔で二人を待ち受ける。


「おかーさま、なーにー?」

「プレゼント……!」


トライロールの半身にも満たない可愛らしいシルエットが愛嬌たっぷりにトコトコと母の元へ駆け寄ってきた。


「二人に私からとっておきのプレゼントをあげるわ。でも、その前に大事な話をするから少し聞いてくれる?」


優しい口調で語りかける王女だったがその言葉には覚悟と信念が含まれていた。


「うん! わかった!」

「うん…お話…聞きたい…!」


元気いっぱいに返事をする二人。プレゼントが待ちきれないようだ。


「あなたたちはそう遠くない未来、パパとママの代わりにこの国を任されることになるわ。王女になると楽しいことばかりじゃなくて、辛いこと、危険なことも沢山でてくる。それでも自分が正しいと思ったことは絶対に曲げてはいけないわ。ママがいつも言っていたこと覚えてる?『自分だけの消えない光を持ちなさい』と言っていたのはこのことよ」


王女の言葉は言霊のように二人に届けられた。幼い二人にはすぐに理解することはできなかったが、真剣にその言葉を受け止めていた。

母親としてでなく、王女として覚悟を孕んだ表情がいつもの優しい顔に戻っていく。


「まだちょっと難しかったかしら…ふふっ…さあ二人とも手を出して」


朗らかな笑顔を浮かべながら後ろに回していた手を前に渡す。


「おかーさま早くプレゼント!」

「プレゼント…ほしい…!」


二人の表情が太陽のように明るくなり、両腕を伸ばしておねだりのポーズをする。トライロールは両手に持った小さな箱を二人の掌に置いた。


「おかーさま開けていい?」


待ちきれないメインがニコニコしながら問いかける。


「いいわよ。開けてみて」


笑顔を零しながら箱を開ける二人。その中には装飾が施されたペンダントが輝きを放っていた。


「とってもきれい!」

「……めちゃきれい……!」


五分咲きだった二人の笑顔が満開に花開く。釣られるようにトライロールからも笑みが零れた。


「二人とも嬉しそうね。とってもきれい?」

「うん!」

「とっても…きれい!」


大切にプレゼントを握りしめる両手に王女が優しく手を被せる。


「このプレゼントはさっき話したお話の続き。このペンダントとネックレスは光を持ち続ける人を助けてくれる力を持っているの。首に掛けてあげるわ。これでもっと可愛くなるわよ」


トライロールが語りかけると二人は握っていた手を解いた。王女はペンダントを二人の首に掛け、落ちないように留め具をつけた。宝石をつけてもらった二人はお互いの方を向き合い見せ合いっこをしている。


「サブ、似合ってる?」

「とっても似合ってる! 私も…似合ってる?」

「うん! 可愛い! 似合ってる!」


喜んでいる様子を見てほっとした王女は祈るように二人のやり取りを見守っていた。それ以来二人は母から授けられた形見を肌身離さず身に着け続けている。


その後、突如として起きたミネ王国襲撃事件により国王と王女である両親は帰らぬ人となった。

当時ミネ王国は国王と王女が一夜にして亡くなり危機的な状況となったが、メインとサブを始めとする大臣や護衛部隊、炭鉱夫など一人一人の尽力によって立て直すことができた。そして現在、二人は立派な王女としてこの国を立派に纏め上げている。



「確かに、私の宝石はそのような力を発揮したことはありませんが選ばれた宝石にはその力があると聞いていますがね。現にその力を見たという者もいるようで…私も早くお目にかかってみたいものです」


肩透かしをしようとしても大臣は図々しく自分の主張を押し出してくる。


「あなたが言っているように、中には不思議な力を宿しているスペシャルな宝石があるのかもね。もし本当にそのような宝石が見つかったらそれはとても素敵なことだと思うわ」


メインは収集がつきそうにない会話に終止符を打つべくゲーレッツ大臣の主張を尊重しつつ話をまとめた。


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