九月一日

 夏が、終わった。


 夏が、終わった。


 夏が、終わった。


 心落ち着く夏だった。


 君と過ごした夏は、長くて短かった。


 ベタ過ぎるな、と自嘲する。


 でも、事実だった。


 君はもう、ここにはいない。


 騙されて、疑って、なにもかも信じられなくなって、どうすればいいかわからなかったあの日常から連れ出してくれた。


 騙されるはずなくて、疑う必要もなくて、信じることが出来て、傍にいるだけでよかった君が、安らぎをくれた。


 君はどこか不安定で、消えてしまいそうだと思うことがあった。


 まさか本当に消えてしまうとは。


 今でも信じられない。これは夢で、目を瞑ればすぐ隣に君の姿があって、目を開けた時君が微笑んで僕の顔を覗き込むんじゃないか。


 目を閉じる。


 最後の日、高く高く昇った太陽を背にして君は笑っていた。


 時が止まってしまったのか、そう錯覚するように僕の思考は停止した。だが、空飛ぶ鳥が視界に入ってきて、時間が問題なく進んでいることを知らせる。


 ゆっくりと息を吸うと、君と息が合って、まるで一つになったように感じられて、別れが尚更怖くなった。


 君が笑っているのに僕だけが泣くことは出来なくて、ただただ呆然と、君と話をした。


 沈んでいく太陽が恐ろしくて、気を逸らそうと必死に君と喋り続けた。


 それでも太陽は無慈悲に沈み続け、青かった空は橙に染まり始め、周囲は少しずつ暗くなっていった。


 そしてやってきた別れの時、彼女が別れの言葉を告げようとこちらを振り返った瞬間、僕は彼女に駆け寄って、彼女を抱きしめた。


 彼女は一瞬戸惑ったけれど、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑った。


「最高の、夏だったよ」


 震える声で言いながら笑う彼女の表情を見て、悲しいとか寂しいとかそんな気持ちは露と消えた。


 目を開く。


 そこには、君だけがいない海があった。


 荒れた海の音が僕の思考を遮って、別れの余韻に浸るのを阻害する。普段ならなんとも思わないそれが、ひどく煩い。


 僕が得た安らぎも、信頼も、楽しい時間も、綺麗な光も、夏も、なにもかも僕の心から抜け落ちて、残ったのは君がいないという胸の痛みだけだった。


 ゆっくり歩き出す。


 君はいない。


 ただそこには、広い海があるだけ。


 遊泳禁止の看板を横目に、海の中へ、海の中へと歩く。


 海面が腰のあたりまで上がってくる。


 水が重くて、海面も高くて、これ以上前には進めない。


 夏の真昼だというのに海が変に冷たく感じられる。


 

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