夏はいつか終わる
巡くんと再会した日よりも、太陽が低くなってきた。
いつも眩しく光を反射しているときよりも気持ち程度に暗く感じられる海が、容赦なく暴れまわっていた。
ああ、もう夏も終わりが近づいてきた。
「巡くん、に……言わなきゃいけないことがあるの」
わたしの言葉に、巡くんは耳を傾けた。
こんな厳粛な空気の中で、夏が終われば巡くんと離ればなれになるなんてことを告げる勇気は、わたしにはなかった。
「もう、夏が終わるよ」
わたしははぐらかした。
夏が終われば離ればなれだと、そんなこと言えない。
わたしの言葉に、彼は微かに苦笑した。
「夏が終わっても、ここには来られるんだよね」
わたしはなにも答えられなかった。
きっと巡くんがここに来ることは出来るだろうけど、その時わたしはここにはいられない。
「夏が終わっても、彩夏さんには会えるんだよね……?」
わたしは再び沈黙した。
巡くんは目に涙を浮かべた。
「会えなくなるの?」
彼の問いに、わたしは明確に答えることは出来なかった。
「ごめん」
ただ謝ることしか出来ないわたし自身が憎くて仕方ない。
「どうして」
わたしだって、巡くんと離れたくなんてなかった。
どうして、わたしが巡くんと離ればなれにならなければならないのか。どうして、巡くんがわたしと離ればなれにならなければならないのか。
なにも言えない。ただ、謝ることしか出来ない。
「ごめん、ごめんね……」
巡くんはひどく傷ついたようにわたしに背を向け、海の方を眺めた。
「巡くんが嫌いってわけじゃないの……!」
どんな言葉も言い訳のように思われる。
巡くんがこちらを振り返ることはなく、ただ静かに海を眺めていた。わたしはそれをずっと見守る。
巡くんが見ている海が、時間が経つにつれて杏色から黄金色へ、黄金色から茜色へ、色を変えていく。
やがて世界は藍色に姿を変えた。
世界が暗くなっていく中、わたしたちは一歩も動かずその場に立ち続けていた。
早く帰らないと、今日も母になにか言われてしまう。
そんな考えすら浮かばず、ただ夢中になって巡くんの背中を目に焼き付けた。
「彩夏さん」
太陽が完全に沈み切って、巡くんがようやく口を開いた。
返事は不要だった。
「せめて夏が終わるまでは」
震える声だった。
わたしは一歩一歩、巡くんの方へ歩く。
巡くんの隣に立つ。
ここまで来れば、真っ暗闇の中でも巡くんの横顔が見える。
わたしは夏の夜の生温い空気を胸いっぱいに吸い込んで言った。
「またいつか、絶対に会おう」
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